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きみのありか  作者: 兎角Arle
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えぴろーぐ:手記

行き交う人々。

音や匂いや人に溢れた此処は、やはり都会なのだと認識させられた。

親の反対を押し切り、大学進学をやめ高卒で就職し一人暮らしを始めてそこそこ立つけれど、

未だにこの人の多さには敵わないなあと、僕は息を吐いた。


始めた仕事はデザイン系。

まだ下っ端だけれど、それなりに楽しく仕事をしている。


大学に通っている追風とは今でも時々遊びに行くほどの仲だ。

高校生活において、人生における無二の親友が居てくれて本当に良かったと思っている。



仕事も定時に終わり、まだ明るいうちに会社を後にする。

特に用事もないのでそのままアパートに帰ろうと思ったときだった。


時々デザインの勉強で覘いていた本屋の新書お勧めコーナーに、見知った著者の本が並んでいた。

“犬飼 歩、待望の新作。フィクションとノンフィクションの狭間を・・・”

本屋が用意した作品紹介カードにはそんな事が記されていて、僕は何となくその本を手に取った。


あの日以来、僕は犬飼くんとは一切接触していない。

たった2日間程の生活費も、どうせなら倍返しにしてやりたいと思っているうちに連絡することを忘れてしまっていた。

今冷静になった頭で思うと、僕はそこまで犬飼くんのことを嫌ってはいなかった。

多少の苦手意識なら確かにあったけれど、だからと言って、実際に嫌いなのかと言われれば、そういうわけではない。

あの時は単純に僕が子供だっただけなのだ。


色々な事がありすぎて、苦手を嫌いと誤認していた。


昔のことを思い出しながら、手に取った本をレジへ持って行く。

事務的なやり取りを終え、店の外へ出ると、直ぐに買ったばかりの本を開いた。


速読で、適当に流し読みしていく。

内容は“あの出来事”を脚色し、改変したもの。

大きな話の流れは懐かしいけれど、細かい所は殆ど修正されていた。


「なるほど、フィクションとノンフィクションの狭間ね・・・」


物語の主人公は、いうなれば僕のポジションだ。

お話の中では、僕にとってのハッピーエンドが描かれている。


「・・・どうせ自分で描くんだから、物語の中でくらい自分が幸せになれる結末を用意すればいいのに・・・。

 これじゃあキミにとってはバッドエンドでしかないだろう?」


現実はもっと悲惨だ。

ヒロインは完全に消えてしまったのだから。

犬飼くんも、僕も、誰も報われはしないバッドエンド。


ページを捲り、あとがきを読む。

普段からは想像もつかない程きっちりとした、硬い文章。

其処に記された一文に、僕は目を疑った。


“主人公のモデルとなった少年へ。

 たまには連絡くらい寄越してください。

 ――――――物語はまだ終わっていない”



僕は自宅へ急ぎ、帰るや否や直ぐにメモに控えていた犬飼くんの携帯へ電話を掛ける。

短いコール音が終えると、『どちら様?』と無愛想な彼の声が響いた。

「波紋です。本、読んだよ」

『おお、そうか。・・・って、おいおい、電話じゃなくて直接顔見せに来いよ』

「急に言われても仕事の都合が・・・出来るだけ早くそっちへ行くから、その前に電話しただけだよ」

『ああ、待ってるよ』

返事を聴き、僕は直ぐに電話を切り別の番号へかけ直す。


「こんばんは、小石です。明日から3日ほど休みを頂けないですか? はい。急用が入ってしまって・・・ありがとうございます」


再び電話を切り、僕は手元の本を捲った。

“物語はまだ終わっていない”


どういう意味だろう。



****



犬飼くんに迎え入れられ、あの頃と全く変わらない彼の家へ上がる。

向かい合い、何から話そうか悩んでいると、犬飼くんは「本当に久しぶりだな」と言った。

「ろくに顔も出さなくてごめん・・・。あ、いつか返すって言った生活費」

「律儀だな・・・別にいい。一人暮らし始めたんだろ? 今の生活にあてろよ」

「でも」

「はー。・・・わかったよ」

そういうと渋々犬飼君は封を受け取った。

そのまま立ち上がり「おい、もう出てきて良いぞ」と誰かに声を掛けた。


その人物がゆっくりと僕の前に姿を現す。

「はじめまして。・・・と言うのも、貴方からすると変かもしれませんね」


其処に居たのは、水面ちゃんと瓜二つの女性だった。


驚愕で声を出せない僕の心中を察したのか、犬飼くんが説明をしてくれた。

「ポチが死んだって言うのは・・・確かだ。あいつの意識も記憶も、こいつの中には無い。

 でもこいつは正真正銘、本物の音無 水面だ。とはいえ波紋の知る水面の記憶も残ってないから、3人目の人格って感じだけどな」

「あ、な、なんで、此処に」

「歩さんは、私の後見人になってくださったんです。・・・昔のことは憶えていませんが、歩さんからお話は常々伺てます」

丁寧に語る彼女は、僕の横へ来ると、手を取った。

彼女は頬を赤らめ、少し目を伏せる。

その顔に僕は水面ちゃんの面影を感じ、ドキリとした。


「どうしてでしょう。憶えて無いはずなのに、貴方を見ると温かい気持ちになります」


その時僕は思い出した。


「私、波紋さんと、ずっとこうしてお話してみたかったんです」


なんて綺麗なんだろうと。



「僕のお嫁さんになってくださいっ!!」



ああ、また僕はなんてことを口走ってしまったんだろう。

犬飼くんが笑いを必死で堪えているのが見えて僕は焼けるくらい顔を熱くした。

けれど、彼女はまるで、あの頃を体現するかのようににっこり笑う。


「お友達から、お願いします」


そうやって、僕はまたキミに恋をする。

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