第7話〜ドタバタ、今日も生徒会は大忙し〜後編
翌朝、僕は寮長さんを見送りいつものように早朝稽古へと出かけた……のだが。
「おいセシル、お前ごみを出し忘れただろ!?」
稽古から帰ってそうそう寮の面々から怒られた。
「あぁ、そういえばそうだった!!」
寮のごみは街の掃除屋のおばさんが毎週決まった曜日の朝に回収して持っていくことになっている。
このおばさんがまた朝に強い人で六時には寮の回収ボックスからごみを回収していくのだ。そのため、寮長さんは遅くてもおばさんのくる三十分前には起きてごみを集めていた。
「ごめん皆!すぐにごみを集めるから!部屋にあったら持ってきて!」
「もう遅いって。おばちゃんは十分前に帰っていったぜ」
「いいから!女子寮も回るはずだからそのロス時間を使って追いついてやる!」
「わかったよ…」
男子生徒はめんどくさそうに舌打ちをすると全員に呼びかけてごみを集めさせた。その間に僕は食堂と応接間と洗面所のごみを回収しなくちゃ。
結局、女子寮を回っていた時間を有効活用して僕は校門前のところでおばちゃんに追いつき、無事にごみだしを終えた。
「つ、疲れた…」
ここでようやく朝のオアシス、朝食にありつける。そしていつもどおり食べ終えて部屋で今日の準備をしたまではよかったんだ。しかし、行く直前に食堂のおばちゃんに呼び止められた。
「セシルちゃん、今はあんたがアキトちゃんの代理で寮長をやっているんだろ?」
「そうですけど?」
「なら、どうして皆が食べ終わった後に来てくれなかったのさ。アキトちゃんならいつもあたし達の片づけを手伝ったり布巾でテーブルを拭いてくれたりしていたよ」
ここにもまた一つ落とし穴だ。そういえば、寮長さんはまめな人でこんなことまで手を回していたっけ。
「小さなことだけど、あたし達にとっては大事なことなんだよ。セシルちゃんも寮長を務めるならそれくらいしてほしいねぇ…」
それから十分ほど、僕はおばちゃんの愚痴を聞き続けなければならなかった。
トホホ、何で朝からこんな目に……。
朝からこんな調子だった僕は学校でも同じようなミスを連発していた。たかが学校の平和と侮ったのがいけなかったのだ。僕は今になってやっと寮長さんの言っていた平和の意味を理解した。
平和とは単に生徒同士のトラブルのことだけを言うのではなく、学校の美化清掃、風紀。いろんなものが折り重なって初めて平和な学校生活を送ることができるんだ。
あぁ、寮長さんのあの笑みが憎らしいほど恨めしい。
ファトシュレーン全体の平和を守るなんてとても五人でできることではないじゃないか!
昼休みに一回昼食のために集まったときもギルバートが鬼のような形相で「何度銃を乱射したかわからんわ!」と吠えていた。ノエルちゃんも午前中だけでほとほと疲れ果てていた。
「マリノったら都合が悪くなるとすぐ逃げるんだもの。おかげで全部私にとばっちりが…」
ノエルちゃんのことだからそのとばっちりを真面目に全部聞いていたんだろうなぁ。
想像するだけで痛々しい。
「リプルちゃんはそれほどでもないみたいだね。ていうか今、僕達にくれたお菓子はどこからもらってきたの?」
「ふぇ?これはね、あたしが『それはだめぇ!』って注意すると謝りながらこれをくれたの。年上のお姉さんが多かったかなぁ」
リプルちゃんは嬉しそうにそのことを語るが、それってあまり注意として聞き入れられてないのではないだろうか。完全におもちゃ扱いされていること請け合いだ。小さい子ってこういう時に得するから便利だなぁ。実際、僕がリプルちゃんに『それはだめぇ!』と言われて一生懸命に注意されたらお菓子は渡さないにしても謝りながら彼女の頭を撫でるだろう。あまりにも可愛いから。
というわけでリプルちゃん以外の四人がげんなりと貴重な昼休みを過ごす中、午後の授業五分前を告げる予鈴が鳴る。そういえば、今日はこれから上級魔術師のクラスに授業に行くんだっけ。
「今日はセシル君が授業をしてくれるんだよね?よろしくお願いします」
「こちらこそ。上級クラスの魔法実技授業を受け持つのは初めてだけど頑張るよ」
皆と別れ、ノエルちゃんと一緒に練習場に向かう。
「そういえばマリノちゃんはどうしようか…」
「放っといていいよ。私を置き去りにして逃げたマリノのことなんか…」
うわぁ、友情に亀裂が入っている…。
「セシル君、マリノの出席欄にはぜっっったいにマルを入れないでね!」
「は、はい…」
今日のノエルちゃん、何か怖いな。あまり逆らわないでおこう……。
「それでは魔法実技の授業を始めます。今日の授業の題目は『形』です。攻撃魔法を放つに当たっての注意点は相手がどの属性に強いか、あるいは弱いかを見極めることは前回の授業でお話があったことと思います。しかし相手に有効な属性を見つけたとしても、かわされ続けてはこちらの魔法力が尽きてしまいかねませんし、その隙突かれる可能性も出てきます。それを補うのが『形』の変化です。攻撃魔法は垂れ流して放つよりも剣や槍、矢などといった形に変形させて放つほうが威力は上がります。例えば、さっき言ったように弱点がわかってもかわされてしまう場合は矢の形にして放つことで着弾までの速度が上がり、かわされにくくなります。今日は『形』にこだわって今までに習った魔法を練習してください。自分にあった形を見つけるのもいい訓練になります。では、先ほど分けたグループに分かれて練習を開始してください。最後に班別で実戦形式の練習もしてもらいますからそのつもりで」
説明を終え、上級魔術士の人達がそれぞれに分かれて練習を開始する。懐かしいな、僕もこんな風に形を練習していたこともあったっけ。勉学ならいくらでも本を読み直すことで復習ができるけど、さすがに実技は無理があるよな。生徒達がちゃんとやれているかどうかも見なければならないし、それに先生が勝手な行動をするわけにもいかない。
「あれ?」
全体を見回りながら一つだけ練習台が開いていることに気づく。
「ここで練習する班はいないのですか?」
僕の問いかけにその隣で練習している生徒達が揃って首を傾げる。どうやら僕の振り分けミスのようだった。となると、ここで練習生徒はいないわけだけど……。
僕はチラリと隣からずっと並んでいる練習台で練習している上級クラスの生徒達を見た。真面目に練習している者もいればふざけている生徒も若干いたが、比較的熱心に練習に取り組んでいる。
(ちょっとくらいばれないかな)
大魔導士クラスではこのような授業はほとんどないから久しぶりに新鮮さを感じていた。
(どうしよう、ちょっとだけやってみようか)
いや、よく考えたら魔法を放つときには音が出るし、魔力の流れでわかってしまう。仮に制御したとしてもまず隣の練習台の人達にはばれてしまう。
(うぅ、でもやりたいなぁ…)
やる、やらない、やれば、やるとき、やったとしたら……。
『やれ!』
「!!」
その瞬間、僕は自分が教える立場だということを忘れた。使い慣れている魔法を唱えて右人差し指に集中する。
「ライトニングアロー!」
僕の人差し指から放たれた電撃の矢はコンマ数秒というわずかな時間で数メートル先の的の真ん中を射抜いた。そしてハッと我に返ると、僕の奇抜な行動に生徒全員が注目していた。
しまった!しかも勢いで名前まで叫んでしまった。
ど、どうしよう。こんなことがばれたらクビになってしまう。生徒を放って魔法の練習なんてとんでもない怠慢だ。しかし、顔を真っ青にしている僕に飛んできたのは生徒達の感心の拍手だった。
「すっげぇ!」
「先生、今の雷属性の魔法だよね」
「矢の『形』でしたわね?」
「とてつもないスピードで的に当たったぞ!?」
「隣で見てたけど、詠唱なんか一瞬だったぜ!」
「先生、やり方を教えてー!」
僕はあっという間に生徒達に囲まれてやれもう一度実演してほしいとか、今の魔法を教えてくれだのとせがまれた。特に告げ口される様子もなさそうだったのでほっと一安心だ。
授業を終えてからも校内の掃除や見回りを皆と分担してこなし、何とか今日一日を乗り切って、僕は寮へと帰宅した。
寮長さんの部屋を訪ねてみたが、まだ帰ってきてはいないようだ。レナード全体を襲った事件を調査しているのだ。そうすぐには帰ってこないか。はぁ、もうしばらくは体に鞭を打って働かないといけないのか。窓から見える太陽はだいぶ傾いてきている。今から部屋に戻って寝るにしても中途半端になりそうだ。
「食堂にでも行って皿くらい並べてようかな」
特に何もすることがないのならそのくらいしてあげてもいいだろう。いつもやってもらっていることだから気がつかなかったことだけど、とてもありがたいことなんだな。今日はそのことを身を持って実感した気がする。