第7話〜ドタバタ、今日も生徒会は大忙し〜前編
いつもの清々しい朝、僕がいつものように早朝特訓を終えて寮の玄関の扉を開けると柔らかい笑みをこぼして立っている寮長さんがいた。
「おはようございます」
「おはよう、セシル」
まずは何気ない挨拶。そして僕は気に掛かっていたことを一つ言った。
「前にもこんな風に待ち伏せをされていたような気がするんですけど」
「待ち伏せとは失礼な。まぁ、でもそんなものかもな」
否定するのか肯定するのかどっちなんだろう…。
「また何かあったんですか?」
「ああ、これは君だけに向けての頼みじゃなくて、君の友人も含めて頼みたいことなんだが…」
「はぁ、何ですか?」
「実は先日の教職員と生徒会との会議で明日から虹色の丘への調査に行くことが決まったんだ。謎の魔物達の出没は以前よりは表立ってないけど、それでもまだ街が被害に遭うこともある」
寮長さんの言うとおり、魔物達が群れで街へ侵入してくることは減っているものの、まったくないわけではなかった。
「それで生徒会役員の俺も当然調査に参加することになる。そこでまず君に頼みたいのはこの寮の管理のことなんだ」
「ああ、そういうことですか。なら大丈夫ですよ。寮長さんの仕事内容はよく見ていますから」
「セシルは常習犯だからな」
「でも、あれの大半は僕のせいではないんですけど」
「わかっているよ。でも、結果的にルール違反はルール違反だからね。とにかく、そういう生徒がいたら注意をしてほしいんだ。あと、就寝時間が過ぎた後の応接間の冷蔵庫を使用する奴もいるからそれも注意してほしい」
「わかりました」
「まったく男っていうのは人の注意を聞かない生き物だからほとほと困るよ」
「ハハハ、すみません…」
「それともう一つはさっきも言ったように君だけにというわけではないのだが…」
ハァ、何とも気が重い。
今日の授業はほとんど左の耳に入っては右の耳から抜けていった。クラスの皆からも心配されたり励まされたりもしたけど、それだけで元気が出るほど単純な悩みじゃない。これはいうなれば学校全体のことに関わることなのだ。
マリノちゃん達にも一体どう伝えればいいのだろう。
キーンコーンカーンコーン。
おっとまずい。
次は中級クラスの講義に行かなくちゃいけないんだった。バイトだからサボるわけにもいかないんだけど、何か憂鬱なんだよなぁ。
「というわけで、この術式が完成するわけです。しかし、僕も最近見つけたのですが、この術式は途中部分を省略することができまして……」
だいぶ術式の授業にも慣れてきたかな。自分が以前習ったところを復習する意味があることは前にも言ったとおりだけど、最近はそれにプラスアルファーでちょっとした豆知識を教えることも多くなっていた。もちろん、公にばれてはいけないような豆知識は言わないけど、僕自身が何度も魔法を使って発見した術式の省略や詠唱の省略などは皆にも教えてあげている。もちろん、いきなり省略はできないから魔法の練習は欠かせないことだけど。
「先生、今日の授業のことなんですけど…」
こうやってラウナちゃんが授業後に質問に来ることも毎度のことだ。豆知識を教えることを始めてからは僕が教えている生徒のほとんどが授業の内容や豆知識について聞きに来るようになり、職員室を越えていろんなところで噂になっているらしい。何だか照れくさい話ではあるのだが。
「ありがとうございました、先生」
「ラウナちゃん、もう教室には誰もいないんだから先生はよしてよ」
僕が照れくさそうにそう言うと、ラウナちゃんは楽しそうに「それもそうですね」と微笑んだ。
「ところでセシルさん、アキト先輩から話は聞きましたか?」
ラウナちゃんのいう『話』とはおそらくあの『話』のことだろう。
「ああ、聞いているよ。だけど、本当に僕達だけにこんな大役を任せてしまっていいの?生活指導の先生達に頼んだほうがよくない?」
「それでは生徒会の意味がないじゃないですか。それにセシルさん達だからこそアキト先輩も了承してくれたんですよ」
ラウナちゃんはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「既にマリノさんには念話で伝えていますから今頃皆さんにも伝わっていると思いますよ」
確かに、噂好きのマリノちゃんなら噂の大小を問わず三日でファトシュレーン中に広まりそうだな。
『セシル、聞こえるー?』
噂をすれば当の本人から念話だ。
「マリノちゃん。お昼休みはあと一時間授業を受けてからだよ」
『うぅ、あたしもうお腹ペコペコだよぉ……じゃなーい!!』
「あれ、違うの?」
『あんたあたしを何だと思って…』
「ごめんごめん。それで、マリノちゃんが伝えたい内容っていうのはもしかして生徒会についての話?」
『あ、やっぱり聞かされていたんだ』
「まぁね。僕も正直驚いているよ。明日から生徒会に立ち代って学校の規律を守っていなくちゃいけないなんて」
『あ〜あ、あたしマジで不安だよ…』
「一度、皆で相談したほうがいいよね」
『じゃあ、いつもどおり学食で集まる?』
「ああ、そうしようか。じゃ、またお昼に」
「昼休みに集まるんですか?」
話を聞いていたラウナちゃんの問いに僕は小さく頷いた。
「皆びっくりしているだろうからね」
「私もご一緒してもいいですか?」
「ああ、そのほうが助かるよ。あと、できれば寮長さんから皆に話をしてもらえるようにも尋ねてみてくれないかな?」
「わかりました」
僕達は次の授業もあるのでそこでいったん別れた。
昼休みになり、僕は皆との待ち合わせ場所の学食に向かうと、相変わらずマリノちゃんとノエルちゃんが一番乗りで席に座っていた。
「ほんとびっくりしちゃうよね。あたし達がこんな立場に回されるなんてさ」
「うん。ファトシュレーンの人達は皆個性豊かだからまとめきる自信がないよ」
ノエルちゃんは不安でいっぱいなのか顔色があまりよくなかった。
「生徒会とはどのような部署のことであるか?」
そう尋ねてやってきたのはギルバートとリプルちゃん。このペアもこの間の一件以来すっかり馴染んできたな。
「生徒会って、皆が学校で暮らしやすいようにすることでしょ?何かドキドキするよねぇ」
この時点で楽しげなのはリプルちゃんだけのようだ。多分、子供だから生徒会っていう部署の重さをあまりよく知らないんだろうなぁ。
「皆さん、お揃いでしたか」
最後に食堂にやってきたのはラウナちゃんと寮長さんだ。ラウナちゃん、ちゃんとつれてきてくれたんだな。
「早速、明日の件についてお話したいんだけど、皆お腹もすいていることだろう。まずは食事をしてからにしないかい?」
「やったぁ!さすが生活指導役員。わかってるぅ!」
マリノちゃんはそう言うと、真っ先にトレイをもって他の生徒の列に並んでいった。さっきまでの緊張感はどこへやらだ。
「寮長さん…」
「セシル、俺達も行こう。大丈夫、朝も言ったとおりそんなに大きい仕事を任せるわけじゃないから」
寮長さんは僕の肩を優しく叩くと、他の皆と同じようにトレイを持って生徒の列に並んだ。
全員が料理の入った皿を乗せたトレイを持って席に着いたところで、寮長さんが咳払いをして明日の仕事内容が言い渡された。
「君達にやってもらう仕事は学校の平和を守ること」
実に単純明快な説明なだけに僕を含む全員がホッと胸をなでおろしていた。
「内容を聞いて安心しているようだけど、全校生徒が二千人を超え、その年齢層も様々なファトシュレーンではそんなに楽な仕事ではないぞ?」
「寮長さんはそう言いますけど、僕達はもっと過酷でとてもじゃないけど生徒会の人達じゃないとできない仕事をやらないといけないのかと思っていましたよ」
「僕達でないとできない仕事なんていうのはないよ。生徒会の仕事だって、役員に選ばれれば皆しなければいけないことなんだから」
寮長さんは難しい顔をして言うが、やはり僕達全員の肩の荷が下りたことには間違いない。
「まぁ身をもって体験して初めてわかることもあるだろう」
ニヤリと笑うアキトさんと、その横で心配そうな顔をしているラウナちゃん。明日になって、この二人の顔がどれほど恨めしいかを知ることになるなんて今の僕達には知る由もなかった。