紅蓮の狂人
「ああああ……くうあ……っ!」
両脚を抑え、うめき声をあげるミランダを、ヴィンセントは静かに見下ろす。
ミランダのダメージに呼応するように、周囲で燃え盛っていた炎は瞬く間に鎮火。光源と熱源をいっぺんに失った倉庫街に、夕刻本来の静けさと闇が訪れる。
高鳴っていたヴィンセントの鼓動はゆっくりと落ち着きを取り戻し、戦闘で高揚しつつあった脳も平素のそれに近づいていく。
期待しちゃいなかったが、今回もやはりハズレか。だが――。
「どうした、もう終わりか?」
ことのついでだ。念のためもう少しだけ――追い詰めてみるか。
ヴィンセントはミランダの細首に手をかけると、片手で吊り上げ壁に叩きつける。
細心の注意を払い、できるだけ優しく壁に叩きつける。そうしなければ、その細い首はちぎれてしまうだろうから。
「ああ! ぐううう!」
乱暴に引き起こされ、ミランダの表情は苦痛に歪む。両脚が折れているのだから当然である。無論ヴィンセントはそれを知っていてやったのだろうが。
「どうしてよ……どうして……!」
怒りと苦痛に両目をギラつかせながら、くぐもった声でミランダが抗議する。
「ああ?」
「あ、あんただって……悪魔の僕なんでしょう? だったらどうして……私の邪魔を……!」
「ふざけるな。お前らなんかと一緒にするな」
冷たく突き放すような、ヴィンセントの言葉と眼差し。微塵も緩まない握力に、ミランダの瞳が揺れ、たじろいだように目を逸らす。
「お願い助けて……見逃してよ……もう、もうこんなことしないから……」
「見逃せ……だ?」
あまりにも身勝手なその言い草に、ヴィンセントの脳裏が怒りの熱を取り戻す。
首を掴んでいた手に、ほんの少しだけ力を加える。虫の節足を掴むように、蝶の羽を撫でるように。慎重に、慎重に。
たったそれだけのことで、ミランダは溺れたように手足をバタつかせはじめる。だがいくら抵抗しても、万力で固められたようにヴィンセントの身体は身じろぎ一つしない。
みるみるうちにミランダの顔は高潮していき、嗚咽とともに血交じりの唾液が流れはじめる。
「や……めて……く……死……じゃ……!」
「絞めてるのは血管じゃなく器官のほうだ。なんでかって? そのほうが苦しんで死ねるからだよ。人間が息を止めてられるのは常人じゃ2分程度らしいが、その壁破ってみるか? あぁ!?」
「たす……け……て……た……け……おね……がい……!」
「たすけておねがい、そう言ったのか? 面白いな。お前面白いよ」
言葉とは裏腹に、その表情は石膏像のように無表情だった。
「お前に殺された被害者は、お前に殺される前になんて言った? こう言ったはずだ。助けてと、殺さないでと、命乞いをしたろう? そしてお前はどうした? 助けたか? 見逃したか? お願いを聞いてやったのか?」
自らの言葉の熱に浮かされるように、次第にヴィンセントの表情が怒りの赤に染まっていく。
何故だ、何故こんなクズに――。
赤を通り越し、黒へ近づきつつあるミランダの顔色。その手足は抵抗する力もなく、電気に痺れたようにびくびくと痙攣するばかりだった。
「どうなんだ。答えろ……答えろよ紅蓮!」
何故こんなクズどもに――ユミルの恩寵が!
「ごめ……なさ……い……」
血の混じった濁った声。両目は涙に濡れていた。
瞬間、ヴィンセントははっと我に返ると、あわてて手を引っ込める。折れた両脚での着地を余儀なくされたミランダだが、痛みを覚える余裕すらないのか、肩で息をしながら、嗚咽をあげ子供のように咽び泣く。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ゆるして……ください……!」
改めてみると、ミランダの身体は小さかった。腕は細くヴィンセントの半分ほどしかないだろう。その女性が嗚咽を漏らし咽び泣いている。
そんなミランダの姿に、ヴィンセントの胸がじくじくと痛みを覚える。加虐の熱に焼かれた胸は、その火が消えた頃に痛みを運んでくるのだ。
ヴィンセントは忌々しげに舌打ちすると、ミランダから視線を逸らす。
ああ畜生。こんな時ばかりは、自分がサディストでないのが悔やまれる。
分かっているはずだ。こいつは7人――いや今となっては8人か。それだけの人間を、ただ己の欲求を満たすために殺した人間だ。
見た目に惑わされるな、揺れるな。
「――選べ、最後のチャンスだ。投降か、死か」
自首するならばよし。
あくまでも逃げるつもりなら――仕方ない。
殺すしかない。
「殺して……」
「意外だな」
それはヴィンセントにとって、率直な感想だった。
てっきり嘘をつくか、不意打ちをかましてくるか。どちらかと思っていたのだが。
肩を落とし、悲嘆にくれるミランダの顔には絶望が影を落としていた。こちらを騙す気力や体力があるようには到底見えない。
「どうせ捕まれば私は極刑。衆人環視の中で火あぶりだなんて……冗談じゃない。ああ、私の場合は縛り首かギロチンかしらね……」
それに、とミランダ。
「ここであんたに殺されれば、せいぜい追いはぎか強姦魔の被害者くらいに扱われるでしょ? ママには知られたくないもの。こんなこと――してたなんて……」
それは初めて見せる、ミランダの表情。虚飾のない、母親に対する慙愧の念に囚われた、人間らしい表情だった。
「なにが悪魔の僕よ……こんな力……目覚めなきゃよかった……」
ふふ、と力なく笑うミランダの姿に、ヴィンセントの瞳が揺れる。その瞳を揺らしたのは、憐憫ではなく――罪悪感という名の影。
「お前は死にはしない――自首すればな」
「……は?」
「……警察に捕まれば、最悪房で私刑ってケースもあるだろうが……騎士団の連中もそろそろ動き出している頃だ。連中なら大丈夫だ」
いけ好かない連中ではあるがな、とヴィンセント。
「あのね、自慢じゃないけど私、7人殺してるのよ?」
「8人だろ」
そう言ってヴィンセントは後方――へクターの遺骸を指差す。
「そういうことじゃなくて!」とあくまで食いつこうとするミランダを片手で制止すると「そういうもんなんだよ」とお茶を濁す。
「十中八九、死ぬことはない。だがある意味――死ぬほうがマシかもな」
そう言ってヴィンセントは、無理矢理言葉を切った。なにやら裏があるのは明白だったが、どうやら現時点で話すつもりはないらしい。
言ったところで信じてはもらえないだろうしなぁ……。
それにな、とヴィンセント。
「親御さんのことも――とりなしてくれるかもしれない。元の生活に戻るのはまぁ……無理だろうが、親御さんや家族には罪を伏せて――新しい仕事に就けるだろう」
「ほ、本当に?」
すがるようなミランダの瞳を真っ直ぐに見据え、ヴィンセントは「ああ」と答える。
こいつは8人もの人間を殺めた殺人鬼だ。だから俺はこいつを“火のついた車輪”と呼んだ。殺して殺して殺し続けて、いつか誰かに止められるまで、死という坂の終わりに向けて回り続ける火のついた車輪。
だがもしかしたら――まだこいつはやり直せるんじゃないだろうか? まだこいつには母親に対して、自分を恥じる気持ちがある。自分の罪を認識している。それがあるならば、贖罪の時間と機会さえ与えてやればあるいは――。
「分かったわ……自首する。すればいいんでしょ」
「本気か?」
じろり、と値踏みするようなヴィンセントの眼差しに、ミランダは居心地悪そうに肩をすくめる。
「死にたくはないもの。ただ――医者に行かせて」
「ふざけんな、調子に乗るなよおい」
「両脚が折れてるのよ? どっかの馬鹿力が折ったせいでね。こんなんでどうやって出頭しろってのよ」
「ついでに顎の骨も砕いてやろうか? 減らず口が減るぜ」
顎をさすり、おどけた調子で言うヴィンセントを、ミランダはきっと睨みつける。
「こんな脚で豚箱にぶち込まれて、看守に襲われたらどう責任とってくれるのよ」
「相手のナニを焼き切ってやりゃいいだろ。得意そうじゃねーか」
「そんなこと言われても私……その……男の人とそういう経験なくて……」
「おめーの男性遍歴なんざ知るか!」
「とにかく医者にいくまで出頭しない」と頑として譲らないミランダに、ヴィンセントは銀髪をかきあげ嘆息を漏らす。
闘争の熱はとうに過ぎ去り、平素と変わらぬテンションのヴィンセントには、もはや暴力に訴えるという発想もない。
ヴィンセントという男は、好戦的ではあるが、それは自分と同等もしくは格上の相手に対してのみである。自分より遥かに格下の相手との闘いは、元より好むところではない。それが小柄な女性とあればなおのことである。
早い話、ヴィンセントは手をこまねいていた。
ああもう、なんなんだこの切り替えの早さは。
これだから女ってやつは……。
医者に――いや、駄目だ。道中で逃げられる可能性はないにせよ、通行人に助けでも呼ばれたらどうする? こちらは警官や騎士ではない。第三者の目から見たときの不審者は間違いなく俺のほう。この女を抱えて逃げることくらいわけないが、面倒ごとは御免だ。
となるとブルーに頼んで怪我の治療を――いや、駄目だ。あいつの力は有限だ、こんなくだらないことに使わせるわけにはいかない。
となると――不本意だがこれしかないか……。
「おいミランダ、お前悪魔の僕の力に目覚めてからどのくらい経つ」
「……三ヶ月くらいかしら。いきなりなによ」
三ヶ月――しかも独学でこれか。センスは悪くない。
なら――いけるか。
「いいかよく聞けミランダ。AURAへの干渉、これがお前……いや、俺たちの力の本質だ」
「……オーラ?」
「AURAだ。まぁ呼び方なんぞどうでもいい、オーラでも魔力でも好きに呼べばいいさ。とにかくそれは、この世界そのものを構成する最小単位の力だ。有機物・無機物問わずその内に流れ、その存在を存在たらしめている」
最小単位とは言っても、そのパワーは膨大だがな、とヴィンセント。
AURA、それは高位の存在によって地上にもたらされたものだと、はたまた世界が世界として存在し続けるためのエネルギーなのだと。あるいは神の息吹の残り香なのだと。様々な説が存在するが――実際のところは分かってはいない。
確実なのはそれが確かに存在し、そこに干渉できる者たちがいるという事実だけだ。
「それがどうしたって言うのよ」半眼で抗議するような視線を送るミランダに、ヴィンセントはいいから黙って聞け、と一喝する。
「干渉の方法は大まかに分けて2つ。ひとつは自身のAURAを体外へ放出し、世界に満ちるAURAと合成、激しく反発させ、超常の現象を引き起こす――バーストと呼ばれる方法だ」
「バースト……」
AURAの最大の特徴は、生命体の精神の波長に大きく影響を受けるという点だ。有機体の精神によって一定の波長をもったAURAが、空気中の無機的なAURAと合成をした際の反応は、はっきりいって予測がつかない。
ミランダのように炎を発生させるもの。大気を操るもの。剣や鎧のような物質となって顕れるものなど、千差万別である。
「お前の発火能力もバーストの一種だ。そしてもう一つの使い方が――これだ」
そう言ってヴィンセントは、ミランダの眼前に拳を突き出す。先ほど硬化した炎の壁を破った代償か、その拳の表面は黒く焼けただれていた。グロテスクなその様に、ミランダはうっと顔をしかめる。
もっとエグいことやってるだろうに、人間ってのは複雑なもんだな。とヴィンセントは心中困惑しながらも、精神を集中し体内のAURAを操作する。
眉をひそめるミランダの前でそれは起こった。やけただれていたヴィンセントの拳が、まるでビデオの逆再生のように見る見るうちに回復していく。
いや、それは“回復”と呼ぶにはあまりにも異質な光景。治った傷の上にはかさぶたひとつなく、傷跡すら残ってはいない。速度を抜きにしても、自然治癒とは明らかに趣を異にしている。
「体外に放出し、合成したAURAを再吸収し、肉体に充填する方法――フォースと呼ばれる方法だ。肉体に充填されたAURAを運動エネルギーとして転用することで身体能力を向上。さらにAURAのもつ“修正力”を利用することで、受けた傷を修復させることもできる」
AURAには本来、強力な“修正力”が存在する。それは世界を大きな変革から維持するための反発力。見えず、香らず、触れることもできないが、確かに存在する。最小にして最大の――運命という名の強制力にも似ている。
さきほどヴィンセントの手に起こった現象も、厳密に言えば治癒でも修復でもない。文字通りなかったことになったのだ。
例えば、とてつもない再生能力をもつ化け物がいたとしても、司令塔である脳を破壊されれば、傷の治癒という伝達が行えず死に至る。また、神経や筋肉といった繊細な器官が破壊されれば、再生したとしても後遺症が残るだろう。
だがAURAによる修正にはそれはない。体内に存在するAURAの量が十分であれば、頭を貫かれようが修正される。腕を落とされようとも、くっつければ修正し、傷跡も後遺症も残らない。
もちろん、損傷の度合いにより、AURAの消費量は増え、その修正にかかる時間も飛躍的に伸びていくのだが。
「フォース……」
自らの手をまじまじと見つめ、ミランダはぽつりと呟いた。
「それが私にも使えるのね」
「いや、無理だな」
肩透かしを食らい、手をついた拍子にミランダは再び悶絶する。どうやら折れた足に体重をかけてしまったらしい。
そんなミランダの様子に、ヴィンセントはざまみろ、と心密かに舌を出す。
「世の中そんなに甘くねーよタコ。AURAの単純な放出であるバーストに比べて、フォースは難易度が段違いに高いんだ。体外に放出され合成されたAURAは暴れ馬のようなもんだ。波長を安定させ体内に充填するには、長い修練がいる。無理にやると身体がどかんだ」
「痛ぅ……だ、だったらさっきまでの長い話はなんだったのよ!」
ヴィンセントは、抗議するミランダの肩にぽんと手を置くと、にっこりと笑う。悪魔でも背筋に汗が伝いそうな、底意地の悪い笑顔だった。
「ろくでもない予感がするんだけど」
「ミランダ、お前逆上がりはしたことあるか?」
「え? そりゃまぁ……小さい頃なら……っていきなりなによ!」
「いきなり鉄棒の前に立たせてはいやってみろっつって出来るやつはそうそういねーよなぁ。だから、一度鉄棒を持たせて身体を支えてやって、逆上がりを体験させる。そうすることで地面を蹴る感覚や上体を起こすコツを掴む。あれと一緒だ」
ヴィンセントは相変わらずの笑顔。だからこそ恐ろしい。
「いまから俺が、お前のケツをもって逆上がらせてやる。お前の波長に合わせて調整したAURAをお前の身体に流し込む。あとは感じ取ってやれ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
「ほら、そんな緊張してっとAURAの波長が乱れるぞ。まぁ制御にミスっても、暴走したAURAで片手が吹っ飛ぶくらいで済むさ。リラックスしろよ」
「お願いだから! せめて心の準備――」
涙目で懇願するミランダの意見を無視し、ヴィンセントは手を伝わせ、肩からミランダの身体へとAURAを問答無用で流し込む。
不可視のエネルギーがミランダの肩を伝い、肉体へ流れていくことを感じながら、ヴィンセントの表情が徐々に険しくなっていく。
「参ったな……まさか――」
まさかここまで――センスがいいとは。
緊張した面持ちで見守るヴィンセントの前で、捻じ曲がっていたミランダの脚が治っていく。見ているだけで顔が引きつりそうな光景だったが、ミランダの表情を見る限り、本人に痛みはないようだ。
「痛みが――ひいていく……」
すっかり元通りになった両脚で立ち上がろうとするミランダ。だが「痛っ!」と顔をしかめ再び膝をつく。
「完治とまではいかないか。まぁ最初はそんなもんだ」
しれっと言うが、これはヴィンセントの思惑通りである。
脅かしてはみたものの、ヴィンセントが流し込んだAURAの量はほんの僅かだ。仮にミランダが制御に失敗してもダメージは僅かだったろう。逆に制御に成功しても、完治とまではいかない。そういう風に調整して渡したのだ。
完治されて妙な気を起こされても厄介だ。銀の皿を盗んだ人間に、銀の燭台をやって改心するのは物語の中だけの話だ。俺はそこまで――こいつを信用してはいない。
「まぁじきに自由自在に使えるようになるさ。せいぜい学ぶこったな――自分の犯した罪を償いながら、な」
そう言うとヴィンセントは、ミランダへ手を伸ばす。掴まれ、その目はそう言っていた。
「ありがとう……」
おずおずと手を伸ばすと、ミランダは引き起こされる。促されるように、ヴィンセントの肩に手を回し、その身を預ける。
「警察署の前までは肩を貸してやる。その後は……一人で行け」
真っ直ぐに前を見つめたまま、ヴィンセントは独りごちるように言った。
怪我をしたミランダに合わせて歩いているせいだろう。ざっざっずーっと奇妙な足音が倉庫街に響く。交わす言葉もなく、神妙な面持ちで歩く二人を、地平線の淵で足掻く太陽が見ていた。
「ねぇ、あんたさ……」
意を決したように、ミランダが口を開いた。
「なんでこんなことしてるの、って質問なら答えねーぞ」
「違うわ……なんでこんなに……よくしてくれるの? 知ってるでしょ? 私がなにしたのか」
「人を殺した。それも身勝手な理由で、ただの自己満足のために」
二の句をつげず、ミランダは押し黙る。
「だがな――分からないでもないんだ」
幾ばくかの間を置いて、意を決したように、ヴィンセントは呟いた。
「お前になにがあったのかは――知らない。けど、救いを求め、裏切られ、成るようにしか成れなかった――そういう部分は、多分同じなんだ、俺も、お前も」
その言葉は、痛みに耐えるように。その眼差しは、遠い過去を見つめるように。
最後に神に祈ったのは――いつのことだったろうか。
だが、二度目のその機会は、未来永劫訪れないだろう。何故なら神は――。
「……優しいのね」
息を感じるほどの至近距離、ミランダの寂しげな微笑みに、ヴィンセントはどきりとする。
「でも――馬鹿ね」
その瞬間、ヴィンセントはミランダの拳に吹き飛ばされ、轟音とともに倉庫に激突し、壁を突き破る。
「なるほど……これがフォース……」
自分の拳をまじまじと見つめながら、飄々とした様子でミランダは語る。平然と立つ姿から察するに、両脚はとうに完治しているようだ。どうやらヴィンセントからAURAを流されたあの一回の体験で、フォースのコツを完璧に掴んだようだ。
「ごめんなさい。自首するって話、やっぱキャンセルで」
くるりと踵を返し、立ち去ろうとするミランダの背後から「そうかよ」と声が響く。
振り返ったミランダが見たものは、瓦礫の中から立ち上がる、ヴィンセントの姿だった。
「ほんっとセンスだけはいいなお前……最近の若いのはみんなこうなのか? オジサン自身なくしちまうよ」
首を鳴らし、平然とこちらに歩み寄るヴィンセントの姿には、ダメージも疲労も感じられない。思わずミランダは身構える。
「おっとやめとけよ! それ以上フォースは使うな!」
真剣な表情に、ミランダの身体がびくりと硬直する。
「あれだけ無造作にバーストを連発した後だ、お前の体力も残り少ないだろ。無理にフォースを使い続けると取り返しがつかなくなるぞ!」
ただ己のAURAを放出するバーストと違い、フォースは取り込んだAURAを安定的に運用するためには、能力者本人の体力及び精神力が鍵になる。
もし限界を超えてフォースを使い続けた場合、待っているのは――破滅だけである。
「脅しならもっとマシなこと言ったら? 今の私なら――」
強がるミランダをきっと睨むと、ヴィンセントは無言のまま合成したAURAを体内へ取り込み、フォースを纏う。
「今の自分なら――なんだ?」
「そんな……こんなことって……!」
額に脂汗を浮かべこちらを見るミランダの表情には、余裕などない。恐らく、フォースの使い方を身につけたが故に感じてしまったのだろう。自分より遥か高みにあるであろう、ヴィンセントの纏うフォースの錬度を。
「お前のセンスは認める……だが、センスだけじゃあどうにもならない壁ってのがあるんだ。それが――俺だ。フォースを体得した今のお前なら、分かるだろ?」
センスは確かにある、天才といってもいい。だがミランダの纏うフォースが鉄だというのなら、こちらは金剛石だ。経験も錬度も桁が違う。
元より敵う望みなどないのだ。
「これが本当に最後の警告だ。ミランダ――投降しろ」
有無を言わせぬ口調と眼。だが――ミランダは食い下がる。
「嫌……」
「あんたを殺したくない……」
そう言うと、ミランダは綻ぶように笑った。
「ありがとう……」
でもね、そう言ったミランダの瞳は涙に濡れ、口元は狂気に引きつった笑みを浮かべていた。
「私はどうしても……! どうしてもあの女たちが許せないの……! ねぇどうして? なんで私……こんな惨めなの? 分かんないよぉ! ねぇどうして! 誰か……誰でもいい……教えてよ!!」
そして、ミランダの周囲のAURAが彼女の中に取り込まれていく。それは彼女の体力・精神・錬度、どの面から見て明らかにキャパオーバーの量。
「よせえええええええええ!!」
絶叫するヴィンセントの前で、ミランダの身体に取り込まれ、完全に制御を失ったAURAが――暴走をはじめた。