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第2章 三
廊下へ出た美希は、中庭を望む窓からの日差しに目を細めた。午前中の明るい陽光に照らされた化粧っ気のない顔には昨夜の当直の疲労が漂うものの、はりのある肌は美希を年齢より若く見せていた。肩までの髪を無造作にまとめ、半袖の白衣をひっかけている。手入れされていない身なりに加えて、積極的な言動とくるくると動く活発な目が、彼女を美人と呼ぶには、何か足らなくさせている。
「早く病棟に上がって指示を書かなきゃ」
美希は廊下を歩く足を速めた。あわてて階段を上ろうとすると、廊下の端に伊達真の姿が見えた。
彼の姿を見るたび、美希の心臓の一部分が動かなくなる。もう遥か昔のことではないか。美希は胸元を見て、そう自分に言い聞かせるのだが、鼓動は冷たいままだ。
「伊達先生。患者さんのことでお話があります」
そのことばが気軽に言えなくて、美希はどれくらい胸を震わせただろう。
かつて、美希は伊達と恋人同士だった。