第3話〜大胆発言!魔法学校がコロシアム!?〜後編
集合場所はコロシアムの中央闘技場。
全員揃ったというのに、まだ僕らを呼んだ張本人はきていないようだった。
「いったいどういうつもりなのよ、人を呼んでおいて待たせるなんて」
案の定、マリノちゃんが文句を口にする。
フレッドさんも昼休みをだいぶ過ぎてから来たというのに、一向に呼び出し人の姿は現れそうにない。
「セシル君、場所は本当にここでいいの?」
ノエルちゃんも不安になっているのか心配そうに僕に尋ねる。この学校にコロシアムは一つしかないんだから間違えようにも間違えられないと思うのだが――
「でも、人が来ないじゃんか」
マリノちゃんが不機嫌そうに言う。
「私、お腹すいたよぅ…」
リプルちゃんは可愛らしくお腹を押さえながら力なくつぶやく。
こんな無駄な時間を過ごすくらいなら僕もやりたいことがあるんだけどなぁ……。
「おい、誰か来たんじゃないか?」
フレッドさんが何かの気配を感じたのかコロシアムの入り口を見て言う。
やっときてくれたか。一体、僕らを呼んだのは誰なんだろう?
生徒会長さんか、それとも他の先生達か……。
答えは――
「グルルルル」
「フシュルルル」
答え、よだれをたらした魔物。しかも、一ヶ月前と同種の奴らが十体強。
「うっそー!?」
「えぇー!?」
マリノちゃんとノエルちゃんが慌てふためきながら叫ぶ。
「二人とも落ち着け!まずは近づいてきた奴から倒すんだ!」
フレッドさんが槍で魔物達を近づく魔物達を牽制しながら指示を与える。僕らはその指示に従いながら魔物を一匹ずつ闘技場の地面に伏せていった。この間より数が少なかったこともあり、僕らは特に傷を負うことなく魔物の処理に成功した。それとほぼ同時に聞こえたやたらとばらついた拍手。僕達はそれが聞こえる方向に顔を向けた。
闘技場の入り口にはいつから立っていたのか、お爺さんが一人立っていた。
「階級的には外の魔物を交えた実戦訓練者が少ないというのにその強さ…」
お爺さんはそう言って一歩ずつ僕らのほうに歩いてくる。最初は逆光で見えなかった顔も徐々にはっきりとわかってきた。この人は――
「さすがじゃな。改めて魔物を倒すのに階級など関係ないことがわかったわ」
『ドクターエックス!?』
お爺さんの正体はこの学校の教師の一人で、ドクターエックス。ちなみにこれが本名でないのは聞いてわかるとおりだが、彼は教職員達も含めて自分をこの名で呼ばせているらしい。授業では魔法を使った実験を担当していて、魔法の深いところを教えている。年齢的にもこの学校の最年長であることは間違いないだろう。
誰もこの人に逆らっているところを見たことがなかった。しかし、その人がどうしてこんな真似を?
まさかドクターエックスは――
「ドクターって実は魔物だったのー!?」
ちなみにそう突っ込んだのは僕ではなくマリノちゃんだ。
「違うわボケ!どこをどう見たらわしが魔物に見えるんじゃ!?」
「しわしわなところとか?」
あ、それは僕も常々思っていた。まぁ、年齢を考えればあの位のしわで普通なのかもしれない。
「まったく、無礼な小娘じゃ」
ドクターエックスはどうやら本気で怒ったわけではないようだ。愉快そうに鼻で笑うと、すぐに本題を切り出した。
「この間の生徒会教師対談でこの学校の学業システムを一時変更することになったのじゃ。その結果、今までは高等魔術師以降のクラスのみ対人・対魔物実戦訓練を取り入れていたのを全階級で取り入れることになった」
「えぇ!?」
「それってつまりあたしら上級魔術師クラスでも魔物を交えた実戦訓練をやるってこと?」
「そういうことじゃ」
「でも、どうして急に実戦訓練を?」
ノエルちゃんの言うとおりだ。どうして下のクラスにもそういうカリキュラムを取り入れたのだろう。
「理由はお主らも薄々感じているのではないか?十日前の謎の発光事件があったからじゃよ」
やっぱりそうだったのか。
十日前のあの光が……だとしてもまだ一つだけ合点の行かないことがある。生徒会の人達がそれを快く了承してくれたとは思えない。
「生徒会役員達の中には自分達の仕事が減るとかいった奴もおったが、この学校の主義を忘れてはいかん。ここはファトシュレーン魔法学校!個人の実力向上こそを目的としている学校なのだ!」
普段は猫のように細いドクターの目がカッと見開いた。僕達はそのあまりの威圧感に圧倒されていた。しかし、それも束の間。ドクターエックスはにんまりと怪しげな笑みを浮かべた。
「小難しい話はこれで終わりじゃ。ファトシュレーンの若き警備員もよく付き合ってくれたの。わしはこれからもう少し魔物の微調整に入る。お主らももう解散してよいぞ?」
ドクターエックスは高笑いをしながら傷ついた魔物達と一緒に自分も転移の魔法で瞬間移動してしまった。
「いっちまった…」
フレッドさんは虚空をぼんやりとみつめながらつぶやく。事実、僕もまだ夢を見ているようでならない。あの事件がまさか学校の方針そのものを変える事態になるなんて思ってもいなかった。
「それに…」
「魔物の微調整って何?」
「……さぁ?」
ドクターエックスのすることは何年この学校にいてもわからないような気がする。
何だか今日はとても疲れた一日だった。
肉体的にも精神的にも。
あの謎の光のせいで見たことのない魔物は増えるわ、街は襲われるわ、挙句の果てには学校の方針すら変えてしまった。本当に僕らは一体どうなってしまうんだろう。母さん達のこともあるからこんな事件に巻き込まれている暇なんてないのに。そんなことをベッドの上で寝ながら考えていると部屋の外から窓に小石がコツンと当たるのだった。
僕は真っ暗な気配を殺しながら廊下を歩いて寮の裏口から外に出る。どうせこんなことをするのはマリノちゃんしかいないだろうと思っていたのだが、肝心の彼女の姿はどこにもなかった。いたのはロングヘアーに編み込みを入れた女の子…。
「こんばんは、セシル君」
「こんばんは、ノエルちゃん。マリノちゃんが一緒じゃないなんて珍しいね」
「うん。今日は…ね」
ノエルちゃんはそう言ったきり次の言葉を口に出そうとはしなかった。普段しなれないことをしてまで僕のところにきたから何かあるのかと思ったけど……。
「今日も月が綺麗だね」
僕は気まずさに耐えかねてつい、そんなことを言ってしまった。先ほどからノエルちゃんの表情が浮かないのはわかっていたから適切な話題ではないとわかっていたのに。しかし、ノエルちゃんは「綺麗だね」と言って笑ってくれた。よかった、気を悪くはしていないみたいだ。少しきまずさがなくなってきたところで僕はノエルちゃんに改めて尋ねてみることにした。
「どうかしたの?何か不安なことでもある?」
「……不安なの」
僕の問いにノエルちゃんは月を見上げたまま震えるような声で答えた。
「ドクターエックスが言っていた新しいカリキュラムのこと。マリノは自分の実力を試せるって喜んでいたけど、私はまだ怖くてたまらないんだ。今までだって、セシル君やフレッドさんが支えてくれていたから魔物と立ち向かえた。私一人じゃ何もできなかった」
「それは僕だって同じだよ。いまだにあれだけの大群と何回か立ち向かって勝てた何て嘘みたいだって思う。今まで立ち向かえたのはマリノちゃんやノエルちゃん、皆で一丸となって戦ってきたからだよ。一人じゃ何もできないかもしれないけど皆で力を合わせたから今までやって来れたんだ」
僕の話にノエルちゃんは小さく頷く。
「これからも皆で力を合わせて乗り切ろうよ。どんなことが起こっても絶対に何とかなるから。だから、辛いけれど頑張ろう」
「うん、ありがとうセシル君。少しだけど何だか気持ちが楽になった気がする」
ノエルちゃんの表情からまだ不安は完全に消え去ってはいなかったけど、そんな中で彼女は精一杯笑ってくれた。
僕もホッとした気持ちになれた。
この学校に通う全員に訪れる恐怖と不安、それらから逃げるのは簡単なことだ。でも、立ち向かっていくのは相当勇気がいることだ。僕の励ましの言葉が少しでもノエルちゃんを楽にさせてあげられたのなら、明日からもずっと頑張っていける。
そう僕は信じている。