きっと頼れる人
「そんじゃ、授業頑張ってね」
中学校の校門で心葉に手を振る。元気に駆けていく背中を眺めた。5時間目は理科って言っていたっけ。昼食後だし眠くなるだろう。
「頑張るなぁ」
呟きながらポケットに手を入れた。…スマホがない。あれ?どこやったっけ?動揺しながら眼鏡の位置を直そうとする。目と目の間に指がついた。あれ、眼鏡もない。
「焦りすぎかよ…」
ため息を一つ、帰路につく。コンビニでも寄ろうかと思ったけど、やっぱり帰ろう。眼鏡がないと落ち着かない。きっとはやとんの部屋に忘れてきてしまったんだろう。スマホも、たぶん。そう考えると寝癖もそのままだし、目やにとかも付いているだろう。急に人目を気にしてしまって俯いた。
「…あれ?紫苑さん」
目線だけ上げた。コンクリートジャングルにゴリラがいる。
「…大樹君か。お疲れ様」
そう言いながら背中に回った。いつもは普通におぶってくれるのに、何故だか避けられた。首を傾げると、困ったような笑顔が見えた。
「あー…ごめん、なんか殺気がヤバかったから殺られるかと思った」
噴き出すように笑った。それを見た大樹君は怪訝そうな顔をする。
「ニートしてるもやしボディの女子がムキムキゴリラな元ヤン殺しにかかろうとしないって。殺気も何もないよ」
そうだな、と苦笑した顔を薄ら笑いで眺めた。その顔から笑顔が消えて、重たそうな口を開く。
「一応もう近寄らないって約束はさせた。それなりに雑な方法にはなったけど」
「へえ、何したん?」
大樹君は顔の前で手をヒラヒラさせた。ああ、と返事をする。
「火の始末はちゃんとした?必要な草はまた用意しとく」
燻攻めは傷が残らない拷問だ。それ故昔の日本は、遊女にこの拷問をすることが多かったらしい。
「後始末ならちゃんとしたから大丈夫。…まったく、紫苑さんも相当な問題児じゃねーか。俺以上じゃん」
出会った時、大樹君はとんでもなく荒れていた覚えがある。そんな人間に相当と言われてしまうとは。
「別に、ねえ。護る為だからね」
うーんと伸びをしながら歩き始めた。太陽が眩しくて、伸ばしていた手は自然と目元に影を作った。
「紫苑さんってやっぱ頼りになりすぎるよな」
振り向いて顔を見ようとすると、顔ごと視線を背けられてしまった。目はギュッと閉じられていて、なんだか、苦しんでいるようにも見える。
「…いやー、照れるなぁ」
どうせ見ていないけれど、満面の笑みを魅せた。目を糸みたいに細めて、歯茎が見えるほど上唇と口角を持ち上げて。まるで、言葉の深い意味を見ずに、本当に褒められていると思い込んでいるように。
「今日は助けてくれてありがとうね。その件について話があるからメッセージアプリで収集かけといて。じゃ、紫苑さんはお家に帰るよ」
呼ばれた気がした。それでも振り向かずに走り去った。眼鏡がないから、振り向けなかった。




