取引
「…月が綺麗だな」
イヤホンからはやとんの声が聞こえる。自分が空を見上げてみても赤黒いような曇天で月なんかちっとも見えやしない。
「そういうのあったよね。I LOVE YOUの翻訳でさ」
メッセージアプリで送り付ける。無言を貫いて暇そうにコンビニの壁に寄りかかっている。出入口付近にある防犯カメラからは見えない、従業員入口の横。
「あったなぁ、有名になりすぎてロマンの欠片もなくなった。それでも…」
ため息混じりに聞こえる声はすぐに聞き取れなくなった。イヤホンを外された。反射的にスマホの音量を下げる。
「こんにちはぁお姉さん。俺たちと遊ばなーい?」
ニタニタと笑うパサパサな金髪の男に右から肩を抱かれる。不思議そうな顔をして移動しようと重心を左にやるとそちらにも赤い髪のパサパサ男がいた。
「ごめんなさい、知り合いと待ち合わせしているんです」
首を傾げながら耳に髪をかける。前方に見えてた3人の人影も寄ってくる。どうやらその真ん中が今回のリーダー格らしい、目立つ銀髪はケアされてて無駄にトゥルトゥルしてた。その辺の可愛い女性以上に髪がケアされてる男性ってのもちょっと気持ち悪い。
「知り合いってー、楼?俺の友達なんだよー」
赤髪がヘラヘラしながら言うのでスマホをカバンに入れてぱあっと笑った。
「ああ、知ってますよ!!!」
左右のパサパサの顎を掌底で突いた。脳が揺れた2人は失神する。
「ウチの楼君がお世話になりました。おびき出すのにも疑問ひとつ持たず来てくれてありがとうございます」
真正面の2人がこちらを取り囲むように動こうとした。が、何故か真ん中のトゥルトゥル銀髪が動かない。目をかっぴらいたまんまワナワナと口を震わせている。それを見た左右2人が驚愕の声を出した。
「お前…もしかして、西日本の冥王ハデスを倒したっていう…」
なんだか嫌な風向きだ。西日本の冥王ハデス、まあウチの大樹君を力でねじ伏せた事は幾度となくある。ただ、それが知れまわってるとなるのは…。
「陽さん!コイツ、暗殺者・紫陽花ですよね!?倒しちゃえば俺ら有名になりますよ!」
あー、やっぱりダサい。圧倒的ダサさ。何、あさしんむらさきって。何語?ヤンチャしてる方々って皆命名のセンス壊滅的なのかな?
「お前ら止まれ!」
あまりのダサさにこちらが唖然としてるうちに殴りかかろうとしてこようとした2人を陽と呼ばれた銀髪が止めた。そしてこちらから3m程の距離をとる。そして何かを言いかけて、やめた。そんな銀髪を見て笑顔を作る。暴力をふるってこないのはありがたい。
「…あんまり騒ぎにはしたくないし、取引しません?」
こちらがそう言うと銀髪はコクリと頷いた。それを確認してスマホ画面を2回トントンと叩く。
「そちらの要望は何でしょう。それを先に聞いてもいいですか」
「…今回はコイツらを滅多打ちにしたやつをおびき出す作戦を実行しようとしていた。まあ、そいつに礼をする必要もなくなったが」
大樹君に仕返しをしなくてよくなったということか。しかし、何故。
「…こちらはウチの家族に手を出されなきゃいいだけです。もちろん君達が狙っていた大樹君も、彼らの弟にいじめられている楼君も」
赤髪と金髪を指さした。そうすると銀髪は深く息を吐いた。
「そんなことをしていたか。申し訳ない。すぐに辞めさせる」
そしてまた1つ息を吐くと、細長い目でこちらを見た。
「こっちはそっちに望むことはない。…いや、少し確認させてくれ」
首を傾げると、銀髪は恐る恐ると言う感じでこちらを見た。そして口を開く。
「コイツらを滅多打ちにしたヤツは、東野大樹であってるか?」
ふむ、と考え込んでしまった。この確認にはなんの意図があるのかさっぱりわからない。知り合いなのかと考えるのが妥当だろうが、正直今僕はこの銀髪がどういう人間なのか理解できていない。
「…そうですね、そうですよ。そちらの方に怪我をさせてしまったのは私の家族である東野大樹です。一家の主として深くお詫び申し上げます」
頭を下げると拍子抜けしたような銀髪と再び喚き始める2人が視界から消えた。そうすると銀髪が制したのか、喚く声は消えてまた銀髪の声が聞こえた。
「…それはこちらが手を出したのだろう。あの人の有名さを考えるとそう考えるのが普通だ。こちらこそ申し訳ない。頭を上げてくれ」
フッと顔を上げると銀髪はもう背を向けていた。そして取り巻き2人は未だ失神しているパサパサを背負って歩き始める。
「…こちらはもうそちらに手を出さない。こちらは下のやつの不始末の確認が取れた。取引は成立した。…じゃ」
オートマの二輪に乗って去っていったのを見送って、スマホを取り出した。そしてイヤホンを引っこ抜かれて投げ捨てられたことを思い出した。ちくしょう、弁償させればよかった。




