考える夜
パソコンの光が暗闇に慣れた目に刺さる。ツーンと痛む目を細めて部屋の電気を付けた。液晶画面には意味を持った、と思っていた文が散り散りに打ち込まれている。まだまとまるには相当な時間がかかりそうだ。
ただ、今回使うのはWordではない。テキストを保存し、タブを閉じる。サッとメールの作成画面へ移った。宛先はギガキャスケットという人間。ネットで知り合った、かなり近寄りたくない年下の男の子。
『久しぶり、元気にしてた?お願いがあるんだけど、これ、ギガキャスさんの得意分野だったよね?お礼はするよ。』
作成画面へ移ってから10秒足らずで本文を打ち込み終え、画像を添付する。楼君が通う学校の名前と、ターゲットだと思われる人の知ってるかぎりの情報を図解した面白みのない画像。まあ、これだけあれば充分なのだろう。送信ボタンを押してパソコンを閉じた。きっとあの人は断らない。明日には返事が来てるはずだ。
閉じたパソコンの上で腕に顔を埋める。服の向こうからじんわりとした温かさを感じた。もう五年近く使っているノートパソコンだ。そろそろ買い換えてもいいかもしれない。最近熱くなりすぎて心配になるのだ。
いつもならウトウトと微睡む所だが、今日は昼間に寝すぎてしまったような感覚があり、目は冴え渡るばかり。
…どこから漏れたのだろう。
無造作に放り投げられていたノートを拾い上げ、ページを開く。楼君がこの家に来たのは先月。知り合いが一人もいない中学に通っている彼にとって、この複雑な事情が知れ渡るのは些か早すぎただろう。もう子供とは言えない中学一年生、大人譲りの固い思考が人を殴り殺す。
それ故不自然な事は無いように気をつけた。一緒に買い物に言ってる時を見られたとしてもそもそも回数自体多くはないから「親戚がね」と答えるように言ってある。転校等の理由も何もかも、誤魔化すようにお願いすれば皆察して頷いてくれた。明らかに異端だと解っていて、この家にいてくれている。それならば信じてもらえてる僕は何かで返さなきゃいけない。それを守るという形で返そうとして、気をつけていたのに。
ため息と共に小さく声を出した。自虐ばかりフル稼働させても仕方ない。
近くに置いてあった紫色のシャーペンを手に取ってノートに文を書き始めようと試みる。しかし少し思うところがあってすぐペンを置いてしまった。これは自分の考えだけで何とかなるものではないのだろう。楼君の意見を無視するのはよろしくない。明日の朝にでも聞き出せばいいだろうか。
なんとなくスマホのSNSを開いてお気に入りのBotを眺め始めた。最新の投稿は可愛い犬が自分の尻尾を追いかけて転んでしまう動画だ。心が和む。自虐とも憤りともわからない感情が消えていく。
そうだ、僕は冷静にならなければいけない。ここの家族の所謂保護者なんだから。




