長い夜
未成年飲酒の描写がありますが、助長するものではないです。未成年の飲酒は辞めましょう。
家に入るとお母さんが階段の一段目に腰かけていた。うつらうつらと首が動いている。
「…風邪ひくよ」
それなりに熟睡しているのだろうか。お母さんまだ船をこいでいて、仕方なく持っていた袋と羽織っていたパーカーを近くに放った。脇と膝に手を入れてよいしょと立ち上がる。思ったより重量があってよろけた。力を入れ直して階段を上がっていく。扉をなんとか開けてゆっくりベッドに降ろした。枕元に置かれている時計は2時を指していて、この人は明日の学校大丈夫なのだろうかと考えてしまう。
「おやすみ、竜也君」
囁いて扉を閉めた。左を向いて階段を降りる。
「紫苑」
3段下から声がかけられた。口に人差し指を当てて速やかに1番下まで降りた。声の主は静かについて来る。
「どうしたの和己さん。まだ起きてたんだ」
パーカーを羽織りながら小声で言うと、和己さんは横に座り込んだ。パーマをかけたクルクルの黒髪がワックスで固められている。たぶんさっきまで夜遊びしてたのだろう。
「撫でて」
肩に頭が乗せられた。普段は姿勢のいい、丸まった背中を眺めながらポンポンと頭を撫でてやった。7cm身長が低い人間の肩に顔を埋めるなんて、背中が痛くなりそうだ。しかもこれ、しばらく立ち直りそうになさそう。
「リビングのソファに行こう」
背中を撫でながらゆっくりと立ち上がった。和己さんもよろよろと歩き出す。コンビニの袋を拾い上げて、リビングのソファに放り投げた。今まさに座ろうとしていた和己さんの肩がビクッと揺れていた。気にせずソファにどっかりと座り込んで、和己さんを左に座らせた。
「買ってきた。やっすいチューハイだけど」
和己さんの前に缶を置く。スルメも出して袋を開く。
「俺、18歳なんだけど?」
続けて何か言おうとした口にスルメを突っ込んだ。驚いた顔をした後、大人しく咀嚼していた。
「君がこの前、俺二年前から飲酒してるんですーてへぺろーって言ってたの、まだ紫苑さんは覚えてんだぞ。未成年に飲酒勧めるのはヤバいけど、和己さんは手遅れだしいいかなって」
全く以て良くないが、そう言っておいた。和己さんは基本的に悩みを溜め込むタイプだ。ただ、以前に酔っ払った所を目撃し、そのまま相談を受けた事がある。尚ちゃん用に買ってきたチューハイだが、致し方なく和己さんのカンフル剤にすることにした。弱みを打ち明けるのに必要な時だけ、未成年飲酒も認められないだろうか。無理か。
「…じゃあ、いただきます」
プシュッとプルタブを起こしロクに戻さず、安いチューハイを煽る横顔を見つめた。起こしたままのプルタブが鼻を押して不細工になっている。口元が緩む。
「んで?今回はなして落ち込んでたの」
500ml缶の400mlほど一気に流し込んだ馬鹿の頭を撫でた。二重のタレ目に涙が浮かんでいる。安い酒なんだ、悪酔いしてないといいけど。
「実は、好きな人がいるんだ」
和己さんの話の内容は興味深かった。少し前から気になっている人がいて、その人がどうしても振り向いてくれない。何度も諦めようとしたが、どうしようもない。らしい。
「その人、女が好きだから」
和己さんは、膝を抱えて嗚咽混じりに言った。血を吐くように苦しそうだった。スルメを飲み込み口を開く。
「へえ…。同性愛者なの?」
「うん、同性愛者…。どうしようもないんだ」
泣きすぎでむせた隣の背中を撫でる。本気でその人のことが好きなんだなぁと思った。僕はそんな経験がないから、羨ましい、とまで思ってしまった。自虐の言葉を連ねる和己さんも、きっと人間らしい。
「そんなに自身をいじめんなよ…缶一本でそこまで酔えるもんなのかね。水持ってくる」
立ち上がった時、左手が思いっきり引かれた。体制が立て直せなくて倒れ込む。
「いってぇ…和己さん、どうしたの…」
思いきり僕を抱きしめる和己さん。寂しいから離れないで、との事だが、二日酔いの予防のためにも水を飲ませるべきである。
「すぐ戻ってくるよ」
「やだ。寂しい」
酔っ払いとはめんどくさいな。でも、なんだかわかる。
「希望を見いだせない時は、一人の夜なんて長いだけだからなぁ」
仕方なく、横にいることにした。




