第2話〜助けたあの子は天才児〜後編
午後の授業も無事に終わり、ホームルームを受ければ生徒としての一日は終わる。部活には所属していないため、普段なら明日のための予習と今日の復習をしているんだけど、今日はバイトが入っているためそれは帰ってからということになる。今日は教会で子供達に読み書きを教える日だ。残念なことにレアードの周辺の村や町では孤児が生まれることが多い。せっかく授かった命を捨ててどこかへ逃げていくというのは僕には理解できない。両親達も相当思いつめて、理由もたくさんあった上での決断なのだろうけど、だからといって自分の産んだ子供を捨てるなんてその子の人生を溝に捨てるようなものではないか。僕は彼らにこの子達を思う心があるのなら早くこの教会に来てほしいと願っている。この子達だって自分を産んだ親と生活したほうが幸せになれる。たとえ、どんな理由があろうとも。
「お兄ちゃん、書き取り全部できたよ」
子供達に服を引っ張られ、僕はようやく正気に返った。
「ごめんごめん、それじゃ次は……」
僕は手を合わせて謝りながら子供達の相手をしながら読み書きを教えていく。やがて夕方になり、子供達と遊んでいると神父さんがやってきた。
「セシル君、毎週来てくれてありがとう。面倒見もいいし、子供達もすっかり懐いて
いるようだね」
「いえ、そんな。神父様のご苦労に比べれば…」
僕みたいに毎週のバイトではなく毎日この子達の面倒を見ているのだ。僕なんかよ
りずっと偉い存在だと思う。
「私はそんなに偉い存在ではないよ。好きだからやっている。ただ、それだけのことだよ」
神父様はそう言って微笑みながら教会の外に顔を向けた。どうやら僕の迎えが来たようだな。
「やっほー、セシル」
「こんにちは、神父様」
「こんにちは、マリノさん、ノエルさん。おや……」
神父様の目が下に映る。
「そちらの可愛らしいお嬢さんは初めてですね」
「こんにちは神父様。リプルっていいます」
リプルちゃんは可愛らしくお辞儀をした。
「セシル君がアルバイトをしているっていうからついてきたんだ。セシル君の働いているところが見たくて」
リプルちゃんはそう言って楽しそうに笑った。その後は女の子三人も加わって子供達と日が暮れるまで遊んでいた。
『!!?』
僕達はその一瞬の気配を見逃さなかった。
明らかな殺気!まさかまた……。神父様もそれに気づいたのか子供達をかばうように前に立った。
「皆さん、何かいます…」
神父様は声を押し殺して一言そうつぶやいた。次の瞬間、教会の扉が壊されて外側から内側に倒れた。外からは大量の魔物達……。
「やれやれ、こんな物騒なアルバイトを雇った覚えはないのですが…」
「神父様は子供達をお願いします」
ローブの中から何かを取り出そうとする神父様の動きを遮りながら僕は静かに剣を構えた。昨日の今日だから一応護身用にショートソードは鞄に潜めておいたんだ。
「セシル君、リプルも戦うよ!」
リプルちゃんはきゅっと引き締まった顔つきで前に出た。顔に似合わず殴打用のグローブを武器にしているなんて意外だったけど、高等魔術士なら戦闘訓練はうけているはず。
「無理はしないでね。じゃないと剣を持っている僕の顔が立たないからさ」
「えへへ、それはどーかなぁ」
僕が冗談めかして言うとリプルちゃんは可愛らしく笑った。
「あたし達も参加するよ!」
そう言ってマリノちゃんが出したのは小さな簡易ロッド。ノエルちゃんも同じものを持っている。魔術師にとって箒は絶対になくてならないものだが、やむをえない場合は簡易型ながら魔力をあげてくれるロッドが重宝されるのだ。
「よぉし、行くよ皆!」
敵は昨日と同じ種類の獣型の魔物。若干、違った型もいるみたいだから注意するのはそこだけ。後は、リプルちゃんの動き次第だな。僕は前衛で剣と魔法を両立しながらリプルちゃんと魔物の両方に目を配った。リプルちゃんの動きは思った以上に鋭く、というよりすばっしこく魔物を撹乱していた。さらに回復魔法が得意だったことにも驚いた。傷や体力を癒す魔法はそれなりの技術や知識が必要になるため得意としている者はファトシュレーンでも少ない。
魔物の数自体は昨日よりも少ないので全撃破はそうそう難しくなく戦闘は三十分ほどで怪我人もなく終わった。
「おい、皆無事か!?」
新たな増援か、と思い構えた僕達の前に現れたのはグラッツ先生だった。
「先生!?」
「おお、無事みたいだな。教会周辺に魔物が現れたと聞いて急いできてみたが…」
グラッツ先生は教会の床に倒れる魔物の屍を見下ろした。
「腕を上げたな、セシル。マリノ達もよくがんばったな」
「先生…」
何だか急に体から力が抜けた。しかし、力を抜いている場合ではなかった。街中から悲鳴が聞こえる。まるで一つの合唱でもしているように。
「先生、これは一体どういうことなんですか!?」
「俺にもわからない。ただ、この辺りにはいるはずのない魔物が急に増えだしたんだ!」
『!!?』
「俺はこれからそいつらを倒しに向かう。お前らは敵に気をつけながら学校に戻るんだ!」
「で、でも…」
「大丈夫だ!ちゃんと戻らないとおしおきだからな!!」
グラッツ先生は吐き捨てるように叫ぶと、そのまま魔物と斬りあいながら街の外へと向かってしまった。僕達はその様子を呆気に取られた状態で見ているしかできなかった。
「いったいこの街に何が起こっているというのだ……」
だいぶ時間が経った頃、神父様がようやくつぶやいた。
街中が戦場と化した。
僕とマリノちゃん達はその光景を横目で見ながらグラッツ先生の言いつけどおりファトシュレーン魔法学校まで脇目も触れず走った。どんな状況であれ、実力者の言うことは絶対なのがここの掟だ。
リプルちゃんとの出会いがこんな戦場になるなんて僕は神様がいるのなら思い切り呪ってやりたい気分だった。
戦いは真夜中まで続いた。先生達や街に滞在していた賢者達が全ての魔物を討伐したが、民衆の不安は消えなかった。それはそうだろう。対魔物用の結界がこんなにもあっさりと突破されてしまうなんて今まで誰も思いもしなかったのだから。
僕達はこの先どうなってしまうのだろう。今は、それだけがすごく心配だ。