02.再会のち、傍観
なんとか落ち着いた私達(女性陣含)は、宿の食堂に移動した。2人で話せるようお願いしたため、他のメンバー達は遠くからこちらを見てる。女性陣の視線が突き刺さって痛い。
「ええと、突然騒いで悪かっ……すみませんでした。あなたが、俺の世界のクラスメートに似てて…」
詰まる言葉と泳ぐ視線から彼の動揺が伝わってくる。詰まる言葉からは期待が見え隠れし、泳ぐ視線は何度も私の姿を確認している。
そう、実は私の顔は前世と全く同じなのだ。DNAはどうしたのか。そういうわけで、私はこの平凡な顔と前世も今世も一緒に頑張ってきたのだ。前世の記憶よりもっと都合の良い顔が欲しかった、という密かな願いは胸の奥底にしまった。
“セナ”という偽名は前世の名字からとった。あと、これまた不思議なことに下の名前も前世と同じだ。前世では“夏月”。両親曰く、なんか神がおりてきたらしい。「この子の名前はナツキだ!」と。うん、多分それ、本当に神様おりてきてる。
うー、だとかあー、だとか唸る彼に私は視線をやった。いくら見ても“彼”そのものだ。睨み上げても消えない。
「手」
「え?」
「手を、出して」
彼は有無を言わせぬ私の態度に戸惑いながらも、その手を差し出す。私は黙ってその手を見つめた。まだ消えない。しょうがないので、それに自身のものを重ねることにする。心臓が冷やい。
「あ、」
―――存在する
一度目を閉じる。
(どうしたもんか。)
深呼吸をひとつして、カチリと頭を切り替える。彼への返答の準備に取りかかる。
これ、今住んでるトコの挨拶なんですよ。と困惑を示す彼に笑っていえば、彼はおずおずと頷いた。
期待に応えられず申し訳ないがここは誤魔化させて頂こう。人の口には戸をたてられない。用心に越したことはない。
よし、と決意を固め顔を上げれば、黒々とした瞳と目があった。彼は少し困ったように笑んで見せた。誤魔化すために笑う奴を久々みた。日本的感覚とは遠いこの世界でそれをやったら、勘違いが起きるぞ。
それは愛想笑いというやつだろう。たぶん、探られている。似ているとは言われたが、本人なのかとは尋ねられてはいない。当然だし、賢明な判断だ。同じ容姿と名前で違う世界にいる。違う世界にとんでしまった。どれも向こうの常識ではあり得ないことだ。前者にいたってはここでも他の例も聞いたことないし。だから本物だと思うより、偶然、もしくは仕組まれたものだと考える方が、正しい。
正しいが、――何となく腹立たしくもある。
だってそれは、私の存在を疑われているということだ。この人に疑われるのは何となくつまらない。
何となく、という曖昧な感情に流されるわけにはいかない。私は用意していた言葉を舌に乗せる。
―――ああ、本当に面白くない。
「あー……たぶん、それ、私です。」
自らの口から出てきた音が自らの耳に入ってくる。神経を通じてその音の意味を理解してから、しまったと顔を顰める代わりに唇を噛み締めてやり過ごす。耳を疑えばよいのか、口を疑えばよいのか。
目の前の彼は努めて細めていた目を丸くした。それを見て少し安心するのだから、私も始末に終えない。
嘘を吐くことに対しての罪悪感に負けたのか、存在を疑われることが嫌だったのか。――彼に対して抱いた感情を考えれば、どう足掻いても圧倒的に後者の割合が高いだろう。
前の世界――彼がそう呼ぶかは知らないが――の彼に存在を疑われるということは、私の中の瀬名夏月を疑われているような気がしてしまったのだろう。別に構いはしないはずなのだが、彼にそう思われるのはつまらないと思ってしまったようだ。
「なかなか信じがたいことだとは思うんですが、これから話すことは秘密にしといてもらえますか?」
言ってしまったものはしょうがない。私は、慎重に口を開いた。
それから私はカズキ――結城和樹に、私が転生者であることを話した。このことを話すのは初めてで、拙い説明だっただろうが結城くんは根気強く聞いてくれた。相変わらず聞き上手だ。ハーレム築き上げたくらいなんだから、もっと不遜になっても良かろうに。
いくらファンタジーな世界とはいえ、前世の記憶があるなんて聞いたことがない。心の病を持っていると心配されるのならばまだいいが、何処かの研究者たちに目をつけられたら困る。因みに、私だったら目をつける。確実に。
結城くんも最初は戸惑ってたようだが、最初にみせた愛想笑いに潜ませた警戒はどこへやら。拍子抜けするほどすんなり受け止めてくれた。流石異世界トリップしただけある。
彼の話を聞かせてもらうに、どうやら彼がトリップした日に私は死んだようだ。生まれて十数年この世界にいる私に対して、彼はトリップしてたった三年。時間軸はどうなっているのかかなり気になるが追及しないでおこう。
「瀬名の名前が“セナ”っていうのは偶然なのか?」
お互いの立場を粗方確認し終え、結城くんはふと首を傾げた。
突然のトリップで右も左もわからない中、(元)同じ世界の人間がいて嬉しいのだろう。彼の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。私は彼の緩やかに上がる口角を確認した後、一度目を閉じる。19年という月日は長いようで短いのかもしれない。瞼裏にうつる光景は思った以上に鮮やかで、そこでも彼は同じように笑みを披露した。
「瀬名?」
「…ううん。諸事情につき、偽名です。」
「じゃあ、本当ははなんていうんだ?
元の世界では、名前……夏月、だったよね?」
少し躊躇うように口にされた名前に少し驚く。
前に言ったように、私は元の世界では体が弱く学校にもあまり行けなかった。一応クラスメートではあるし、私としては割りと接点のあった人物ではあるが、毎日目まぐるしいほどの人達と顔を合わせ、言葉を交わす彼と私ではそのひとつひとつの比重が違う。私と彼では母数が酷く違うのだ。
うーん。ある意味私、目立ってたのかな?あまり学校行かないから。私なんか、クラスメートの大半は下の名前どころか名字さえあやしい。
考えてもしょうがない。こういう気遣いがモテる秘訣なのか、とテキトーに結論付ける。
元の世界での結城くんは割りとモテていた。少女漫画に出てくるような、見た目だけでブイブイ言わせる類いのものではないが、性格がそんな感じなのだ。誰とでもすぐ打ち解けられる能力の高さは気持ち悪いレベルだと誰かが言っていた。
元の世界では、モテたというか人たらしだったのだが、勇者という肩書きを持つこちらではどうだろう。さっきの女性陣を見る限りこちらでもそうかもしれない。
そうですね、と言うと遮られた。敬語だとどうも擽ったいのだと、結城くんは頬をかいた。ほら、こういう感じ。
「うん。よく私の名前覚えてたね。こっちでも名前はナツキだよ。不思議なことにね。
一応隠してるからこのままセナと呼んでくれると助かるな」
ふやける頬を誤魔化すように澄まして答える。結城くんの視線が私の口許に向かっているから、溢れてしまっているかもしれないが、多目に見て欲しい。
どうやら私も元の世界の人、結城くんと会えて舞い上がってるようだ。先程とは少し違う心臓の跳ねる感覚を私は甘んじて受け入れた。
その後が大変だった。
(わたくし[私、アタシ、ディアナ、私たち]の)カズキと何話してたんだ、と鋭い視線で問われた。
前言撤回。モテるなんてもんじゃない。オンナの嫉妬、こわい。
以前勇者さまに助けられたことがあって、とか言ってテキトーに誤魔化が、この様子じゃ何言っても通じないように思う。オンナの嫉妬、こわい。
◆ ◇ ◆
結城くんは強かった。
とてつもなく、強かった。所謂チートである。
他のメンバーが連携技で敵を倒してる間、彼は横でソロで戦っていることが多い。仲間外れだとか、勝手な行動を取っているというわけでもなさそうだ。ただ単に効率重視の結果らしい。
私?私は勿論、敵が現れた瞬間安全な場所に避難する。お忘れかもしれないが、私は治癒魔法以外はダメダメなのだ。誰かさんみたいに近くにいたら守る対象が増えてしまって足を引っ張ってしまう。
あ、姫さま危ない。侍女さん、もっと下がろうぜ。
そんな遠くにいたら結城くんに声が届かないだろって?え、なんかすみません。
結城くんがチラチラこちらを見る。ほら、やっぱり邪魔になってるじゃないですか。え?わたくしのことを気にして下さってる?…素敵ですね。
ちょっと。敵が目の前にいるのに身内で争わないで下さいよ。もうみんなのことを気にかけているってことでいいじゃないですか。……あぁ、すみません。私以外の皆さんを、ですよ。
可笑しい。私は治療師の役目を仰せつかったはずなのだが。
「結城くん。」
戦いを終えた結城くんに声をかける。名を呼べばすぐさま反応してくれるというのに、肩をみせろと要求すると彼の顔は分かりやすいほど強張った。
「え。
いや、大丈夫です。全然元気です。」
結城くんは肩を庇って後ろに下がる。それに私も負けじとにじりよる。
さっきの戦いで、姫さまたちの方へ行こうとする魔物がいたのを斬ったとき、無理な体勢をとっていた。その時から少し動きが不自然のように思ったのだが、ビンゴのようだ。釜をかけただけなのだが相変わらず嘘のつけない人だなと思う。
「大丈夫でもいいから見せなさい」
「いや、ほっとけば勝手に治るから大丈夫だよ」
そうなのだ。このチート野郎はある程度の傷なら放っておいても治るのだ。何処までもチート。治療師いらずの――私いらずの彼が少し癪に触る。
「そんなこと知ってるよ。けど、私も仕事しなきゃいけないんだから協力して。
なに?力づくで脱がされたいの?」
言葉に力が籠るのを誤魔化すように茶化す。ニコリとわざとらしい笑みを披露すれば、結城くんはたじろいだ。こう言えば結城くんは大体折れてくれる。
彼とて無理矢理脱がされるのは本望ではないようで、結城くんは慌てて服を脱いだ。
「残念。私、結構得意なのに。」
「何が!?」
戦っているだけあって、結城くんの体はしっかり筋肉がついている。あまり見た目に反映しないのは体質だろうか。結城くんは少しそれが不満らしい。男の子らしい考えについ吹き出すと、彼は唇を尖らせてみせた。
彼の肩にそっと手を当て、魔力を流しこむ。結城くんの肩が小さく揺れ、こそばゆさを隠すように視線をさ迷わせる。触れるか触れないかのその感触に擽ったさを覚える人も多いらしい。流し込まれる魔力は生温かいらしく、どちらかというと気持ちいいと思うのだが、何故結城くんが逃げるのか理解できない。折角女性治療師の中で最も将来有望株と名高い私がタダでやってあげるというのに。
そんなことをつらつらと考えていると、結城くんが口を開いた。視線はまだ泳いだままだ。そんなに耐え難いのかこの野郎。じゃあいいか、と私も手元に目線を戻した。
「……瀬名さ。なんで、呼び方一定じゃないの?」
治療中の結城くんはいつもより口がよく動く。
結城くんの話し相手は沢山いるが、彼はどちらかというと聞き役に回っている方が多いように思う。結城くんの饒舌はその反動ではないかと私は考えるようにしている。
私は結城くんの言葉に少し首を傾ける。確かに私は他の人がいる前では“勇者さま”、二人のときは“結城くん”と呼んでいるのだ。
「あ、もしかして“勇者さま”呼びにしろってこと?」
当たりだろう、とドヤ顔で言えば、全力で否定される。まあ、ちょっと恥ずかしいよね。中二っぽいもんね。 だからハーレムの皆さんに勇者呼びをさせないのかもしれない。ミナハさんはまあ、うん。
「だって、ハーレ…皆の前で“結城くん”って呼ぶと良い顔されないんだもん。」
最初、女性陣の前で“結城くん”と呼ぶと睨まれた。なんでアンタだけ別の呼び方してんだ、と。ハーレム要員の方々から見ると私だけ特別な呼び方をしてるようにみえるらしい。結城くんは“カズキ”と名乗っていて、名字は言ってないらしい。元々、この世界では名字という観念はないのだ。
「そうなのか?じゃあ他の奴らみたいに呼べば、」
結城くんは一旦そこで一度言葉を飲み込み、暫しの沈黙のあと、いいのに、と無理矢理絞り出すように続けた。上げた視線は彼とは絡まない。
その発想はなかった。が、彼らしい発想だなとは思う。私には向かないけれど。
「んー。“勇者さま”でこと足りるからいいや」
「…そっか」
この話は終わったと思っていると、彼は意を決したようにこちらを見てきた。今度こそ絡まる視線に私は瞬きをする。
「けど、やっぱり俺は、」
「カズキ様!どうかされたのですか!?」
彼が言い終わらないうちに、細く高い姫さまの声が被さる。ついでに私の視界にも被さった。
「ケガをされたのですか!?大丈夫ですか?」
姫さまは結城くんの手を握った。私は彼女により強制的に退場させられた我が手をみやった。かわいこちゃんに看病されれば医者は不要的なあれか。確かに結城くんの場合は勝手に治るしなぁ。
上目遣いもバッチリな姫さまに視線を移した結城くんから、私は一歩引いた。丁度治療は終わったところなので、私が出ばる理由はない。
「……。いや、大丈夫だよ。ちょっと肩を捻っちゃっただけ。」
結城くんは小さく吐いたため息を覆い隠すよな笑顔で姫さまに言葉をかけた。ふわりとした柔らかなそれに姫さまは頬を染めた。似非ものではないその薄桃色は可憐だ。少し強引であるが、心配だと、隠すことなくその気持ちを表現できる素直さはとても貴重だ。
「……。」
さっさとお暇しようとして、結城くんが何か言いかけていたことを思い出す。尋ねるなら今だろう。たぶん、このピンクピンクはそう直ぐに治まらない。
「……勇者さま。さっきは何とおっしゃったのですか?」
私が声をかけると、姫さまは邪魔するなとばかりにこちらを不満げな顔を向けた。そう睨まないで下さいよ。私だって、好きでこんな場面に出くわしてるわけじゃないんですよ。
「あー、いや。ごめん、大丈夫。」
治療ありがとうな、とお礼をいう結城くんの顔は姫さまに被さって確認することが出来なかった。別に、いいけどね。
「セナさんも大変ですね」
私がさっさと退散したあと、後ろから声をかけられる。振り返ればニコリと微笑むミナハさんがいた。
「……。いやぁ、ミナハさんに比べれば私なんて」
おどけたような仕草をした私は、ミナハさんと笑い合った。たぶんこの旅で私が一番つるんでいるのはミナハさんだろう。彼とは苦労仲間なのである。
結城くんを取り巻くハーレムの内部争い(笑)などこの勇者一行の人間関係は良好とは言い難い。それでも問題なく進めているのは、結城くんの圧倒的力と個々の能力の高さのおかげに他ならない。そしてミナハさんのフォロー。
「ふふふ、そうですか?そうおっしゃるなら是非何かご褒美をいただきたいものですね。」
唇を弧に描いて微笑むミナハさんからは気品を感じる。ミナハさんの肩書きは紹介されていないが、姫さま達の手綱を見事に捌く様から、ただ者ではないことは確かだろう。
では一緒に上に手当てを請求してみましょう!と提案すると、何故かミナハさんは一層可笑しそうに笑った。そんな。お金が全てとは言わないが九割八分はお金で出来てるというのに。
「けれど、貴女は私とはまた違った憂いもおありでしょう。貴女は勇者に随分と信頼されてるようですから、他の方にとって面白くないのでしょうね。」
ミナハさんは結城くんに視線を向けると目を細めた。釣られそうになるのをどうにか踏み留める。
信頼、と一度口の中で呟く。
「信頼、ですか。そんなことないと思うんですが…。まぁ、治療師は信頼がないとやっていけませんから!」
たぶんミナハさんを納得させるだけの理由を私は提示出来ない。けれど、自らに言い聞かせる理由くらいは拵えることが出来る。
信頼、か。もしあったとしても、それは、
「元々知り合いだったから、ですか?」
「そうかも、ですね。っていうか、私の心読まないで下さいよ。ほんと、ミナハさんは何でもお見通しですねぇ」
声色を明るくして言う私に、笑みを浮かべていたミナハさんは一度瞼を伏せる。
「そんなことないですよ。
だって私はあなた方がどんな知り合い…どんな仲だったのか知りませんから」
再び現れた萌黄色の瞳はいつもの柔らかい色とは少し違ったように感じた。私はその真剣な色合いに気付かないふりをする。
「仲なんて大層なものじゃないですよ。知り合いに毛がついたくらいですよー」
「だとしても、やっぱり気になってしまうものなんですよね、私は。
ナツキのことですから。」