『羽川こりゅう作品集』3.「ちいさな ようせいさん(未公開)」
こんにちは。
もしかすると「こんばんは」かもしれませんね。
今日はみなさんをとても不思議な世界にお連れしたいと思います。
さあ、目を閉じてください。
あなたは今、真っ暗やみの中にいます。
さあ、意識を頭からすぅっと下げていきましょう。
顎。
首元。
胸。
そこにあなたのココロがあります。
楽しいとき。
悲しいとき。
寂しいとき。
怒っているとき。
いつでもそこにココロがあります。
さあ、想像してみてください。
とっても小さな女の子。
おかっぱ頭で頬がぷくっとした、とても素直で優しい子です。
さあ、目を開けてみてください。
あなたには見えますか。
この子の名前はみみみちゃん。
みんなが知っていて、みんなが知らない。
そんな場所でひとりぼっちで暮らしています。
ですが、寂しくはありません。
みみみちゃんには感じることができるのですから。
このちいさな世界の外の誰かの優しい鼓動を。
みみみちゃんは、その音を聞くのが大好きでした。
あら。
みみみちゃんがほうきとちりとりを持ってお外に出て行きました。
何をするのでしょうか。
そうです。
お庭のお掃除です。
暖かいお日様の光を浴びて、みみみちゃんもなんだか気持ちよさそうです。
あっ!
空から何かが降ってきました。
何でしょうか。
黒くてモヤモヤしています。
みみみちゃんが慌ててそれをちりとりで拾って、袋の中に入れてしまいました。
そうです。
みみみちゃんのお仕事は、時々、こうしてお空から降ってくるものを集めることなのです。
ほら!
また降ってきましたよ!
またみみみちゃんが拾いに行きます。
それからしばらくして。
また。
また。
ふとお空を見上げると、さっきまであんなに暖かった空がどんよりと、今にも雨が降って来そうです。
黒くてモヤモヤしたものも、たくさん降ってきました。
大変です。
とてもひとりでは拾いきれません。
それでもみみみちゃんは一生懸命にほうきを持って走り回ります。
ですが、ぽつ、ぽつ。
冷たい水滴が降ってきてしまいました。
雨です。
みみみちゃんは、雨でびっしょりになりながら、黒くてモヤモヤしたものを集めますが、どんなに拾ってもお庭は綺麗になりません。
どこからか、どんどんっ、どんどんっと、まるでこのちいさな世界を叩くかのような音が聞こえてきます。
あらあら。
みみみちゃんが声を上げて泣き始めてしまいました。
そんなみみみちゃんに追い打ちをかけるように、どんどんっ、どんどんっ。
大きな音が聞こえてきます。
それから、黒くてモヤモヤしたもの。
雨。
みみみちゃんはどうして泣き始めてしまったのでしょうか。
お仕事が終わらないから嫌になって?
それとも、あの大きな音が怖くなって?
いいえ。
違います。
みみみちゃんには、あの大きな音が、まるで誰かが「助けて、助けて」と叫んでいるように聞こえるからです。
でも、みみみちゃんには、このちいさな世界から外に出ることができません。
どうすることも出来ないのです。
助けて、助けて。
――いるよ。
――ここにいるよ。
助けて、助けて。
――わたしはここにいるよ、って。
あ!
見てください!
どんよりとした空の向こうが明るくなって来ています。
もうすぐ晴れそうです。
あの大きな音もだんだんと穏やかになって、黒くてモヤモヤしたものもだんだん少なくなってきました。
ぐしぐしっと涙を拭いていたみみみちゃんも、お空を見上げます。
ほら。
とても綺麗な虹ですよ。
みみみちゃんのお話はこれでおしまい。
さあ、目を閉じてみてください。
あなたの心にはどんな妖精さんが見えますか。
あなたが悲しいとき。
淋しいとき。
楽しいとき。
怒っているとき。
でも。
忘れないでください。
いるのです。
あなたの心の中に、小さな妖精さんが――
(了)