2人の失態
「おはよーございまーす朝でーす」
音を立てることを意識して扉を開ける。まず大樹君が飛び起き、やがて尚ちゃんもモソモソ動き出した。リビングの方から「うるさい」とお母さんも言いに来た。一階の大樹君と尚ちゃんの部屋、時間は朝6時ちょうど。尚ちゃんがいつも起きる時間より30分、大樹君にいたっては1時間早い。
「紫苑さぁん、まだ6時やん…ちょっと気ぃ早すぎとちゃう…?」
二段ベッドの上側で天井にぶつけた頭をさすりながら大樹君が布団に潜り込んでいく。素早くベッドのハシゴを登って生え際の黒い金髪を掴んだ。
「ちょーっと話あるから起きてくれないかな?あ、尚ちゃんもね。リビング来てもらっていい?」
大樹君と尚ちゃんは自分の席に座った。僕は自分の席じゃ少し遠いので隣のはやとんの席を借りる。お母さんが朝食を作る音を聴きながら肘をついた。
「まあ話す内容は眠い頭でもそれなりに予想ついてんじゃない?昨日の今日だし」
楼君が昨日怒った痕跡は一晩たっても未だ残っている。盛大に椅子を倒した時に付いた床の傷や、机を殴りつけたであろう時にかけた木くず。
「なんか、わかったの?」
机の反対側にいる大樹君が身を乗り出して顔を覗きこんできた。その顔を左手でガッシリと掴む。両のこめかみを力の限り押された大樹君は顔を顰めながら引っ込めた。
「残念ながらですねー、原因は大樹君ですねぇ」
眉間にシワを寄せる金髪ゴリラを見つめた。意味が理解できていなさそうな表情をしている。怒ったらいいのか、不思議がったらいいのか、脳が訳わかんなくなっちゃってるような感じだ。
「君には西日本の冥王ハデスっていう控えめに言ってダサい二つ名がついてて、そこそこ有名じゃん。まあ散々やんちゃしてたみたいだしね」
シワのよった眉間に人差し指を付け、グリグリと押してみる。それでも険しい表情は変わらない。
「それを知ってるこの辺の阿呆が大樹君に負かされたの、覚えてる?」
それでもまだよくわからないような顔をしてる大樹君にスマホの画面を向けた。そこに映る男達の顔を見てようやくハッとした顔を見せた。
「あー!ここ来た数日後くらいに絡んできた野郎か!くっそ弱かっ…」
何かを思い出したように大樹君が立ち上がった。そのままクマでも前にしたかのような顔でジリジリと後ろに下がっていく。それを見て思わずフハッと空気がもれた。
「ちょっ、なっ…さすがに今更怒ったりしないよ。時効時効。たしかにここに来てからはトラブルを避けるために喧嘩は禁止にしてたけど、最近はしてないし…過ぎたことを責めたって仕方ないさ」
スマホの画面を消し、パーカーのポケットに入れた。まあ、と話を続ける。
「そいつらが君に仕返しをする為に住んでる家を探した。その時にこの家の事と他にも人が住んでいる事を知ったんだろう。まあ、その知るきっかけとなったのがねぇ」
黙って話を聞いていた尚ちゃんに目を向けた。明日しか見えてない彼は急に話が途切れたことに戸惑っている。そんな彼の頭をわしゃわしゃと撫でくり回した。驚かれたが手は振り払われなかった。
「尚ちゃん、この前バス停で誰かに話しかけられなかった?」
尚ちゃんは何かを察したらしく、申し訳なさそうに「随分前に」と頷いた。彼の頭に置いていた手を引き戻し、頬杖をつく。
「何聞かれたか覚えてる?」
「…大樹さんのこと、かな。誰を気に入ってるとか、そういうの。ここのメンバーのことは大体知ってたっぽい」
はぁと息をついて机に伏せた。家の前で見張ってたりでもしてたのだろうか。そうすればここに誰が住んでいるかなどはわかってしまう。ちゃんと家の周りも見回っておくべきだった。
「ご、ごめん紫苑さん…その時俺が楼さんって答えたから…。いい人に見えても言わないべきだったね…」
その時に楼君が狙われる事が決まったのは確かだし、ごもっともである。だがしかし、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
「尚ちゃん、デリケートな事だから次から気をつけようね。あと大樹君は夕食の時に昨日の心葉の件をはやとんと一緒にみんなに報告ね。おかあさーん、悪いんだけど今日紫苑さん夕食パス」
焦りが声に滲み出てしまっただろうか。尚ちゃんが慌てて紫苑さんの腕を掴もうと探す。だが既に立ち上がっていた自分の腕を見つけることはできない。そのまま廊下につづくドアに向かう。
「紫苑、さん」
大樹君が尚ちゃんの背中をさすりながら呼び止めてきた。振り向くとその表情に軽く殺気が伺えた。
「俺も、手伝う」
いつもの優男みたいなオーラは消え去って、今はなんだか殺人鬼と言われても信じそうな雰囲気をかもし出している。冷静さが欠けていて、喋り方もゲームでよく見る出来の悪い人造人間みたいだ。
「…いやぁ?大丈夫だよ?」
素っ頓狂な声で笑った。それでも彼は引き下がらない。
「俺のせいなんだからさ、あとイラついてムリ」
スっと先程まで座っていた席まで近付く。大樹君はテーブルの向こう側からこちらを見上げている。
「これは君を誘き出す作戦でしかない。君はそんじょそこらのクソガキ程度に負けるわけないだろうが、なんの解決にもならない事は確かだよ。冷静になりな」
そのまま自分はリビングを出ていった。スマホを見ると6時半になる。そろそろ中学生の2人が起きてくる頃だろうか。




