第1章 四
「割り切ることができるから、ですか?」
「日本中に赤字を垂れ流している公立病院が星の数ほどあります。政府は、今頃になって焦って、そういう病院を次々に潰そうとしています。それも病院に負けを自覚させ、降参させるという屈辱的なやり方でね。ほとんどの病院は、自分たちの首を絞めていることに気がつきもしないで、自分たちだけは乗り遅れたくない、と先を争って消耗戦に飛びこんでいますよ。そんな土壌で果たしてよい医療は育つと思いますか? 権力闘争や学閥の副産物でひねり出された矛盾だらけの病院や、政府の選挙目的の日和見医療政策なんかで翻弄されるよりも、金さえ払えば結果を出してくれるところに患者は集まるはずです」
そして、しなびた笑顔で付け加えた。
「患者は、命や健康がかかっていると、家計がどうだろうと必死になって払いますよ。だから、本来なら青天井なのです、医療産業っていうのは」
「青天井――天井の見えないほどの上がり市場ということですね」
「明朗会計。簡単で好いでしょう? 払った分だけを受け取る。すべては金や数字で見えるようになっている。夢や希望もそうやって『見える』ことに今の日本人は安心するはずです。青乃さんは先ほど、甘い発想では会社はやれないとおっしゃっていましたけど、潜在的に不安、恐怖、希望と夢を与える産業というのは、甘く儲かるものだとは思われないのですか?」
それに、と言って伊達はグラスを飲み干した。
「人間は聖人には……」
かき消しされそうな声で呟いて、何でもないとあくびをした。
「青乃さん」
沈黙を破って伊達が青乃の顔を見た。機内はだいぶ冷えているが、伊達の顔は汗ばみ、先程までは見えなかった疲れが浮き出ていた。
「今夜、僕の話したことは、医者の単なる愚痴と思ってくださって結構です。他業種の人と話すことなんて滅多にない機会だったものだから、つい話が多くなった」
「そんなことはないですよ」
その青乃の口調に受け容れられたと思ったのか、伊達はおもむろに、
「病院の買収について検討してみる気はないですか」
と、青乃の目をみて言った。青乃は伊達の目を見据えたが、そこには何も読めなかった。
「伊達さん」
青乃は諭すようにわざとゆっくり言った。
「病院の買収っていったい、何の話ですか?」
「僕の勤める、県立第四病院です。とりあえず、この病院から始めるのはどうでしょうか」
「公立の病院を、どうやってですか? 第一、病院経営は、医療法人など非営利団体しかできないはずです」
「いいえ」
その後、ゆっくり一つ、胸で息を吸った。青乃にはその時間が今考えても、やけに長く思われた。
「青乃さん、僕が、病院買収に都合のよくなるような内部情報を入手するお手伝いをしましょう」