09.逃走のち、
長いです
「……結構手酷くしたね」
「そうか?」
魔王と戦ったばっかだからかなぁ、とすっとぼける結城くんに無言の圧力をかける。不満げな彼を横目に大怪我はないか調べる。バレないだろうけど、勇者がこんな馬鹿なこと仕出かしたと知れたら体裁が悪い。見た目は大したことないし、大怪我ってわけではないが治りにくくて、長い時間少し不自由しそうだ。本当に器用だよね、この人。
「瀬名って結構こういうことあるの?」
「そんなわけないじゃん」
非常に心外だ。元凶は目の前の勇者だというのに。
是非とも、どうしてくれるのだ、と新聞を投げつけたい気分だが、内容が内容だ。目の前であからさまな反応を取られたら割りと傷付く自信がある。責任取れ、と言ったら彼はどう責任を取ってくれるのだろう。
睨み付けて言い放つが、結城くんは怯んだ様子もなく、にこりと笑った。
「そんな瀬名さんに言いたいことがあるんですが」
「だから!そんなっていつもこうなわけじゃないから!
大体対処しようとしたら出来たし」
唇を尖らせて言ってやる。治癒魔法しか大したことはないが、ものは使いよう。職業柄褒められたことではないが、抵抗する術はある。そう、反抗心のまま勢いで口走る。
黙らせるために言ったのに、それを聞いた途端結城くんは細めていた目を尖らせる。しまった、と思ってももう遅い。
「はぁあ?何それ、どういうこと?」
何しようとしたわけ?と距離を詰めて責めるような調子で問い詰める結城くんに目をそらして遣り過ごす。私としたことが口が滑った。
「……というのは、言葉のあやで、」
言葉を続けようとすると、言い訳はその辺にしようか、と口を手で覆われた。皮手袋の冷たく固い感触が伝わる。私は口を閉じるどころか、身体ごと強張らせた。
唇は神経が比較的多く、皮が薄いので脳に刺激が伝わりやすい。だから、しょうがないのだ。少し驚いただけだ。そうどこかに向かって言い訳を捻り出しながらも、表情を変えないようにするのに精一杯な自分が情けない。舌よりは、なんだって?繊細なのには変わりないんだよ!
「瀬名ってたぶん自分で思ってるより危なっかしいよ」
知ってる?と子供を諭すような口調で言われる。
危なっかしいとはどういう了見だ、という文句は出てこない。なるほど、私を黙らせたいならこうするばよいのか、とやけくそ気味に感心する。
せめてもの強がりと睨み上げるが、全然怖くない、と笑われる。くそぅ、私が結城くんより立場弱いからって調子乗りやがって。
とはいえ、この状態のままなのは困るのでおとなしくして、目で解放してくれるよう訴える。伝わったようで、結城くんは小さく息をついて、手を離した。やっと口許が自由になる。離れていく革手袋を呪いをかけるように見つめていると、あることに気づく。
「血、ついちゃってるよ。」
「ほんとだ。ごめんな、痛かった?」
「痛い方がまだよかったよ」
ほら、みたことか。これに懲りてこういうことは止めて欲しい。ほんと、やめろ。血は危ないものなのできちんと処理するように説く。
勝手に結城くんの手から血のついた方の手袋をするりと脱がせる。革とはまた厄介な。この世界で大根に値するものはなんだろう。そう考えていると、突然手を掴まれた。よりによって、と苦く思ってすぐ、利き手だからしょうがないのか、と気付く。過剰反応だ。
私の手を包む彼の手はさっきみたいに冷たくない。素手だからだ。
「あのさ、どうして勝手に出てったんだ?」
「……。」
掴まれた――というか、捕まえられたのかな――手を見ながら数拍返答を考える。数日前ならまた違ったことを答えたかもしれないが、今の私は疲れているし、やさぐれているし、いつも以上に気が張っている。
「それは私の勝手じゃないの?」
おっと、と口を噤む。
ちょっとこれは酷い。先程助けられた恩もあるし、何より、ただのパーティーメンバーが偉そうに言う言葉ではない。私が姫さまならこれくらい言ってもよかったかもしれないが、どうやら私はそこまでの存在ではないようだし。
「ごめんごめん。間違えた。
一応ね、結城くんのとこに行ってみたんだけど、いなかったんだよね。そしたら姫さまがいらっしゃって、伝言なら伝えるって申し出て下さったから、じゃあそっちの方がいいかなって」
すらすらと言葉を並べていく。別に結城くんの為に用意していたわけではないが、再利用できて何よりだ。どうせ作ったんなら外にも出してみたいと思ってしまうのが人間だ。
「……それは、リィから聞いた」
そ、と頷く。
姫さまには毎度驚かされる。ずる賢くなりきれない様は心配になるほどだ。そんな馬鹿正直に直ぐ様伝えたらこうなるのは明白だろう。相手はなんたって、あの勇者さまなのだ。もしかしたら彼女なりに気を利かせてくれたのかもしれないが、私としてはありがた迷惑というか、その親切を穏やかに受け取れるほど出来た人間には今はなれないのでちょっと困る。ただ自身の醜さを思い知らされるだけだ。
「姫さまって、なんかいい子過ぎて心配になるよね。周りはひやひやさせられそう」
ね、と周り代表に同意を求めれば、返ってきたのはこちらを探るような視線だけだった。ひやりとして、慌てて自分の言ったことを振り返る。そんな不味いことは言ってないつもりだったのだが。
「えっと、ごめんね?あー…いや、これは私のただのイメージというか、嫌味とかではなく…」
「時々さ、俺ってもしかしてすごく瀬名に舐められてるのかなって思うんだよね」
「…は!?」
予想だにしない発言にすっとんきょんな声が出てしまう。もちろん舐めているつもりは全くない。どちらかというと、
「もしくは異常に買い被り過ぎか」
「……。」
どうしてそうどっこいどっこいの選択肢を挙げるのだろう。もっとあっただろう。評価が高いとか、一目置くとか。異常ってなんだ。
「瀬名はさ、俺のこと、勝手に黙って出ていった奴をわざわざ探して別れの挨拶をするような奴だと思ってんの?」
頷くのを躊躇するほど的を射ている。言葉に表してみるとなかなかの行いだが、結城くんならやりそうだと思ってしまうのだ。
「何様だよ、って話だろ?もしかしたら挨拶もしたくないくらい俺のこと嫌いで仕方ないのかもしれない。興味がないのかもしれない。事情があるのかもしれない。
そんな奴をわざわざこの人混みの中から探して、無理矢理捕まえるほど俺はお人好しじゃないし、無神経じゃないし、馬鹿じゃないつもりだったんだけど」
おっしゃる通りだ。そんなことをする人がいると思うのかと尋ねられたらいないと断言しそうだが、結城くんだからなぁと思ってしまうのだ。私の中の結城くんのカテゴリーが気になるところだ。人間じゃないのかな。
「けど、いつかマーシャが消えたときは探してたでしょ」
「あれは、探してくださいって言ってるようなもんだったろ」
むむ。言われてみればそうだったかもしれない。
そういう時が誰しもあるだろ、そしたらまあ、出来るなら応えてやりたいじゃん、と結城くんは驕るでもなく、嫌味でもなく、何ともなしに言う。
「……さいですか」
ミナハさんが結城くんを構う理由が分かった気がする。
結城くんがミナハさんに苦手意識を持っているのは一種の同族嫌悪なのか、と納得していると、ふとあることに思い至る。途端心臓が凍ったような心地になる。
「瀬名、やっと血が止まったばっかりなんだから、噛まないで」
その癖直した方がいいかもな、と言われるが何を指されているのか分からない。けれど、痛みで少し落ち着けた。
大丈夫大丈夫。取り敢えず、今はプライドを優先させよう。どうせすぐに一人になるわけだし、心を荒らすのはその時まで取っておこう。
「……。
あのさ、ってことは、もしかして私もそういう風な素振りがあったってこと?」
とはいえ、自律神経まではコントロール出来ない。指先が冷たくなっていく感覚がして、慌てて手を振りほどこうとするが、結城くんは逃がしてはくれなかった。
「え?あー、うん、ごめん。分かんないや。」
結城くんは少し考えるような素振りをした後、困ったように笑って答えた。なんで結城くん困っているのか分からないし、ビビらされているのはこちらの方だ。
「俺、瀬名に関しては全っ然分かんないんだよね」
「……そりゃ、よかった」
頷けば、言うと思ったと笑われる。分かってんじゃねーか。
というか、周りの人の心の機微や行動に、結城くんは聡すぎるのだ。声を出して笑っていた結城くんの笑い声は段々と収まっていった。そして、こちらを見て、眉尻を下げた。
―――一番知りたいのは、瀬名のことなのにね。
「……え」
言葉の真意を量りかねて、私は理由もなく結城くんを見上げた。顔を見たって分からないのに。
そうだ、意味ないのだと私は顔を背けた。今の私の標語は“冷静に”なのだ。冷静じゃなくて浮かれていたせいで、痛い目をみたばかりなのだ。同じへまはしない。
人は自らの主観で全てのものを判断する。言葉だって、行動だってそうなのだ。意識的にしろ無意識的にしろ、自分の好きなように受け取る。表情から、なんて当てにならないものナンバー1だ。私は、同じへまはしない。
「ねえ、瀬名。最初の質問に戻っていい?
どうして、勝手に、出てったんだ?」
「だから、言ったじゃん」
なぜ皆出ていくだとか出ていっただとかと形容するかな。元に戻っただけなのに。同じ説明を再度試みようとすると、違うと首を横に振られる。
「俺、言っただろ」
―――待ってて、って。『俺を、待ってて』って。
「……。」
ぐらりと腹の中に熱いものが発生したような気がした。もしかしたら元々あって、再熱しただけかもしれない。
口を閉じ、取り敢えず、出ていくという不本意な表現への訂正など口にしようとしていた言葉を丁寧に飲み込んでいく。
そして、思いっきり手を振りほどく。
驚きからなのか簡単にそれは成功した。そうか、と気付く。意表を突けたというのが大きいだろうが、私は振りほどこうと思えば振りほどけたのだ。結局何もかも、自分の意思次第なのだ。
「結城くんは、私が全然分からないって言ったよね」
「……ああ」
結城くんの応答に緊張の色が混ざっている気がした。正直、それが少し愉快だ。その愉悦に任せて小さく笑って見せる。ふっ、と自嘲気味に溢した息に結城くんは小さく反応した。
「私だって、分かんないよ。」
だから、こんな見当違いの怒りを覚えているのだ。
私は怖がりだ。傷つくのが怖い。傷つけるのが怖い。傷つけられるのが怖い。
自分の考えを否定されるのはなかなかしんどい。その考えが大事なほど、大切なほど、本心であるほど、しんどい。だから、自分のありのままの気持ちを表現出来る人はすごいと思う。揶揄してしまうほどそれは眩しい。
恋だ愛だは、それが特に顕著だと思う。自分の深い、深い部分をさらけ出してしまわなければならないのだ。深くにあるのはそれが弱く、守らなければならない部分だからだ。弱く、守らなければならないということは、簡単に傷付くということだ。そんな部分をさらけ出さなくてはいけない。
そんな怖いことはないと、私は思うのだ。
傷つけられるのは嫌だ。痛いのは嫌だ。
「ほんと、意味分かんない」
それをも上回る感情があるだなんて思いもしなかった。それが、“抑えられない熱情”だとか“溢れかえる愛しさ”だとか聞こえのいいものだったらまだウツクシイかもしれないが、怒りってなんだ。しかもそれは相手の過失ではなく私の勝手な勘違い、見当違いのものだ。
「『待ってて』なんて、どの口が言ってんのよ。」
大体、私がのうのうと過ごしている間に相手が大団円を築いたからなんだというのだ。意気込んだところに丁度部屋から出てくる本妻と出会したからなんだというのだ。独占欲を見せるでもなく『わたくしが、お伝えしておきましょうか?』という悠々と言われたからなんだというのだ。
そこで引き下がってやる義理は私にはないのだ。そこで怖じ気づいてやる義理はないのだ。
そこで傷付く義理も、ないのだ。
「結城くんは残酷なんだよ。
優しさ?お人好し?平等?何それ。そんなの、いらない。
みーんなにそんなちょこちょこ配って歩いてさ、そんなちっぽけなものはいらないの」
ディアナ達は色々あったようだし、内心まだ思うところはあるだろうが、ある程度は納得しているようだった。彼女達と結城くんに何があって、何を話して、どう決着を着けたのかは分からない。
だって私は何もしていないし、何も話してないし、決着もつけてない。何も貰っていない。そして、何も差し出していない。
「結城くんにとってはなんてことないことなのかもしれない。けどね、相手にとっては違ってたりするんだよ?
あのね、誰も彼も結城くんみたいに博愛主義なわけじゃないの。誰だって自分が一番大切なの。欲張りなの。あちこちに好意を配れるわけじゃないの。そんな人達が、優しさなんか貰ったら逆上せ上がっちゃうのは当たり前なの。勘違いしちゃうもんなの。」
私も決着が着けたかったのかと聞かれると、少し困る。私はここでの年齢はまだまだ若いが、ある意味では経験豊富だ。だが、驚いたことに、そういう傷の治し方はまだ知らないのだ。
なんとも弱腰で恥ずかしいのだが、今は如何に傷を浅くしようか模索中だ。足掻けば足掻くほど深くなっていってるような気がしないでもないが。このままいくと、治す云々ではなく化膿してしまいそうだ。まだここでは若いのに。ピチピチなのに。
正直、また走ってみよう、と自分が思えるのか疑問だが。――なんて、何があってもそんな重たいことは言わないけれど。
「勘違いしちゃったら、どうしたらいいわけ。
もうね、引き返せなくなるんだよ。それが決して特別じゃないって分かってても、もう、無理なの。馬鹿みたいに気紛れに配られた優しさにしがみついて、縋りついてさ。勝手に期待して、傷ついてさ。
結城くんは、そういう気持ち、分かるの?そんな風に格好悪くなったことあるの?」
なんとも酷い八つ当りだなぁ、と冷静に思う自分がいた。
けれど、私の所だけには来なかったという事実は割りと堪えた。この厄介な性格のせいできちんと意思表示出来てなかった私が悪いのだが、私はそういう対象ですらなかったのだと思い知らされた。ちょっと構ってもらえたのは、あちらで少し共通点があったからに過ぎないのだ。それをまんまと勘違いしていたことがとてつもなく恥ずかしい。
―――『どっちつかずで』、『枷』。そう彼女達は言っていた。
「私は分かるよ。私達は、――」
やってしまった、とは思う。もう浅くしようだとか、治し方がどうだなんて呑気に言っている場合ではない。これは、もう、一生治らないかも知れない。弱虫のくせして、自分から傷を抉られにいく自分に呆れた。しかも、他人を――結城くんを巻き込むときたものだ。まあ、けど。
ざまあみろ。精々、困惑すればいいんだ。
私のせいで、少しでも心が動けば、それはなんと嬉しいことだろう。
―――『存分に特別扱いしたい』んだってさ。
「私は、全部、欲しかった。特別が、欲しい。
皆に配るような優しさはいらない。私だけの、私の為の、私にだけ向けた想いが、私は、」
欲しいのだ、と最後まで言うことは叶わなかった。
まず覚えたのは息苦しさ。それから身体の圧迫と共に感じる温かさ。最後に、耳元で深く息をつかれる擽ったさ。
「…あ、う、耳」
「あ、ごめん。」
はは、瀬名ってもしかして耳弱い?とそのままの体勢で続けられる。そこで喋るな、擽ったい。謝るのなら改めようとしろ、と文句を言おうとして、我に返る。
どんな体勢なら、そんな状況になるというのだ。
「え、あ、え?結城くん?」
「ん?」
柔らかな声色が聴覚を刺激して、ダイレクトに頭に響いてくる。ゆったりとした返答と自分の置かれた状況が一致していなくて、更に混乱に襲われる。取り敢えず距離を取ろうとするが、どこに力を入れていいのか分からない。
確か腕を真っ直ぐ挙げて抜け出すんだっただろうか。いや、それは羽交い締めされたときだ。片足を後ろに下げて…それは後ろから抱きつかれたときだ。
「…ごめん、俺が悪かった。だから不穏なことを考えるのはやめよう」
ね?と顔をあげた結城くんに諭される。確かに耳元からは離れたが、離してくれる様子はないので頷きかねる。
「だってそれは、離したら瀬名、逃げそうだから」
「そりゃあ、逃げるよ」
「……。」
ぐっと結城くんの腕に力が籠った気がした。たぶんこれは、私がどんなに本気を出しても抜け出せない感じだ。盛大に口を滑らせてしまったようだ。動揺はなかなか引かないものだなあ。
「…ねえ、結城くん話聞いてた?
私、結城くんが……あー、ええと、アレなんだよ?」
そんな私の心臓が今どれだけ悲鳴をあげているか、彼は思いやってやることが出来ないのだろうか。一生のうちに拍動する数は決まってるという説もあるだから、大切にして欲しい。
結城くんは、私の頬――どうしようもなく赤くなってしまっているのは自覚している――を優しく擦って、一言放った。
「聞いてた」
結城くんはそう端的に答えた。そんな目尻を緩ませて言われたら、ああ、そう。と頷くしかない。
訂正したいと思う。限界拍動数まで待ってられない。今、エンストしそうだ。
どこからそんな甘ったるい声を出しているのか、甚だ疑問だ。糖分過剰摂取で聴神経がダメになったらどうしよう。
瞳をこれまでかととろけさせている奴は諦めて、私は自力でなんとか冷静さを呼び戻そうとする。素数でも数えようか。
「…言っとくけど、こんなことされても、騙されないよ」
「……騙すって、何?」
どろどろに柔らかかった声色が突然硬化したような錯覚に陥る。驚きで身体を固くすると、結城くんは暫し目を閉じて大きく息を吐き出した。
「ごめん、怒ってるわけじゃないから、逃げないで。
さっきからちょいちょい引っ掛かるところはあるし、存分に問い詰めたいところなんだけど、取り敢えず今はそこから聞かせてもらえる?」
怒ってはいないかもしれないが、有無を言わせぬ雰囲気に気圧されそうになる。
「…ひ、姫さまが」
「リィ?」
姫さまがどうなのだと促されるが、なかなか言葉が続かない。ぐずぐずしてると、こちらに手が伸びてきた。
「…瀬名、だから、唇って。」
噛まないでって言ったろ?とそっと唇に何かが触れる。割りと固い感触に、反応が一拍遅れる。
「な、にするの」
身体ごと避けるのは叶わないので、身体を捻って手から逃れる。頬に手を添えてたから、たぶん私の体温の上昇はバレてる。
「はは、傷口触ってないから大丈夫だよ」
革はね、面倒だからな、と私が先程思ったことをそのまま言われる。分かってるんじゃん。けれど、私は手袋の方がまだよかった。生身で来られるくらいなら、私はいくらでも消毒してやったし、ジアスターゼでもなんでも発見してやったし、なんなら革手袋を弁償してやる。そもそも触らなきゃいいんじゃなかろうか。
「…じゃあ、先にリィからの伝言伝えていい?」
「いやだ」
私の拒否を無視して結城くんは続ける。
「ええと、確かな、
『羨ましくて、見栄を張ってしまっただけです。卑怯なことをしてしまって、本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。』
だって。」
「……。」
「俺、重役の奴らと色々と交渉してたんだけど、リィが涙ぼろぼろ流しながら突然入ってきてな。あんな風に肩書き乱用して無茶なことするリィは初めて見たからびっくりしたよ。珍しくミナハが驚いてる様をみるのは、ちょっと面白かったけど。
俺は、瀬名とリィの間で起こったことは知らないからリィの言葉を全部理解することは出来ないけど、説明する気はある?」
「……ない」
やはり私の見解は間違っていないようだ。彼女はずる賢くなりきれないようだ。もう少し頑張っていれば、こんな簡単に結城くんが私を見つけることは出来なかっただろう。そんなまっさらな子に、私も意地悪くなる気にはなれなかった。
そう、と結城くんは頷いてそれ以上追求してこなかった。そういうところが憎たらしくもあり、惹かれてしまう。
「その様子だと、リィのはったりに気付かなかったの?」
意外だなぁ、といった風に首を傾げる結城くんを恨みがましく見上げる。元凶は黙っとけ。
「誤解は解けた?」
にこにこと尋ねてくる顔が、とても腹立たしい。
「ねえ、忘れてるようだけど、私怒ってるんだよ?」
まさかあの姫さまにはったりかまされて、まんまと乗せられるとは思っていなかったが、全ての感情の原因は目の前で目を柔らかく細めている奴なのだ。
「うん、分かってる分かってる。
俺も誤解は解きたいから説明も、言い訳も、ご機嫌取りもいくらでもするよ」
ご機嫌取りって言ったよ、この勇者は。いや、合ってるかもしれないけどさぁ!
「瀬名、」
「……なに」
結城くんは話すとき、よく頭に名前を持ってくる。存在を確かめるかのような、その癖が私は割りと、
「俺も、瀬名の全部が欲しいな」
「……うーん、ちょっとそれは難しいかな」
好きだ。
これにて『【新】元クラスメートが異世界でハーレム勇者になっているようなんだが。』は終わりになります。読んで頂きありがとうございました。
続いて『【新】幼馴染の親友』を最終チェックが終わり次第投稿していきたいと思うます。こちらは、結城和樹がトリップする前のお話となります。夏月もでます。こちらも【旧】とはかなり違いますので、お気を付け下さい。もし読んで頂ければ嬉しいです。