第4話〜またまた大事件!謎の機械とエセ軍人〜前編
ファトシュレーン魔法学校に新たなカリキュラムが設けられてから数日が経過した。
魔物の出現傾向から考えて少数での戦闘訓練よりはむしろ多人数での戦闘に特化したカリキュラムが設けられた。もちろん、魔術学校であることを意識しているため相手と距離をおいての戦闘訓練が主である。しかし、選択項目として近接戦闘や遠距離武器の扱いなどを教える実技演習なども新たにカリキュラムに加えられ、魔法学校というよりはむしろ戦闘訓練校のようになりつつあった。
無理もないか、と思うけどこれでは僕が賢者になれる日はいつになるのだろうかと最近考えてしまう。もちろん、筆記に関しては勉強をちゃんとしているからそこは大丈夫だろう。ただ、賢者の試験を受けるために必要な必須魔術を覚えていない僕には賢者になるための試験を受ける権利がない。こんな事態だから先生達もいち早く僕の階級を上げてくれるかと思ったけれど、やはり世の中はそんなに甘くない。でも、今のまま僕が賢者になってもきっと人々に安息をもたらすことなんてできない。もちろん、母さん達を楽にさせてあげることも。僕はもっと強くならないといけない。
もっと、もっと……。
「あのぉ、先生?」
「うわ!?」
僕は思わず素っ頓狂な声で叫んでしまった。そういえば、今は授業の真っ最中だったんだ。
「すみません、ボーっとしちゃって。では、続きにいきましょうか」
僕は苦笑いをしながら何事もなかったかのように黒板に文字を書き綴っていった。
キーンコーンカーンコーン。
授業の終わりを示す鐘が鳴り、僕は生徒達に頭を下げると教壇を降りて教室を出ていった。ところでどうして僕が教壇に上がっていたのかというと、ファトシュレーンの教育カリキュラムが変わったことが大きな要因だ。僕ら生徒に事情はよくわからないが大幅な人事異動があったらしい。戦闘教育のためのプロフェッショナルを呼んだというのが第一の噂らしいが、今のところそんな先生を見たことはない。だから僕のような生徒でも魔法の知識に長けていればバイト生として教壇に上がるチャンスが得られるのだ。
こうして、学んだことを他人に教えることで自分の復習も兼ねるというわけである。
「すみません先生。ここのところがちょっとわかりづらいんですけど…」
後ろを振り返ると、教科書を開いたまま立っている女の子が二人。
「ああ、確かにこの式は少々ややこしい部分がありますね。これは図解をしたほうがわかりやすくて…」
僕は魔法力を開放して作った擬似黒板にさらさらと教科書の式を写して解説をした。
「ありがとうございました。それにしても魔力が高いとこんなこともできるんですね」
どうやらこの二人の女の子は僕の力説も空しく魔法力を開放して作った擬似黒板のほうに夢中らしかった。
「魔法力の開放と基礎魔法の扱いに慣れてくればすぐにできるようになりますよ。結構便利です」
そう言ってもう一つ二つパフォーマンスをしてみせると、女の子達は面白そうに拍手をしてくれた。
「随分とおモテになっているじゃない、先生?」
女の子達から解放されたかと思ったらまたも後ろから、しかし今度は完全に見知った声が響いた。
「マリノちゃん!ノエルちゃんとリプルちゃんも」
「こんにちはセシル君」
「こんにちはー!」
ノエルちゃんは軽く会釈をし、リプルちゃんは元気よく笑って挨拶をする。
「セシルったらいつの間にバイトの数を増やしていたのよ?」
「こうすることで自分のためになると思ってね」
「ほんと、真面目だなぁセシルは」
「マリノももっと頑張ろうよ。この間の昇級試験もギリギリ落とされずに済んだんだから」
「うぅ、それを言わないでよ。まさかヤマが外れると思ってなくてさ。あれが当たっていたら絶対に四級以上に上がっていたよ」
「上級魔術師で必要なことは術式制御の理論だけなんだ。そこを完全にマスターしたら高等魔術師の仲間入りだよ」
「そしたら、マリノちゃんとノエルちゃんは私と一緒の級になれるね。がんばろー!」
元気よく腕を振り上げながら廊下を駆けていくリプルちゃん。そんな彼女を見てマリノちゃんは「素直な心っていいなぁ」なんてつぶやいていた。
向こうではリプルちゃんが何かを叫んでいる。おそらく「早く学食に行こうよ〜」みたいなことを言っているのだろう。
ファトシュレーンでの一日を終え、僕はいつものように教会で子供達に読み書きの授業を教えていた。
「セシル君、良ければお茶でも飲んでいきませんか?」
神父様の手には小さなポットが握られていた。そのまま子供達も混ざってのお茶会が始まり、僕は至福のときを過ごす。
「最近、学校のほうでも動きを見せたようですね。いろんな人がこの街に訪れます」
「学校では謎の魔物達に対抗できるように魔法を使った戦闘訓練が新たに導入されました。でも、それとこの街に人が増えたことと何の関係があるのですか?」
「あれ、セシル君にはまだご存じないのですか?新任教師の方々がファトシュレーン魔法学校を訪ねてここに道を尋ねに来るのですよ」
「そうなんですか。でも、今のところ僕の級の戦闘訓練では新任の人達に会ったことはないですよ」
もしかしたらマリノちゃん達は会っているかもしれないな。後で聞いてみよう。
「ところでセシル君、最近君の中の迷いが消えているように思えますけど何かあったのですか?」
「迷い……ですか?」
僕は首を捻って考えてみる。
最近あったことで特に迷ったことなんてなかったと思うけど。
あるとすれば一つ――
「学校でのストレスを感じなくなったかもしれません」
僕は思わずそう言ってしまった。決して間違ってはいないと思う。
「ストレスですか」
神父様は興味深そうに頷いた。
「僕の階級は今、大魔導師と言ってもう少しで最高の称号を得られるところまできているんです。だけど、先生方が僕に賢者になるための試験を受けるために習得していなければならない魔法を教えてくれないんです」
「それはどうして?」
「多分、まだ十六歳の僕が賢者になることが気に食わないんだと思います。ファトシュレーン魔法学校では十代で賢者になった人なんてあまり聞いたことありませんし」
「なるほど。君を妬んでその魔法を教えない、と?」
僕は神父様の言葉に大きく頷いた。
「なるほど、事情はわかりました。では、最近はどうしてそのストレスを感じなくなったのでしょうか?」
「それは、あの事件のせいだと思います。あの事件が起こってから戦いに参加するようになって、それで忘れていたんだと思います」
「そうですか…」
神父様は若干僕を探るような目をしていた。
やっぱり嘘をついたのがばれたのかな?
できるだけ平静を装って話したつもりだったけど……。
しかし、神父様は何も言わなかった。帰り際も「ストレスで苦しくなったら相談しなさい」と言われただけだった。何にせよ、嘘がばれなかったのは良かった。僕がファトシュレーンを辞めてレナードの街を去っていくと知ったらきっと神父様は残念そうな顔をするに違いないからだ。