おやすみ
「ほら起きろ馬鹿野郎」
ドアが開閉する音で目が覚めて、声と共に頭に拳が叩き込まれた。普通に痛い。
「…お母さんおはよ」
僕の膝を枕に和己さんが寝ている。風邪を引かないようにかけられたパーカーは右手で握りしめられていて、取れそうにない。
「おはよう、じゃない。こんな所で寝て馬鹿じゃないの?酒まで飲んでさ」
そう言いながら缶を持ち、キッチンに向かうお母さんを眺めた。これから皆の朝食を作るのだろう。眠そうなのに、ほぼ毎日任せっきりで申し訳ない。和己さんの頭をそっとどけて立ち上がった。
「朝食、いいや。紫苑さん今から寝直す」
ヨロヨロと歩くと派手に壁に衝突した。ぶつかったおデコが痛い。
「うるさっ…ちゃんと目ぇ開けて歩けよ。朝食要らないならリンゴ切っとくから。起きたら食べろよ。ウサギでいいの?」
初めてリンゴを切ってもらった時、ウサギのリンゴがいいと言ったのをまだ覚えているんだろうなぁ。
「いや、大丈夫。ありがと」
ドアノブの位置を感覚で探り当て、そのまま手探りで風呂場に向かった。洗濯機の横の水道で手を洗う。コンタクトをしたまま寝るとは不覚だ。目が痛い。
「…紫苑さん、おはよう」
コンタクトを外し終え、眼鏡をかけながら振り向くとはやとんが立っていた。なんだか不機嫌そうだ。
「おはよう。なんだか虫の居所が悪そうだね」
はやとんはパーカーをぬいで肩にかけてくれた。半袖のTシャツにサロペットだけで寒かったので、ありがたく腕を通す。
「寝不足なだけだよ。それより、俺の部屋来てもらっていい?」
んあー、と欠伸混じりに返事をした。クスッと笑われる。
「眠そうだね、おんぶしようか」
しゃがみこむはやとんの背中に体重を乗せた。身長は代わらないのに背中が広い。フワッと立ち上がるはやとんは珍しく男らしく見えた。
「はやとん引きこもりのくせに謎に体力あるんだよなぁ。鍛えてるの?」
「まあ健康的に生きたいからね」
ふふふと笑いながらはやとんの肩に顔をぐりぐり埋めた。階段を上がる音が心地いい。
「あれ、勇人さんおはよう。紫苑さん寝てるの?」
ドアの開く音と共に、楼君が声をかけてきた。珍しく早起きだ。昨日は夜更かしをしなかったらしい。
「おはよう、リビングで寝落ちてたからおぶってきた」
「そっかー。話したいことあったんだけど…」
楼君の声が少し低くなった。ずり落ちつつある僕をおぶり直しながらはやとんが答える。
「メッセージアプリで送っといたらどうかな。紫苑さんのことだし起きたらすぐ見るよ」
返事を聞いて、その場を後にした。廊下を進んではやとんの部屋に入る。そのままベッドに降ろされた。
「とりあえず寝たら?徹夜したんでしょ?スマホ充電しておくから」
ポケットの中のスマホをはやとんに渡し、そのまま目を閉じた。
「おやすみ、はやとん」
「…おやすみ、紫苑さん」




