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きみのありか  作者: 兎角Arle
4/7

第三話:こんにちわ

1.

音無水面が居なくなってから、一週間が過ぎた。

少年は毎日、学業の合間を縫って水面を探していたけれど、一向に消息は掴めなかった。

水面があの海の家を訪れたことから、その周辺を散策してみたけれど、

見つかったのは彼女の携帯電話だけだった。


何があったのか少年にはわからなかったけれど、水面の携帯電話は逆方向に曲げられ機械の残骸と成り果てていた。

まだつながるかもしれない希望を持って電源ボタンを押してみるも、画面は闇に染まったまま、光を映すことはなかった。


少年は携帯電話を拾った道をとぼとぼと歩きながら、ずっと水面の事を考えていた。

もしかしたら誰かに誘拐されているのではないだろうか。

変な事件に巻き込まれて助けを求めているんじゃないか。

考えれば考えるほど、不安は尽きない。


夕暮れ時になると、また小うるさい先生からの電話が少年の意識を現実へ引き戻した。

適当に応答をすると直ぐに来た道を引き返す。


一度だけ、ふと何かを感じて振り向く。

長いカーブの緩やかな坂道。

外出時間の限度があるせいで、いつもここで電話がかかる。

近くの学校で寮生活をしているというのに、此処から先へは、一度も行ったことが無い。


何となく、この先に水面が居る予感がした。


勿論、何の確証もなかった。

単にこの先は未知の世界へ繋がっているような気がして、

そこに水面が居るような気がしただけで、少年はそんな自分の夢物語を嘲笑した。


「タイムオーバー、だなぁ」

学校は冬期休暇に入る。

生徒は全員寮を出なければいけない。

この近くのホテルで部屋をとって水面を探すことも出来るけれど、少年の両親はそれを許しはしないだろう。

だから、ここでタイムオーバーだったのだ。


「あ、きみはこの前の!どうしたんスか?家はこの坂の先ッスよ~、道に迷ったんスか?」

少年が顔を上げると、そこには海の家で会った青年が居た。

「この前は有難うございました。あの、家っていうのは一体?」

「ありゃ?この辺じゃ見ない子だったもんスから、

 てっきり犬飼さんとこで預かってるっていう子かと思ったんスけど、違ったッスか?」

青年がきょとん顔で聞き返した。

どうやら人違いをしていたようだと気付いた少年は小さく頷いた。

「僕は其処の・・・八代学園の生徒です」

ポケットから学生証を取り出し、少年はそれを見せた。

「あ~。僕、勘違いしてたみたいッスね。なんだかごめんね」

「いえいえ。ところで、その預かってる子って?」

ほんの少し気になったので、少年は探りを入れてみた。


「んー、犬飼さんっていうなんかの有名人がこの辺に住んでるんスけど、

 その犬飼さんが最近遠縁の子を預かることになったって言ってたんス。

 僕も良く知らないッスけど、多分音楽好きの子じゃないッスかね~」

「音楽好き?」

「そうなんスよ。女の子の近くで落ちてた音楽プレーヤー、てっきりその子のかと思ったんスけど、

 実は犬飼さんとこの子の物だったらしくて、犬飼さんが取に来たんス」

少年はそこで違和感を覚えた。


水面は音楽が好きでヘッドフォンとプレーヤーは常に持ち歩いていた。

勿論、行方不明になった水面と一緒に、水面の音楽プレーヤーとヘッドフォンは紛失している。

確実に、水面が持ち出したはずなのに、何処にもその残骸は残っていない。

水面の近くに落ちていたというそのプレーヤーが恐らく水面の物のはずだ。


その犬飼という人物の所に居るという子が偶然水面の近くで落とした可能性もあるけれど、

それだと消えた水面の音楽プレーヤーの謎が残ったままだ。


「そのっ、犬飼さんて方の所に居る子って、女の子ですか?」

少年が導き出した解答は、水面が犬飼という人物の所に居るということだった。

それが何故かは、今の少年では考えても分からなかったけれど、そう思えば思うほど、この回答が正解に思えた。


「?犬飼さんは、男の子って言ってたッスよ」


期待が大きかっただけに、少年は深く落胆した。

「そう、ですか・・・」

「そんなに気になるなら、家まで案内するッスよ?魚届けに行くところだったスから」

「いえ、結構です。ありがとうございました。僕、学校の門限があるので帰ります」

「そーッスか?気を付けて帰るんスよ~」


適当に挨拶をし、少年は学び舎への足を進める。


犬飼という人物が水面を誘拐したのかもしれないと、少年は考えたが、

あの青年がやけに犬飼を気に入っているようだったので、悪い人だとは思えなかった。

それでも犬飼の所に居るというその存在が、何処か引っかかっていた。



心の靄は晴れないまま、少年は学舎を後にすることとなった。



2.

快適なフライトを終え、その人混みを影から一人の少年がそっと覗きこんでいた。

周囲を警戒しつつ、キョロキョロと辺りを見回し、帽子を深く被ったポチは人を探していた。


「うぅ・・・・犬、何処だよー・・・」

そう、人混みにもまれ、先程まで隣に居たはずの犬飼とはぐれてしまったのだ。

声を潜めてポチは呟くが、勿論返事があるわけがなかった。


犬飼の仕事の都合で、どうしても東京に行かなければいかなくなってしまった。

当初ポチは付いて行く心算は無かったのだが、犬飼が二人分のチケットを取ってしまったので渋々付いて行くことになった。

人混みが苦手なポチは来る前から予想はしていたが、やはりこれだけ人が居ると思った通り気分を悪い。


さらに頼りの綱であった犬飼とはぐれてしまい、普段の落ち着きを失っていた。

「犬ぅー・・・」

ポチは携帯を持っていない。

さらに、犬飼の連絡先も控えていなかったので、完全に連絡が取れない状態となってしまった。

荷物はすべて犬飼が持っていたので、ポチは小さなリュックに音楽プレーヤーしか持っていなかった。

はぐれてからそんなに時間が経っているわけではないが、機内で何も口にしていなかったので、そろそろお腹が減ってきた。


人混みの中から犬飼を探すことを諦め、ポチは人の少ない所を探し、其処にあったベンチに腰を掛けた。

何もせずに其処に居るのも落ち着かなかったので、ポチはリュックからヘッドフォンを取り出した。

帽子を取り、ヘッドフォンに付け替え、出来るだけ激しい曲のプレイリストをシャッフルで再生する。


目を閉じて音に耳を傾ける。

音楽の世界に閉じこもると、途端に安心できた。


少し気分が良くなったので、その場から人混みを眺め、遠目ながら犬飼の姿を探した。

「ま、気長に待ってればいつか見つかるよね」


音楽の音量が少し小さい気がしたので、音量を上げようとした時だった。

直ぐ近くから、聴いたことがあるような、見知らぬ声が聞こえた。


「水面ちゃん!?」



ドクンッ、と、何かを感じた。

心臓が飛び跳ねるような感覚。

恐る恐るポチが声のした方を向くと、見知らぬ少年が其処には居た。


何処か見覚えのあるオレンジ色の髪留めを見て、息が止まった。


「ああ・・・・やっぱり、水面ちゃんだ!水面ちゃん!水面ちゃん!!」

少年は嬉しそうに笑い、持っていた荷物をその場に落としてポチに抱き着いた。

何が何だかわからず、ポチは目を見開き少年の顔をじっと見ていた。


「やっと見つけた!会いたかった!・・・ほんの少し会えなかっただけって、キミは言うかもしれないけど、凄く心配したんだ!!

 携帯は壊れて見つかるし、もしかしたら危ないことに巻き込まれていたんじゃないかって・・・」

抱き着いたままに少年は言葉を紡いだ。

その感触にしばらくしてやっとポチは「ハッ」として、抱き着いてきた少年を引きはがし、距離を取った。

「?・・・水面ちゃん?」

「誰だよ・・・!きみ・・・」

「えっ・・・?」

「ぼくはきみなんて知らない!水面って子も知らない!人違いだ!」

周りの目を気にせず、ポチは声を荒げた。


「な、に・・・言ってるの?僕が水面ちゃんを見間違えるわけないよ・・・!」

「知らないって言ってるだろ!」

「じゃあどうしてこんなに似てるのさ!」

少年は携帯電話の画像を開きポチに見せた。

その画像を見てポチはゾッとした。


「なに、これ・・・。嘘、だって、そんなはず」

表示されていたのは、髪を切る前のポチの姿。

あの時鏡に映った華奢な少女だった。


「どうしてぼくの・・・」

一体どうなっているのかポチには分からなかった。

少年はそんなポチを見て、本当に自分を知らないことを悟ったようで、顔を曇らせた。

「本当に、僕のこと憶えて無いの・・・・・?」

「きみは本当に誰なんだ?一体何がどうなってるんだよ」

「僕は、キミの・・・・、音無 水面の恋人だよ」

「恋、人?」

ポチの中で何かが引っかかった。

記憶の奥底から浮かび上がる、バラバラに千切れたピースをかき集める。


恋人、水面、要らない存在、干渉、不届きモノ、波、波紋。


「は、もん?」

「っ!」

少し目を潤ませ、嬉しそうに少年はポチの手を握った。

「そう!僕の名前!!憶えてるんだね!?」

「え、ちがっ・・・・波紋なんて人知らないよ、ぼくはただ彼女の言葉を」

「そ、そっか・・・・」

分かり易く落ち込む、波紋という少年は、ポチから手を離した。

「僕は、その、小石 波紋。キミの事、よかったら聞かせてくれない、かな?」

ぎこちない波紋に、警戒しつつポチはベンチに再び腰を掛け、隣に座るよう促した。

「ありがとう・・・!!」

にっこりと無邪気に笑うと、波紋はその隣に座った。



3.

「まず、何を聴くの?」

「ああ、うん」

ポチはヘッドフォンをしまい、再び帽子を深く被りなおした。

波紋は急に緊張しだしたようで少し言葉が硬くなっていた。


「まず、キミが水面ちゃんじゃないっていうならそれでいいけれど、名前を教えてくれるかな?」

「ポチ」

「ポチ?」

「ん」

「そう、ポチちゃんか」

「ちがう。ぼく、男だから」

「えっ、あ、ごめん、じゃあ、ポチくんだね」


数刻前の慌ただしさは見る影もなく、二人はぎこちない会話を交わす。

愛想も何もない返答をしながらも、ポチは辺りを見回し、犬飼を探した。


「ポチくんは、どうしてここに?」

「犬の付添い」

「犬って?」

「同居人」

「その人は今どこに?」

「はぐれた」

ポチは、プイッ、と顔を逸らした。

波紋は顔を覗き込もうとしたが、ふと、何故顔を逸らしたのか分かったので苦笑した。


「そう。・・・・あの、さっき言ってた『彼女』っていうのは?」

波紋は出来るだけ柔らかい口調で尋ねた。

『彼女』という言葉にポチはピクリと反応をした。

透明な目で、何処か寂しそうな無表情で波紋を見つめた。


「よく憶えて無い」


そのポチの憂いを帯びた表情に、ドキリとした。

「憶えて無いって、どういうこと?」


「彼女の顔も、名前も、声も憶えて無い。でも、どんな子だったかは覚えてる。

 人を寄せ付けない子だった。ぼくだけは特別。彼女にはぼくが必要だったし、ぼくは彼女が居ないと駄目だった。

 でも彼女、何処かへ行っちゃったんだ。ぼくが止めなきゃいけなかったのに・・・」

語る横顔から、水面の面影を感じた波紋は胸を高鳴らせたけれど、ポチの言葉に、次第に自分を重ねていた。

「どうして、その『彼女』が僕の事を?」

「違うよ。彼女が言ったのはきみじゃない・・・」

ポチは語尾を濁した。


「彼女は言った。『私の心の水面に、不届きにも波紋を創った人がいる』て。

 きみの言葉を聞いて、ちょっとあの時の事を想い出しただけさ」

「心の水面?」

「うん。彼女の心は決して靡かない。どんなに干渉されても波を創ることはなかった・・・・。

 それなのに、彼女の心に石を投げ込んだ不届き者のせいで、彼女の心は揺れ動いた。どんどん波紋は広がった」

それは心を水に例えた比喩。

波紋は語るポチを見て複雑な気持ちになった。

その横顔は水面と瓜二つなものなのに、其処にある感情から伺えるポチの人格は、まぎれもなく自分自身と瓜二つで・・・。


「ぼくは彼女にとって不必要な存在だった」


自虐も込められたポチの言葉が、波紋の心にも突き刺さった。

反射的に、続きを遮るように、波紋はポチの手を掴んでいた。

「もう、良いよ。ごめん」

「・・・うん」


「このピン、水面ちゃんから貰った宝物なんだ」

「は?」

「さっき、このピン見て驚いたでしょ?気になるのかなって」

「あ、うん。見憶え、あるんだ、それ」

掴まれた手を振りほどこうとせず、ポチは顔を逸らした。

「彼女が、嬉しそうにしてた。オレンジとブルー、どっちが良い?って聴かれた」

「へえ」

「でも、なんか、ぼく、悲しくて。・・・・」

「・・・・・・・・。あのね、僕も、その首の紐知ってるんだ」

「え?」

顔を上げると、寂しそうに微笑む波紋の顔が見えた。

「水面ちゃんと初めてデートに行った時にね、髪を結ぶ紐が欲しいって。一緒に選んだんだ」

ポチの手は握ったまま、もう片方の手で首に巻かれている紐に沿って指を這わせる。

ゾッとして手を叩き落とそうとするポチだったが、「あった」という波紋の声に気を盗られタイミングを失った。

「何が?」

「ここに、小さく文字があるんだ。僕と水面ちゃんで選んだ。忘れもしないよ」

するすると紐を解き、ポチに見せた。


“親愛なる彼へ”


小さな小さな文字で記されたメッセージ。

動揺を隠せないポチに、波紋は真剣に言った。


「やっぱり、キミは水面ちゃんだ」


ポチは焦って波紋の腕を振りほどこうとするが、先程よりも強い力で握られそれも叶わない。

「何するんだよ!ぼくは水面なんて子知らないし、大体男だって言ってるでしょ!?」

「どうしてそんな焦るの?僕は何も――――」

『何もしない』と言いかけた時だった。

二人を引きはがすように手が伸ばされた。


突然引き寄せられ驚きを隠せないポチ。

波紋は自分からポチを引きはがした男を呆然と見つめた。


「あー・・・っと、もしかして、邪魔したか?」

「犬!?」

棒キャンディーを咥え、ぶっきらぼうに犬飼は言った。

ポチはそそくさと犬飼の後ろに隠れ、波紋を警戒する。

その仕草に、波紋は少し心を痛めた。

「あなたは?」

「こいつの保護者みたいなもんだ。えーっと、なんかこいつ、迷惑かけたか?」

「あ、いいえ、僕は水面ちゃ・・・・じゃなくて、ポチくんのことを知ってて、少しお話を」

「ん・・・・そうか」

「いいよ犬!こいつの言うこと聞かなくて!早くいこう!」

ポチはそう言うとずかずかと荷物を持つこともせず空港の出口へ向かっていった。

そんなポチを呼び止めようと犬飼が声を出したけれど、ポチは止まりもしなかった。


「すまんなー。あいつ、自分の事知ってる奴に会いたくないって言ってるんだよ」

「会いたくない?ですか?」

「んー・・・、自分の昔を思い出したくないってな」

犬飼は説明しずらそうに頭を掻きながら言った。

「あの、僕、かの・・・彼とちゃんと話がしたいんです!お願いします!」

深々と頭を下げる波紋に、小さく溜息を吐き、名刺を取り出した。

其処にさらさらとメモを書き、波紋に突き出す。


「それ、俺の連絡先な。住所も書いたから、どうしても話したいってんならポチが落ち着いた時に来い。

 あー・・・・あと、あんま大事にしないでくれ。職業柄ニュースになるの困るから」


名刺を渡すと、犬飼は小さく別れの挨拶をし、静かにポチの後を追った。


「犬飼・・・歩」

波紋は名刺に書かれた名前を読みあげ、その手に残された紐をギュッと握りしめた。


「“彼”は紛れもなく水面ちゃんだ・・・・、僕の知らない、水面ちゃん・・・」



4.

波紋と会って以来ポチは不機嫌そうにしていた。

外界の音を遮断し、ずっと音楽の世界に引きこもっている。

ホテルの一室に入り、ひと段落ついてから、これはいかがなものだろうかと、犬飼は悩んだ。


勿論ポチにだって気持ちを整理する時間は必要だろう。

けれど、犬飼の問い掛けにろくに返事もせず蹲るポチが少し心配だった。

幸いなことに、この日はこの後に予定はないのでルームサービスで軽く食事をとり、部屋で過ごすことにした。


その日は沈黙が続いた。



いつの間にか時計の針は10時を指していた。

ポチも犬飼も規則正しい生活を送っているので、自然とベッドへ足を運んだ。

毛布の中で丸くなり、そこで初めてポチは音楽プレーヤーを外した。

「電気消すぞ」

「んー」

素っ気ない返事に犬飼は小さく息を漏らした。


犬飼が隣のベッドに横になった気配を感じ、ポチはゆっくり目を閉じる。

すると、昼間の出来事を整理するためか、小石 波紋と言う少年の事を思い浮かべてしまった。

ポチは落ち着かなくなり暗闇の中目を開く。

寝返りをうち、薄らと見える天井をぼぅっと眺めた。

「犬、起きてる?」

「・・・・・」

「寝ちゃった?」

「なんだ」

「起きてるなら最初から返事してよ」

「・・・・なんだよ」

犬飼が体を起こした気配を感じ、ポチは犬飼に背を向けるように寝返りを打った。


犬飼は頭を掻き、黙るポチに声を掛けたけれど、やはり返事はない。

やれやれ、と長い溜息をして、犬飼が再び横になろうとした。

「何も、聞かないの?」

「聞いて良いのかよ」

身体を起こしたまま、犬飼はポチの背中を見つめた。

「あんまり、聞いてほしくはない。でも、教えたくない訳じゃなくて・・・自分でも、何がどうなってるか分からないんだ」

「そうか。・・・・・じゃ、分かる範囲でいいから教えてくれ」

「うん」

「昼間会った奴居ただろ。関係とかどうこうは別に良いから、名前とか知ってるか?聞きそびれた」

「たしか、波紋って言ってた。小石 波紋」

「ふーん。・・・・じゃ、詳しくは整理してからで良いから、何があったか表面的な事だけ教えろ」

「犬とはぐれたでしょ?・・・出来るだけ人の少ない所へ避難して、そしたらあいつが抱き着いてきた。

 人違い、してたみたいで、何度も別人だって言ったのに、あいつ信じないんだ。

 少しだけ話して、そしたら腕掴まれて、離してくれなかったところに、犬が来た」

表面だけ聞くと波紋という少年は変質者でしかないなあと、犬飼は小さく苦笑を零す。

恐らく、波紋をそうさせるだけの理由があったのだろうが、彼としっかり話をした訳ではないのでその理由は分からなかった。

「そうか」と、犬飼は短く答える。

犬飼としても、これ以上聞くことは特になかったので、そのまま横になる。

それからまた、暫く沈黙が二人を包み込んだ。


「ポチ、寝たか?」

「んーん」

「眠いか?」

「そんなに・・・。あんまり眠りたくない」

「じゃあ、気晴らしに創り話をしてやろう。眠くなったら言え」

「・・・・うん、ありがと」


腕を頭の後ろで組み、犬飼は口を開いた。



5.

『今は昔の事。

 何処にでも居る幸せな家族が居た。

 一人息子の少年、Aはお人よしで困っている人は誰でも助ける良い子。

 父は困った時にとても頼りになる強くたくましい人。

 そんな男二人を支える優しく穏やかな母。

 とても素敵な家族だった。


 Aが15歳の時のことだった。

 高校入試を終え帰宅すると、Aの家は真っ赤な炎を帯びていた。

 メラメラと燃える建物を呆然と眺めていると、Aの耳に母の声が聞こえた。

 その声は確かに家の中から聞こえ、Aは周りの制止も聞かず、Aは轟々と唸りをあげる炎の中に飛び込んむ。

 誰かが消防車を呼んだようだったけれど、待ってなど居られなかった。


 幸いなことに、母は火の来ないところに居た。足を少し怪我していたが、そこまで大きな傷でもなかった。

 Aが肩を貸せばすぐにでも外へ出ることができるだろう。

 けれど、泣き崩れる母に疑問を抱いたAは母に問う。

 「どうしたの?」

 「あの人が奥に閉じ込められてしまっているの」

 母の言葉に、Aは驚きを隠せなかった。


 「ここにいて、俺が親父を助けてくるから」

 そう言い聞かせ、Aは父を探す。


 ドアを突き破り、母から教えられた部屋へ入ると、熱気がAに襲いかかった。

 腕で顔を庇いながら、煙の中を進むと、瓦礫の下に父の姿が見えた。

 急いで駆け寄り、父を引き摺りだそうとするも、汗で手が滑り上手く力が入らなかった。

 「親父!しっかりしろ!」

 呼びかけながらもなんとか引き摺りだそうとしていると、父は気が付いたようで朦朧としながらAの名を呼んだ。

 「ああ、Aか・・・。すまないな、こんなことになっちまって」

 「それよりっ!早く逃げないと!」

 「俺ぁいい・・・・」

 「何言ってんだよ!」

 まだ間に合う。そう言いかけた時、父は腹の底から大きな声で怒鳴った。


 「人間には誰だって限界がある!!テメエの限界は此処までだっつってんだよ!!」


 「おや・・じ・・・?」

 今にも殴られそうな勢いに、Aは気圧される。


 「これ持って早く行け」

 そういうと父は手に強く握っていたそれをAに突き出した。

 「これって・・・!」

 父から渡されたそれは、家宝の万年筆だった。


 「親父っ!!」

 「早く行け!バカ息子!」

 再び怒鳴られ、Aは助けられない悔しみを噛みしめその場を後にしようとする。


 去り際に、父が残した最期の言葉が聴こえ、Aは涙を流した。


 「Aは俺の自慢の息子だ、胸張って進め」




 Aと母は助かった。その後来た救急隊員により、父は病院に搬送されたが間もなく息を引き取った。


 後日母から知らされたことであったが、父はAの入試が心配で体調を崩し、仕事を早退していたそうだった。

 さらに、最期に渡された万年筆は、本来Aの入学祝いに渡す予定だったもので…。


 何故火災が起きたのかは疑問ではなかった。

 当時放火が頻発していたためあまり珍しいことでもなく、少し時間はかかったけれど、その年の内に放火魔は捕まった。


 Aは父を救えなかった己の非力さを呪った。

 けれど、遺された万年筆を見るたびに、父の最期の言葉を思い出す。


 自分に出来ることはほんの小さなことかもしれないけれど、

 自分の手の届く限りに居る人は絶対に助け、守って見せると、Aは自らの心と亡き父に誓った。


 それから数年して、母は病に倒れて亡くなったそうだ。

 けれど、ただ一人残されたAは不幸ではなかった。

 両親から多くの幸せを貰ったからだ。


 そんな少年Aは、今は立派な大人になり、今日ものんびりと日々を過ごしているそうだ。』



6.

『皆には内緒だよ』

そんな件名のメールを、波紋は親友である、漣 追風へと送った。


追風とは、波紋が八代学園で初めて知り合った友人だ。

宿舎の部屋が一緒で、自然と話すようになり、今では親友と呼べるほど親しくなっている。


そんな追風に波紋は空港での出来事を打ち明けた。

ほんの少し、黙っておくべきじゃないかと言う考えがよぎったけれど、この逸る気持ちは抑えきれなかった。

ほどなくして、追風からの返信が来る。


『ふーん。で?』


短い質素な文面に、波紋は微笑を零した。

「全く、追風らしいな」と声を漏らし、波紋は返事を書く。


『今は待つしかないと思ってる。だから、学校へ戻ったら追風にも手伝ってほしいんだ。

 大人や他の人にこのことがバレたら、きっと、もっと水面ちゃんが傷つくと思うから。一生のお願い!!』


『めんどくせー』


「えっ?そんなぁー!」

追風の返信に思わず声を漏らした波紋は、直ぐにスクロールバーに気付き文を下へとおくる。

長い長い空白の最後には、これまた短く『何すればいい?』と書いてあった。


『まだ、具体的にどうすればいいかは決めてない。

 どちらにしろ、休みが終わるまでは動けないから、学校に戻ったら伝える』


『了解』


追風の返事を確認すると、波紋は携帯をしまった。


まるでタイミングに合わせたかのように、ノックの音が聞こえる。

波紋が顔をあげると、ドアが空気を切る音がほんの少し響き、その人物の顔がうかがえた。

波紋の母だ。

とても良く似た優しい顔つきをしているが、纏う空気は針の様に刺々しく、波紋は視線を逸らした。

「波紋、安堂さんがお見えよ」

「金糸雀が?こんな時間に一体・・・」

「いいから早く行きなさい。お客を待たせるものじゃありません」

思考する時間も与えられず、母の言葉に返事をして、渋々と部屋を後にする。


波紋は安堂 金糸雀という少女が苦手だ。

家族ぐるみの幼馴染で、昔からよく遊んでいたけれど、どうにも馬が合わなかった。

しかし当の金糸雀は波紋の事をいたく気に入っている様子で、時々とんでもない時に顔を見せ、手を焼かされている。


溜息交じりに階段を下りていると、後ろに居た母がその心情を察したのか冷たく言った。

「なんです、その態度は。許嫁なのだから、本来ならもっとちゃんと向き合うべきでしょう?其れなのにあなたときたら」

ぐちぐちと漏らし始める母を無視し、波紋は心の中で「貴方達が勝手に決めたんだろう」と悪態を吐いた。


「そういえば、音無さん、行方不明だそうね」

スッ・・・と、その言葉が突き刺さった。

「親御さんも大変ね・・・あらやだ、音無さんのご両親は亡くなられていたわね」

言葉にこっそりと込められている冷笑に、波紋は苛立った。

それでも、騒ぎ散らしたくなる気持ちを押し殺して、ただただ歩いた。


『そう』

『貴方達は知らない』

『僕は水面ちゃんの行方を知っている』

『水面ちゃんは行方不明じゃないんだ!』


そんな思考をぐるぐると廻らせて、無理矢理に心を静めた。

母の言葉をまともにとらえるのをやめ、適当に受け流しながら客間へ向かう。


客間に入ると、コスプレの様なゴテゴテとした格好の髪の長い少女が居た。

きつい香水の臭いに波紋は顔を顰めていると、波紋が入ってきたことに気付いた少女は笑みを浮かべ駆け寄ってくる。

「もんちゃん!」

「金糸雀・・・その呼び方やめてって言ってるでしょう?」

「えー。だって、もんちゃんの方が可愛いもんー」

腕に抱き着き、体を密着させてくる金糸雀。

これだから苦手なんだ・・・と、波紋は溜息を吐いた。



7.

「それで、一体何しに来たの?こんな時期に」

金糸雀を無理矢理引きはがし距離をとると、金糸雀は少し残念そうに顔を歪めた。

そのまま直ぐに先程座っていた席に戻り、波紋にも座るように促す。

波紋が座るのを確認すると、「えーっとね」と可愛らしい声を出し、台詞と合わない笑みを浮かべた。


「あの子どうなった?」


無邪気の裏に明確な悪意を感じ、波紋は全てを理解した。

「落ち着け」と、自分に言い聞かせる。

水面の行方を自分だけが知っている現状を、何度も考えるうちに次第に笑みがこぼれそうになった。

けれど、波紋はぐっと堪え、声を低くした。

「水面ちゃんの、コト?」

「そう!あの泥棒猫!行方不明って噂を聞いたけど、実際の所どうなの?」

「・・・・金糸雀には関係ないでしょ」

「でも~、自分で蒔いた種がどう芽吹いたかは知りたいでしょー?」


遠回しにあっさりと自白をしたので、波紋は少し驚いた。

余程自分に自信を持っているのか、或いは何も考えてないのか。

全く分からない彼女の存在を、波紋は少し気味が悪いと思った。


「やっぱり。学園内にあの噂を流したのはキミだったのか」

「そうよ!なかなか良いアトラクションだったでしょ?」


あまりの無邪気さに、ついに苛立ちを抑えきれなかった。


「どうしてあんなことをしたッ!!!!!!」


ハッとして口元を抑える。

「きゃー。もんちゃんこわーい」

くすくすと笑いながらおどけた態度を取る金糸雀に苛立ちは募る一方だった。

「金糸雀が何をしようと構わない。けど、どんな理由だろうと僕は絶対に許さないから・・・」

「その様子、行方不明って本当なのね。うふふ」


金糸雀は手を伸ばし、波紋の前髪を触れた。

正確には、オレンジ色の髪留めに。

「こんなの、もんちゃんには似合わないよ」

「あっ―――――!!!」

するり、と波紋の髪留めを奪い、金糸雀は立ち上がる。

「返して!!」

「コレ、私が処分しておいてあげるわ。もっと可愛いの選んであげる!」

「やだ!やめてよ!!」

逃げ回る金糸雀を追い、波紋は声を荒げるけれど、聴き入れてはもらえない。


「そんなに返してほしいの?」

「大事なものなんだよ・・・・お願いだからっ」


その場に崩れる波紋を見下し、金糸雀は無邪気に笑った。

「キスしてくれるなら、返してあげる」

「え?」

「頬や額はだめよ?唇にキスしてくれたら返してあげる」

「・・・・・・」


オレンジ色の髪留めをちらつかせ、金糸雀は変わらずにっこりと笑む。

ぐるぐると廻る思考。

ここ数日間であまりにも沢山の事がありすぎて、既に波紋は限界だった。


「もんちゃん?」

黙り俯く波紋に疑問を感じたのか、金糸雀は顔を覗き込む。


ぼろ。


「っ・・・!?」

ぼろぼろ、と、零れる涙を見て、金糸雀は息を呑んだ。

「も、もんちゃん?」

「返してよ・・・・・」

驚きを隠せないでいる金糸雀の胸倉を掴み、波紋は静かに告げる。


「水面ちゃん以外とキスなんて出来る訳ないじゃないか。ふざけたことを言わないでくれ。

 今までキミを『苦手』だと思っていたけど、今確信したよ。僕はキミが『大嫌い』だ、もう顔も視たくない。

 早くそれを返して、とっとと帰ってくれ。そして二度と僕の前に現れるな・・・!!」


急に手を離され、金糸雀は尻餅をついて小さな悲鳴を上げると、直ぐに波紋を睨み返した。

「な、なによ!ちょっとふざけただけじゃない!これくらいで何そんなに怒ってるのよ!馬鹿みたい!!」

零れる涙を拭うこともせず、冷めた顔でただ金糸雀を見下す。

その態度に金糸雀は激怒した。

「あんな女の何が良いって言うの!?私の方が可愛いしお洒落だし頭も良いしあなたにピッタリじゃない!」

「・・・・」

「話すことはない」というかのような波紋に、金糸雀は耐え切れず手に持っていた髪留めを投げつけた。

「こんなもの要らないわ!もんちゃんなんて大嫌い!!」


金糸雀は顔を伏せ、その場を後にする。

その背中を見送ることもせず、波紋は涙を拭い髪留めを拾った。

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