赤
「むーすーんーでーひーらーいーて♪」
「てーをーうって、むーすんでー」
「まーたひらいて、てーをーうって」
「そーのーてーをーうーえーにー♪」
雲一つない空に向かって突き出された狐の手は、瞬きをした次の瞬間には人間のそれに変わっていた。
「紅葉にーちゃん、おれにも出来た!」
小学校低学年ほどの男の子になった金平は、すらりと背の高い紅葉の周りを駆け回る。
「あんまり騒ぐなよー。」
そう言う紅葉の表情は、どこか儚げだった。
(半年前は、俺もああだったな。)
木の葉の隙間から漏れる太陽に目を細めながら、空を見上げる。
麓の人間に『キツネ山』と呼ばれたここは、その名の通り狐が数えきれないほどいた。
……それも、昔の話である。
麓は数年であっという間に都会になってしまった。一年前、子供が二人は並んで通れそうな道が作られ、それ以来人間はこの山に容易に入るようになったのだという。
(木葉、元気にしてるかな)
先程、紅葉が金平に教えた変化の術は、同じ山にひっそり住む狸の長老に教わったものだ。木葉は紅葉と同い年の狸で、長老の孫である。
とん、と近くの木に身体を預け、紅葉は深呼吸した。
「よぉ、久しぶりだな。木葉。」
背中が触れている木が、風もないのにざわめく。立ち上がり、木の幹に不自然に付いていた一枚の葉を引きはがした。
「元気してたか?」
そこには木の代わりに、恨めしそうな目で紅葉を見上げる狸がいた。