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第2話〜助けたあの子は天才児〜前編

 せっかくの清々しい朝なのに僕の耳元では口やかましく声を荒げている一体の人形。

 僕がその頭を右手で叩きつけるように押さえると、さっきまでうるさかった声がしんと静まり返る。このまま再びまどろみの中に溶け込んでいく――

「……わけにはいかないんだよなぁ」

 僕はベッドの布団に包まりながらため息をついた。昨日、あれだけ動いたものだから正直まだ眠くてしょうがない。あのまますぐに寮に返してくれていたらまだマシだったんだけど、そうは問屋が許さないとばかりに先生達に出くわしてそのままお説教を食らってしまった。おかげで僕が再び寮に帰って床についたのは日付をまたいだ後なわけだ。

 とにもかくにもまずはこの眠気をどうにかしなきゃいけないな。僕は部屋を出て洗面所へと向かった。冷たい水で顔でも洗えば少しは眠気が覚める……と思う。

「あ…」

 僕は洗面所に入るなり思わず声を出してしまった。

「やぁセシルか。おはよう」

 寮長さんは爽やかな笑顔で挨拶をしてきたので、僕も何とか笑顔で挨拶を返そうとしたのだが、やはり口と顔を一緒についていかせるのには無理があった。それに鏡を見て初めてわかる自分の寝癖のひどさ。寮長さんはそんな僕を見て微笑していた。

「やはりあれだけ動いたらまだ眠いよなぁ」

 寮長さんは笑っているが、彼も昨日は僕らが闘った後の事件処理でてんてこ舞いになっていたんじゃなかったのかな。

「俺は生徒会の仕事もやっているからね。夜更かしは慣れているんだよ。でも、流石に昨日は少し肉体労働だったからちょっと眠いけどね」

それとなく聞いてみると寮長さんは笑ってそう答えた。

「昨日の事件のこと、何かわかりました?」

「う〜ん、これといったことはわからなかったな。稀に他の地方の魔物が大移動をすることはあるらしいけど、そういう時期ではないらしいし」

 やっぱり昨日のあの流れ星が関係しているのだろうか。

「まぁ、当分教職員達との会議は避けられないかな」

 寮長さんは苦笑しながら「あれって眠いんだよね」と率直な愚痴をこぼした。確かに教職員との会議って聞いただけでげんなりしてしまいそうだ。

「ま、それでも街や寮の皆のために頑張るだけさ。セシルも昨日の戦いはよくやっていたけど、できるだけああいう行動は自粛してほしい。昨日も言ったように生徒達の安全を守るのも俺達生徒会の役目だからさ」

「わかりました」

「じゃ、俺はこれで」

 そう言って寮長さんは洗面所を去っていった。う〜ん、今のお話だけで目が覚めたかも。

 洗面を済まし、部屋に戻って授業の準備をする。

「よし、そろそろ行こうかな」

 制服にも着替えたし準備万端……。

「寮生の皆さーん、ご飯ですよー!!」

 食堂のほうから聞こえるおばちゃんの声。そういえばご飯食べるの忘れていたや。

 



 ファトシュレーンは実技重視、実力重視の魔法学校で他の魔法学校と比べると少々ランクは高い。何せ勉強ができても実力が追いつかなきゃいつまで経っても下のクラスのままだからだ。上のクラスである程度の成果を収めないと降級なんてことだってありえるところはまるで実社会のようにシビアだ。

 魔法学校にはどの学校にも共通の階級があって僕はその上から三番目の大魔導士の階級にいる。ちなみに賢者の階級はこの一階級上だ。賢者に進むには年に二回しか行われないテストの成績と賢者として習得必須の魔法を習得しておく必要がある。僕の場合、テストはともかくこの習得必須の魔法を全然習得させてくれないため試験を受けようにも受けられない状況にある。普通ならどんなにレベルの低い魔法学校に入ってもわずか三年で大魔導師の階級に上り詰めることなんてないし、先生達は僕みたいな若者が賢者になることを恐れて魔術を教えないだけなんだろう。きっとそうに違いない。でも、ならばどうして学校を辞めさせてもくれないんだろう。僕みたいな厄介者は早くいなくなればいいのにと思うはずなのに。やっぱり、教師の考えることは生徒の僕にはよくわからない。

 とにかく、今は魔術が習得できないんだからその分テストのための勉強に励まないと。実技が完璧でも勉強がおろそかだったらみっともないからね。

 午前中の授業はほとんどぶ厚い教科書との睨み合いだった。もう慣れた……と言いたいけど、流石に大魔導師の階級までくると覚えなきゃいけない量が半端じゃないので頭はいつもパンク寸前にある。こんな時に気を紛らわせてくれるのは――

『もしもーし、聞こえるセシルー?てか聞こえてるでしょ、返事しなさーい!』

 ほぅら来た。お昼のこの時間になると大抵マリノちゃんからお誘いの念話が来るんだ。大魔導士に上がってからは一層彼女のこの誘いが嬉しくならない日はなかった。

「はいはい、聞こえているよ。いつものとこでいいの?」

『あ、それなんだけど今日は学食でお昼にしよう。セシルに紹介したい子がいるんだ』

「紹介したい子?」

『そ。そういうわけだから今日は学食に来てね』

 マリノちゃんは明るくそう言って念話を切った。

(紹介したい子、か…)

 久しぶりに聞くフレーズだった。

 今でこそ三人一緒にいるのが普通になっていたけどノエルちゃんと初めて会った時もマリノちゃんがこういう風に紹介したい子がいるんだとか言って僕を学食に呼んだんだっけ。ということはまた新たな獲物がー―じゃなくて友達が――マリノちゃんの生贄に――いやいや友達の輪に――入ったんだな。マリノちゃんはあの通り開けっぴろげな性格だし、明るいから友達を作るのが上手だ。学校の人達全員と仲良くなるのがマリノちゃんのここにいる間のもう一つの夢らしい。もし、それが叶ったならもっとマシな学校生活を送れるのかな。

 少し出遅れたせいか、学食は既に教職員や生徒達で埋め尽くされていた。

(すごい人だな。マリノちゃん達はどこにいるんだろう?)

 僕が辺りをきょろきょろと見回していると、不意に何かの気配を感じた。

「?」

 おかしいな。確かに後ろに誰かがいて微笑まれたような感じがしたんだけど……。

「おーい、セシルー。こっちこっち!」

 ちょうど食堂の真ん中辺りでマリノちゃんが大きく手を振っていた。若干周囲の一目も気にしたほうがいいんじゃないのかなぁ。

 僕はそう思いながらも待たせたら悪いので真ん中のテーブルへと急ぐ。

「ごめんね、待たせちゃって」

「ほんとだよ。もうあたしお腹ペコペコだよ」

 マリノちゃんは腹に手を当てて力なく言う。

「セシル君、この子はリプルちゃん。昨日、魔物に囲まれていたあの子だよ」

 力なくテーブルに突っ伏しているマリノちゃんを横目で見ながらノエルちゃんが隣に座っている女の子を紹介する。背丈はノエルちゃんよりもさらに一回りくらい小さい。普通に考えたら……う〜ん、何歳くらいなんだろう。おそらく十歳前後だと思うけど。

「こんにちは、リプルって言います。昨日は助けてくれてありがとう。お礼が遅れてごめんなさい」

 とても丁寧にその娘が言う。

「お礼なんて、そんなたいしたことはしていないよ」

「リプルちゃんはセシル君とおんなじで飛び級してこの学校に入ってきたんだよ」

「そうなんだ。階級は?」

「高等魔術師の七級だよ」

「すごいじゃない!その年で高等魔術師なんて!ていうか君って何歳なの?」

「セシル君、女の子に軽々しく年を聞いちゃだめだよ…」

 ノエルちゃんが控えめな声で僕にささやく。

「あ、その……ごめん」

「気にしないで。やっぱりこんなチビっこいのが飛び級しているとよく何歳って聞かれるから慣れているの。ちなみに十三歳だよ」

「十三!?」

 その背丈で――なんていうと張り倒されそうなので言わなかった。しかし、十三歳で高等魔術師の七級を取得しているとは。僕ですらけっこうハイペースで上り詰めているというのに、このリプルという子はさらにその上を行くのか。

「そんなに驚いてくれて話甲斐があるね、セシル君って」

 え〜と、それは褒められているのだろうか。僕の心情にまるで気づかずリプルちゃんは続けた。

「でも、セシル君だって飛び級をしているんでしょ。ノエルちゃん達から聞いたよ。もう、大魔導師なんでしょ?すごいなぁ…」

 リプレちゃんは素直に目を輝かせている。僕としては当然のこととしてやってきたことをこういう風に捉えられるのは少々照れくさい感じがする。

「僕の場合はすぐに賢者にならなきゃいけない理由があるだけさ」

「そうなんだ。どんな理由なの?」

「え?」

 ある程度予想はしていたがやはり彼女は例外なくそこに突っ込みを入れてきたか。いや、大半の人は理由があると言われたらそれを聞きたがるだろう。しかし、果たしてこんな純粋そうな女の子に話せる内容だろうか。家族を楽にさせるためにお金を稼ぎたいからなんて死んでも言えない。

「えっと…」

「………」

 理由を知っているためかノエルちゃんも黙ったまま固まってしまっている。その横では沈黙を守ったままの僕と、ノエルちゃんの顔をきょとんとした表情で交互に見上げているリプルちゃん。

 う〜ん、このまま気まずい沈黙が続くのはまずいよなぁ。

「あ〜もう皆話が長いよぉ!早くご飯にしようよ〜!」

 ついに痺れを切らしたのかさっきまでテーブルに突っ伏していたマリノちゃんが上半身を起こして「ご飯ごは〜ん」とわめきだしたので僕達はひとまずお昼にするということで話を中断させることに成功した。

 その後もずっと飛び級の話や授業の話にはならず、主にリプルちゃんの話題で昼休みを過ごすこととなった。


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