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02.変異のち、侵入

 放課後、日誌を職員室に返し教室に戻ると、そこには人影があった。

 その人物は窓際の席に座って、窓の外の夕陽を見ていた。色素の薄い髪が夕陽の光を反射して光る。中身はどうあれ、儚げなその姿はそのまま光の中に消えてしまいそうに感じた。何の考えもなしに声をかけてしまったのは、そんな彼女を引き留めたかったからかもしれない。

 こちらに気付いた彼女は驚いたような顔をする。


「あ、あの、えーと。いつも、茜がお世話になってます……?」


 我が口ながら、呆れを通り越してがっかりだ。何を言っているのだろうか。後悔を覆い隠すように笑って誤魔化す。

 『同じ釜の飯を食べたとは思えないし、思いたくないほど気持ち悪いレベルのコミュ力』という称号はこちらから願い下げだが、もう少し自分は器用だと思っていた。もちろんその意味の分からない称号は茜が勝手につけた。センスの無さが窺えるが、気の置けない友人なんかは「あ~」と頷くのが腑に落ちない。


 後から思えば、俺は不意に生じた優越感への後ろめたさをまだ引きずっていたのだと思う。


「ああ!茜の」

 夏月は立ち上がってこちらに歩みを進めた。身長はそれほど低いわけではない。寧ろ茜より高い。なのに何故かとても頼りなく感じた。たぶん見てくれだけじゃない。身体も実際薄い。

「茜の?」

 首を傾げる俺に、夏月は楽しげに続ける。

「うん。茜の、何にしよう。保護者さん?お兄さん?弟くん?」

「役柄多いな…。じゃあ、幼馴染みで」

 なんとも複雑な選択肢に少し顔を顰め、悩んだ末な勝手に自分で提示する。つまらないなぁ、と言いつつも、夏月はとても楽しそうにケラケラと笑った。そんな可笑しいことをしたつもりはないのだが。

「じゃあ、私は茜の親友で」

 ニッと口角をあげて笑う姿からみるに確かに茜が話してた通りの人物のようだ。

 俺は『茜の幼馴染み』、夏月は『茜の親友』らしいので、合わせれば俺にとって夏月は『幼馴染みの親友』といえるわけだ。それは近いのか、遠いのか。

 少し、物足らないかもしれない。


 印象としては、笑っているイメージが強い。『うふふ』が似合いそうな顔で『ケラケラ』というような風に笑う彼女は、口が達者でどこか人を食った話し方をする。けれどそれに悪い印象を抱かせないくらいに愛想があり、落ち着いた物腰で応じる。

 それが短い時間で俺が得た夏月の対人能力の特徴だ。

 内容はというと、まあ、大体茜の話だ。

 確かに茜は俺達二人の共通の話題のひとつだが、同じ歳で、同じ学校で、同じクラスなのだ。話題はいくらでもあるはずだし、会話の糸口を見つけるのは結構得意だ。いつもならぽんぽん出てくるのだが、どうも上手くいかなかった。その理由を考える余裕すらない。

 『同じ釜の飯を食べたとは思えないし、思いたくないほどの気持ち悪いレベルのコミュ力』が聞いて呆れる。いや、そんな称号いらないけど。

 茜を肴にするのはなんとなく複雑な心境だが、最も気になることのひとつであるのも確かだ。

 茜が夏月のことをよくよく知っているように、夏月は茜の長所も短所も分かっている。悪いとことを言うときも嫌味ではなく、親しみを込められていたように感じた。

 結城くんも茜に振り回されて大変だねー、と言う夏月の口角は緩やかに上がっていた。その時俺は、目は口ほどに物を言う、というのを初めて実感した気がした。柔らかく細められた瞳は優しくて、居心地が悪いほどだった。目をそらすことで、それをやり過ごす。こういうときだけ『ケラケラ』を引っ込めるのはずるいと思う。

 そんな風に笑う夏月に思い切って尋ねてみる。ずっと聞きたかったことだ。夏月の茜を語る様子を見れば十分分かるような気がしたが、やはり夏月自身の口から明確な言葉が欲しかった。それがとんでもなくお節介で俺に関係ないことだとは分かっている。

「瀬名、あのさ。すげぇ余計なお世話ってことは、わかってんだけど、」

 あまりに踏み込み過ぎかと思い直して少し言葉を変える。

「茜、迷惑かけてない?あいつ、お世辞にも性格いいってわけじゃないから」

 自分から聞いといて、つい渋い顔になる。だってお前何様だと思われても致し方ないほどの発言だ。

「うーん。まぁ、性格はよくはないよね。いい性格してるけど」

 うんうん、と気を悪くした様子もなく夏月は頷く。そしてニヤリと俺に笑いかけた。

「ふふ。結城くんが心配しなくても、ちゃんと私は茜が好きだよ」

 んぐ、と喉が鳴った。バレてる。そんなに分かりやすい人間なつもりはないのだが。

 そんな俺の様子を愉快そうにみていた夏月がふと笑みを引っ込めた。一瞬夏月の色素の薄い瞳がこちらに向けられたが、それはすぐ逃げていった。心臓が跳ねたのは、こちらの真意を読み取られたからかもしれない。違うかもしれない。

「私って普通より少し面倒な身体なんだよね。だから、あまり親しい友達がいなかったんだ。

 病院に知り合いは沢山いるけど、皆浅い付き合いなんだよね。自分よりうんと小さい子か、年配の方とか。だから、愛想はそこそこ良いつもりなんだけど、踏み込むのがどうも下手くそみたいで。

 友達にしても何にしても、人間同士の関係って双方が努力しないと成り立たないでしょ。そして、それを作り上げて維持して、更に成熟させるには言葉で示して、行動で示して、意思表示して。相手の気持ちなんて分かんないのに、そんなの簡単に出来ないでしょ。けど、茜はちゃんとそれが出来て、だから私もそう出来たらなって、」

 忙しなく動く口を見つめていると、言葉が突然途切れる。ぎゅっと唇が引き結ばれるのを確認して、どうしたのだろうと覗き込む。夏月は一瞬仰け反るように身体を引いた気がしたが、すぐに何もなかったように、にこりとした。

「って思ったり思わなかったりですな。いやぁ、人間って難しいよね!」

 夏月は誤魔化すように、声の調子あげてケラケラ笑う。

「……うん、そうだな」

 でしょうでしょう、と夏月が大仰に頷く。

 夏月の言葉を頭の中で繰り返す。

 俺は、夏月の情報は結構知ってる自信がある。夏月検定なんてあったら割りといい成績を修めるだろう。けどそれは所詮『茜の』夏月であって、決して――


 もう一度、そうだな、と頷く。


「踏み込むのって難しいよな。俺、なんかまわりからとやかく言われるんだけど、俺だってもちろんビビっちゃうよ。相手に好かれたいと思っていれば、思うほどな。」

 ふと、もしかして自分はビビっていたのか、と思い至る。無意識に表情に表れていた優越感にさえ振り回されるほど、ビビっていたのかもしれない。

「双方が努力、か。」

「あ、いや、それは物の例えであって、あのね、」

「そうなの?」

 尋ねれば、夏月は言葉を詰まらせた後、そうなのですと固い声で頷いた。

「だから、さっさと忘れてね。てか、忘れて。お願い」

「それは無理かも。」

 手を合わせる夏月に首を横に振れば、何故!?とにじりよられる。何故と言われても。

「勿体無いじゃん。」

 は、と夏月は口を小さく開けた。

「だって、俺はすごく気に入っちゃったから。」

 きっと夏月はひとつひとつの繋がりを大切にしたいと思っていて、大切にしているのだろう。夏月曰く、下手くそ、らしいが、仮に下手として精一杯人と向き合おうとする姿はとても尊敬する。

 そして、そんな夏月をみていると、思う。願わくば自分もその中の一人になりたいと。


 そんな夏月の世界に映るには、どうしたらいいだろう。


 夏月の真似をしてニッと笑う。夏月はパチリと目を瞬いた後、唇を引き結んでなんとも言えない渋面をつくった。苦いような酸っぱいような焦れったいような、そんな顔。

「……そりゃどうも。」

 なるほどなぁ、というため息のような呟きに首を傾げる。

「何が?」

「いや、茜が言ってたことは誇大でも贔屓でもなかったんだなぁって」

 恐ろしい~という随分大袈裟な反応に戸惑う。何を言いやがった、あいつ。そういえば、挽回がどうとか言っていたなと思い出す。

「茜、なんて言ってた?」

 俺の焦ったような声色に、夏月は少し驚いたような顔をして、そして楽しげに目を細めた。

「黙秘権を発動します。」

 私もやられっぱなしじゃ収まりつかないからね、と夏月はくすくすと笑った。



 ◇ ◆ ◇



「今日、瀬名が来てたぞ」


 またもや勝手に俺の部屋に入っていた茜に声をかける。茜は漫画をよみながら、そーなんだー、と生返事をする。

「……え!?誰って!?瀬名って、夏月!?」

 勢いよくこちらをみる茜の口はかっぽり空いている。アホ面だな~、と笑うと脛を蹴られた。

 文句を言う俺を無視して、茜はスマホを取り出す。俺は鞄の中身を取り出しながら、意識をそちらにやる。

「あ、夏月?今日学校来てたってほんと!?

 ……。そんな!私聞いてないー!」

 電話口の向こうから笑い声が聞こえる。どうやら夏月は茜を出し抜けてご満悦の様子だ。夏月も割りといい性格していると思う。

 それから二言三言言葉を交わす。電話の向こうの声は俺には聞こえない。茜の言葉から推測するに、昼飯を一緒に食べるらしい。じゃあ明日の昼休み、夏月はいないのか。

 ぼんやりと茜を眺めていると、茜と目が合う。そして、茜はニタリと目を細める。嫌な予感に眉間に皺が寄った。

「和樹、どうだった?」

「!?」

 どうだった、ってなんだ。何を聞いてやがんだ、こいつは。

 言ってやりたいことは沢山あるのに驚き過ぎて言葉は喉に張り付いて出てこない。

「うん。和樹。同じクラスでしょ?

 ……あー、うん。昔から昔から。

 ……へえ。だから、そう言ったじゃん。そういう奴なの、和樹は!」

 あはは、と口を開けて笑う茜を忌々しくみつめる。あはは、じゃねぇよ。人を肴に勝手に楽しむな。何を話しているか気になるが、取り敢えず褒められているわけではないのは確かだろう。夏月はともかく、茜が俺を褒めるわけがない。

 悶々としているうちに茜は電話を切る。そして視線をこちらによこし、誇らしげにスマホを目の前で振った。

「はっはっは!私から夏月を取ろうなんて百年早い!同じクラスだからって調子に乗るんじゃないわよ!」

「取るって……あー、いや。はいはい、左様ですか」

 どうやら俺の話題を出したのは、俺に仲の良さを見せつけるためだったらしい。そんなことをしなくても分かってるっての!と主張したいところだが、今日のことを根掘り葉掘り聞かれても困るので適当に相槌を打つ。夏月も茜には聞かれたくないと思っているだろうし。


(と、いうことは)


 俺は夏月を茜越しにしか知らない。たが、今日の事は、俺しか知らないってことに――


 そこまで考えてはっと我に返る。なんだか最近、俺は嫌な奴になってばかりな気がする。


 そういえば、と茜が口を開く。さっきまで腹を立ててたくせに今は寧ろご機嫌だ。夏月の茜への影響力が恐ろしい。

「和樹、瀬名って呼んでるの?夏月じゃなく?」

「……。

 確かに言われてみればそうだな。なんでだろ?まぁ、知ってたけど、一応初対面だし?」

 ふーん、と頷く茜の声色はつまらなそうで、じゃあ聞くなよと思うが辛うじて口に出すのをこらえる。一言文句を言えば十言返ってくるのが常だ。その十言に蛇が紛れていたら困る。

「ほぼ初対面の人間を男女関係なく名前で呼ぶような奴がよく言うわねー」

 藪をつつかなくても勝手に蛇が湧いて出た。事実ではあるが、茜が言うとどうも軟派な奴に聞こえるから嫌だ。

 ふぅ、と茜はため息をつき、首を振った。

「そんなんだからファンクラブなんかできるのよ」

「は!? いや、それ関係ないだろ!その話題持ち出すなよな!」

 あれはふざけてやってるファンクラブもどきであって、ファンクラブではない。からかわれているだけだ。友達作りのために俺を利用しているだけだ。もう一度言う。断じてない!

 そこでふと、夏月の言葉を思い出した。

「あ!お前、それ瀬名に言うなよ!」

「はぁ?なんでよ」

 こんなに面白いネタなのに、と眉をひそめて問われ、ぐっと詰まる。

 誰だって自分のいないところで好き勝手言われるのは嫌だろう。そう自分に言前を用意する。

「いや、だって…勘違いされるかも、しれないだろ。……女たらし、とか…」

「たらしじゃない。」


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