04.尋問のち、告白
少し短いです
それから旅は順調に進み、遂に魔王を倒した。
魔王の城では、姫さまがさらわれたり、二手に別れるとき、クレアさんとディアナがどちらが結城くんの方になるか喧嘩して(実力行使にまで至った)無駄なケガが増えたりしたが、終わり良ければ全て良し。遠距離で治癒したり、魔力なくなるまで力使ったりして(三途の川がみえた気がした)なかなか大変だったが、死者も後遺症が残るようなケガをした者も出ず、治療師としての任務を立派に果たした。
絶対給金がっぽりたかってやる…!
そんなめでたい日。王都に戻れば迎えてくる明るい顔。盛大なパレードをなんとか通り抜け、私達は城に到着した。魔王を倒そうが、世界を救おうが国の一声で私達は動くのだ。
そして今。勝ち得た平和に浸かる暇もなく結城くんの取り合いの真っ直中です。
「カズキ様、わたくしを貴方のお側に置いては頂けませんか」
「カズキ、私は君と共にありたい」
「何言ってんのよ!カズキはアタシと一緒になるの!」
「おばさん達は黙ってよ!カズキはディアナと里に行くの!ねえ、そうでしょ、カズキ!?」
私はフードをまた深く被り直して、ミナハさんの背後からそちらを窺う。ギャーギャーとうるさいことこの上ない。
結城くんも何か言ってるようだが、他がうるさくて全く聞こえない。
どこまでも結城くんだなぁ、と独りごちる。だから皆々付け上がるのだ。付け上がってしまうのだ。
彼の答えなど決まりきっているのに。
「黙って」
『!?』
私が得るものは何もない光景から視線を反らそうとすると、よくよく知った声に引き留めれる。
決して声を荒らげてるわけでも、きつい物言いをしているわけでもないのだが、いつもの柔らかな物言いとは明らかに違う。そんな結城くんに飲まれたように彼女達は口を噤む。
そりゃそうか。寧ろ今までよく我慢してたものだ。もう、我慢する必要などないのだ。愛想振り撒くのも調和を大切にするのも身を守るための行為。好意剥き出しの美女達への完全平等体制には彼のお人好し加減に呆れるが、情が移ってしまった者達の立場を守るための行為。
彼はそれをせずとも無条件で身を守ってくれる世界へと、
「俺は元の世界に帰るよ」
かえるのだ。
先程まであんなに騒がしかったはずなのに、彼の言葉でその場は水を打ったように静まりかえる。
女性陣は勿論、囃し立ててこちらを見てた野次馬たちも同様に目を見開く。満足げに彼らを見下ろしていた王や重役の人間は慌て始めた。因みに隣のミナハさんは相変わらずだ。この人にまともな反応を求めるほうが悪いのだ。
「ちょっと待ってくれ!」
重役の1人が叫ぶ。その狼狽した様子に目を眇める。
彼が慌てる理由は明白だ。結城くんは“勇者”。魔王を倒した後でも、利用価値は沢山ある。例えば、他国への牽制や見栄。勇者を味方にすれば、国民を誘導しやすくもなるだろう。勇者の力は絶大だ。その力は――人間兵器にもなりうる。魔族や魔王をも倒したそれは、人間相手なら尚更わけないだろう。
自分の孫程の歳の結城くんに、重役は手を揉んだ。
「これからのキミの待遇は一生保証しよう。賞金だってやる。欲しいものはなんでも願えばいい。なんたってキミはこの国を、この世界を救った英雄なのだから。
キミがいなくなったらきっと国民は悲しむだろうなぁ。
それに、」
―――キミにはこの世界に愛してる人がいるんじゃないかい?
息を飲んだのは誰だっただろう。姫さま?ハーレムの皆さま?野次馬たち?それとも、――
「……そうですね。確かにこの世界に好きな女性は、います。」
結城くんは苦く微笑む。こんな彼の切ない顔は初めてみた。誰が彼にこんな顔をさせることが出来るのだろう。
「けど、やっぱり俺にとってこの世界はいつまでも“異世界”なんです。」
口角を上げ、目を細める。それは笑っている、と形容していいもののはずなのだが、私の心臓をグサグサと刺してきて、息が苦しくなる。
「だが!だがな!」
重役は不味いという表情を隠すこともせず、叫んだ。
「この世界とキミの元いた世界の時間の流れは違う!あの世界の時間はこの世界の5倍の速さなんだ。
向こうでどれだけの時間が経ってしまっているか、キミなら分かるだろう!?」
それでも帰るというのか?
重役の勝利を確信したような声が遠くで聞こえた気がした。
結城くんが目を見開く。彼の瞳が揺れるのをどこか冷静にみてる自分がいた。
そして。
それと同時に理性を飛ばした自分もいた。
「ふざけんな!何言ってるの!?
そんな大事なこと、どうして今更言うの!?こっちの勝手な理由で押し付けておいて!」
さっきまでミナハさんの背に隠れて大人しくしていた私は、衝動のままに叫んだ。腹の奥から沸々と熱いものが込み上げてくる感覚がする。腹だけではない。身体は熱く、血が逆流しているようだ。
怒りのままにその重役に詰め寄り、相手の胸ぐらを掴んで睨みあげる。言いたいことは沢山あるし、罵倒の言葉はいくらでも用意できるのに、それは腹の中でぐるぐると回るだけで外に出てこない。相手は身体を強張らせているが、どうせ驚きでだろう。小娘相手に恐怖を感じるわけがない。小娘一人の力なんてそんなもんだ。そんなもんなのだ。
「お前、なんという口のきき方…!こんなことをしてもいいと思ってるのか!称号を剥奪するぞ!」
そんなもの、いくらでもくれてやる。そう口にしようとすると、胸ぐらを掴んでいた手が温かいものに包まれる。驚いてその熱源をみると、私のものより大きい手が覆い被さっていた。そして、それは私の指を一本一本解いていく。その手は皮が固くて、豆だってあるのに、丁寧で壊れ物を扱うように優しく動く。振り切ることなど出来るわけがなく、私は為されるがままに手を解いた。その腕を伝ってそろりと視線を上げる。そこにあるのは、勿論結城くんの顔で、怒り一色だった感情に他のものが混ざる。ふ、と宥めるように目を細められてしまえば、溜飲を下げざるを得ない。
私は唇を噛み締めて目を伏せた。逃げたとも言う。何故なら私は、彼らに腹を立てる資格はないからだ。
要は、だ。最初になんなら帰すからと彼を適当に誤魔化し、協力させる。旅をしてる間に誰かとくっつけ、この世界に居座らせる。そう考えたら、無駄に綺麗な女性ばかりのパーティーでも納得がいく。パーティーのメンバーが皆が皆、それを了解していたかは分からない。しかし上の手は回っていただろう。愛してる云々も誰か一人くらいは“勇者”をものに出来ただろうと思っての発言だったのだろう。
あまりにも不誠実で、彼を舐めてかかっている大人たちに顔が歪む。
けれど、一番腹立たしいのはそんな安い思惑に気付かなかった自分だ。少し考えれば分かることだろうに。私は結城くんにどうやって帰るのか、国とはどう話をつけているかのさえ尋ねなかったし、考えなかった。
考えたくなかったのだ。目を反らした。
信頼?笑わせるな。こんな自分の心を誤魔化すことばかりに気を取られているような奴がそんなもの、得れるわけがない。
「あなたは勿論、知ってたんでしょうね…」
私は振り向き、ミナハさんに視線を移した。彼は苦笑し、答えた。申し訳なさそうに、けれどその瞳は真っ直ぐで反らされない。
「そうです、ね。
あまり褒められることではないのは分かってますよ。けれど、やはり私が一番に優先しなければいけないのは、国ですから。」
私は唇を噛んだ。どこかで勘づいてはいたが、言葉にされると少しキツい。
「……ごめん、結城くん。私ばかり騒いで。」
「いや、いいよ。
実は俺…勘づいてはいたんだ。確信はなかったんだけど。だから思ったよりは落ち着いてるし、瀬名が思うほど落ち込んでもないよ」
そこで結城くんは一度考えるように、私の顔を覗いた。そして軽い口調で続ける。
「傷付いてもないよ。瀬名よりはね」
だから大丈夫、と結城くんはぎゅっと手を握って微笑んでみせる。
「…傷付いてなんか、ないよ。」
「どうだか。」
そんな資格は私にはない、と胸中で呟くが、私の主張は、結城くんの短い言葉で一掃される。
「傷付けて、ごめんな」
何を言っているんだ、という言葉は出てこなかった。
本当にこの人の優しさは苦手だ。先回りして、全てを見透かして、包み込もうとする。そんなもの、普通は誰にでも与えれるものではないはずなのに。
「あのさ、瀬名。
今の瀬名に聞くのも可笑しいんだけど、向こうでも会えるよな?仲良くしてもいいよな?俺さ、向こうに瀬名がいるなら頑張れる気がするんだ。」
―――なんだってこの人は、こんなことを言うのだろう。酷い人だ。かえるなら、私など目にも入れずにさっさとかえればいいのに。
彼のはにかんだ笑顔が眩しい。自分の目頭が熱をもっていくのがわかる。
―――そうすれば、きっと、私も全てをゴミ箱に突っ込んで、燃やして、なかったことに出来たのに。
口を開き、言葉を発さずまた閉じる。それを数回繰り返す。やっと音となった私の声は掠れていて、聞くに耐えない。
「…ごめんね。向こうに私は、もう、……いないや。
結城くんがこちらにきた日に、私も、向こうから、いなくなってるんだ」