第3章 一
月曜日、いつも通り朝七時半きっかりに出社した青乃政利は熱いコーヒーを飲みながらPCのメールを開いた。週明けはいつも二百通近いメールが届いている。すぐの返信の必要なものとそうでないもの、処分するものに分けてリズミカルに作業を進めていく。一時間後、整理が終わる。健やかな心持ちになり、今週も頑張ろうと思うのが習慣になっていた。しかし、今朝は違った。アナリストから送られてきた、一通の営業メールを目に留めた時、先週末の会話を思い出したからだ。メールは「医療法人の規制緩和の可能性について」と題され、投資レポートが添付されていた。
そのレポートは後で読むことにしたのだが、一旦思い出してしまうと、伊達のことが気になってしようがない。あの男のまくしたてたモラルや比喩は露ほども心に留め置いていなかったが、「青天井」ということばが、青乃の耳に焼きついていた。欧米市場に比べて規制経済や官営経済の影の濃く残る日本市場では、必然的に市場の公平性が歪みやすい。だからこそ投資の妙味も発生しやすいのだ。もし医療分野にその歪みが大きく是正されるきっかけができると仮定すると、大きな投資チャンスとなるかもしれない――。そういうことにつらつらと想像を馳せると、青乃政利はいてもたってもいられなくなった。話がてら、病院だけでも見てみるのも悪くない。早速、アシスタントに命じて伊達との面会を設定させ、おもむろにレポートを開いて情報収集を始めた。