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第5話〜迷惑上等!ギルバート奮闘記!〜前編

「それでは今日はここまでです」

 いつものように下級クラスの授業を終え、今度は自分の階級の授業へと向かう。

バイトで下の級の人達に講義をしてから自分が講義を受けに行くというのはなかなか慣れないというか変なものだ。さっきまで教壇に立っていたと思ったら次は生徒側の席に座っているのだもの。自分でも思うけどなかなか忙しい奴だと思う。でも、教えたことのある下級生に出会うとたまに挨拶をしてもらえるのが嬉しい。自分の授業をちゃんと聞いてくれているという実感が湧く。

「あ、グラッツ先生こんにちは」

 僕が挨拶をすると、グラッツ先生もすぐに気づいたのか「よぉ」と挨拶を返す。

「ずいぶんと重そうな荷物だな。図書館にでも行っていたのか?」

 グラッツ先生は僕の手提げ鞄が大きく膨らんでいるのを見て言う。

「いえ、さっきまで下のクラスの魔法講義をやっていたんです」

「ああ、そういえば臨時バイト生の中にお前の名前もあったな。職員室でも噂になっているぜ。俺達教師陣以上に教え方の上手い教師だってな」

 グラッツ先生はおかしそうに笑った。

「一時はお前の退学騒動があったけど、最近は落ち着いたのか?」

「それは…」

「…まだ決心は変わらないか?」

 グラッツ先生の言葉に僕は重々しく頷いた。

「教師の立場からするとお前を失うのは惜しいんだよな。異例の昇級ぶりに驕ることもないしな。腕を磨けばきっといい賢者になるだろうに」

「……すみません、先生」

「お前が謝ることじゃないさ。お前がそう決めたのならその道を歩むのもまたお前だ。それに生徒の生き方は尊重したいしな」

 グラッツ先生は優しく笑った後にため息混じりに「だがな」と続けた。

「お前の走ろうとしている道はいずれ俺達を敵に回すかもしれないってことだけは覚えておくんだ。よく考えれば俺達が対峙しなくてもいい方法があるかもしれない。あまり早急にことを進めて早まった真似だけはするな」

 グラッツ先生は厳しい表情でそう言って僕の肩を優しく叩くと、そのまま廊下を歩いていってしまった。

「いずれは敵同士……か」

 信じられないけど、僕が進もうとしている道はそういう道なんだよな。

やはり納得がいかない。

 どうして家族のためにお金を稼ぐだけなのに外道と呼ばれなければならないのだろうか。外道魔術師達だって中には僕みたいな理由があって悪の道に身を染めている人達だっているかもしれないのにそういう人達までひっくるめて外道なんて呼び方はどうかと思う。魔法は世のため人のためであれという言葉には共感するけれど、そういうやり口の魔法協会は嫌いだな。なんて愚痴を言ってもしょうがないけどね。

 僕は自分自身を信じて前に進むだけだ。

「えぇーい納得がいかん!」

「!?」

 向こうから廊下を歩いてくるあの影は――

「ギルバート!」

「おぉ、セシルではないか。ちょうどいいところで出会った!聞いてくれぬか」

 僕は腕時計をチラリと見た。

 授業をサボってしまうけど形になるけどしょうがないか。ギルバートはまだファトシュレーンに馴染めてないだろうから相談に乗ってあげたいし。そういえば、最近サボるということを覚えてきた感があるな。今までがむしゃらに走ってきた反動がここできたのか。

 そんなことを思いながら僕は「どうしたの?」と尋ねる。するとギルバートが差し出したのはファトシュレーン初級魔術クラスの教科書だった。今、気づいたけどギルバートって追い回しは飛ばしているんだな。普通は、追い回しという見習い期間があるのに。

「教科書がどうかした?」

「この術式の読解がわからないのだ。我輩が通っていた戦士養成学校の魔術士達は皆、独自のやり方で魔法を学んでいたのにもかかわらず、ここはどうしてこんなややこしくて面倒くさい方法を取っているのだ?」

「ギルバートが通っていた養成学校の人達はどんなやり方をしていたの?」

「我輩には魔法のことはわからないが、もっとこう、短く詠唱などをしていた気がする。少なくともこんな長ったらしいのを覚えたり、唱えたりはしていなかった!」

 おそらくギルバートの言っているのは魔法詠唱の省略(ショートカット)のことだろう。

 魔法を発動させるのに必要最低限の詠唱単語を並べて詠唱時間を短縮させ、魔法使いの弱点ともいえる詠唱中の隙をなくそうという試みだ。しかし、ショートカットにも欠点はある。必要最低限の詠唱単語しか発音しないため、同じ魔法力を使っても普通に詠唱するよりも威力がかなり劣ってしまうのだ。僕はギルバートにそのことを丁寧に説明して聞かせた。

「魔法使いが兵士として戦場に立つには隙が一番邪魔だからね。戦場での一瞬の隙は死を招く。だから、できるだけその隙を少なくしようとしているのだと思うよ」

「なるほど、しかし、戦場での魔法の威力はそれほどまでに差が出るのだろうか。前衛の補助ができればよいのではないのか?」

「それは大きな間違いだよ。確かに前衛の補助をすることが多い魔法使いだけど、魔法を自在に操れるようになれば、それこそ前衛が敵を一人倒す間に魔法使いは人まとまりの敵グループをやっつけることができるんだ。そのためには魔法の力を引き出すための詠唱が必要不可欠だ。ショートカットをすれば隙はなくなるけど、威力の面で大幅な差が生じる。前衛の補助程度ならそれでもいいだろうけど、ここは魔法を学び、そして魔法を世のため人のために役立てる場だからそんな妥協は許されないんだよ。ギルバートも戦士養成学校にいたのならわかるだろうけど、一人でも全力で戦っていない者がいれば戦局は大きく変わる」

「うむ、誠にその通りである。なるほど、魔法は単なる前衛の補助ではないということか」

「そういうこと。使い方一つで弱い魔法でも高ランクの魔法並の威力を発揮できる。詠唱はそのための基礎を作り出す大事な仕事なんだよ」

「そうか、我輩は向こうのやり方に囚われすぎていたのだな。礼を言うぞセシル。貴様のおかげで我輩はまた一つ世界を征服する力を身につけた」

「は、はぁ…」

「ではさらばだ!」

 ギルバートは僕に向かって敬礼をすると満足そうに去っていった。

「……ていうか世界征服って何?」

 僕の問いに誰も言葉を返してくれる人はいなかった。

 その後もギルバートは何か不満があれば僕のところに相談にやってきた。不満が解消すると、彼は必ず「世界征服をする力をつけた」と言って満足そうに去っていくのだった。

 勉学面はそれでよかったのだが、問題は実技のほうにあった。例の事件があったため初級クラスでも回数は少ないながら戦闘の訓練はコロシアムで行われる。しかし、その戦闘訓練の授業に問題があった。

 ギルバートはもともと戦士養成学校から来たわけだから訓練といえど、やるからには勝つことを目標としている。ところが、ファトシュレーンの実戦訓練は魔法と魔物の両方に慣れさせることを目的としているため、戦闘の勝ち負けが直接成績に響くことはない。如何に魔法を使って戦局を変えることができるかを学ぶものなのだ。しかし、このギルバートと同じチームになったほかの初級生徒達はその授業を境に戦闘訓練に出ることを拒むようになるという。

 いったいどんなことをしでかしているのだろうと思い、いつものメンバーを連れて試合を見に行ったのだが、あまりの過激さに全員がしばらく呆気にとられて声を出せないでいた。まず、戦闘訓練では武器は魔力を高める効果のある箒のみに限定されているにもかかわらず銃を使う。チーム行動が主体なのにも関わらず単独行動をとる。ギルバートがミスをした時の被害が他のメンバーに及び、ひどい子は全治一ヶ月の傷を追ったらしい。

「流石にこれはひどいわね…」

「うん。それにギルバートさん、さっきから全然魔法を使っていない」

「あ、また一人倒れちゃったよ!」

 リプルちゃんが指差したのは当然、ギルバートの味方である。足元に放った威嚇射撃が手違いで味方の足元に当たってしまい、そのまま失神。

「こんな無茶苦茶な戦闘訓練は俺も初めて見た…」

 フレッドさんも口をポカンと半開きにしたまま固まっていた。

 のんびりと観客席で観戦している僕達に早くとめてくれと言わんばかりに初級クラスの子達の視線が集まる。

「そろそろ、止めたほうがいいかな」

「そ、そうね。このままだと死人とかでそうだもんね」

 マリノちゃんも小さく何度も頷いた。僕はギルバートの名を叫び、戦闘空間に割って入った。事情を把握知っているためか戦闘教官も敢えて口出しをしたりはしなかった。

「セシル!?皆もどうしてここにいるのだ!?」

 ギルバートが驚きながら銃を下ろす。

「お前の評判を確かめに来たんだよ」

「我輩の評判?」

「そーだよ!ギルちゃん、あれじゃあ魔法の訓練にならないよ!これは一応魔法を使った戦闘の授業なんだからね」

 リプルちゃんが可愛らしく人差し指をギルバートに向けて抗議をする。

「それに、箒以外の武器は禁止されているはずだよ」

「それが我輩は納得いかないのである!」

「え?」

「戦場は常に生きるか死ぬかの場所。そのような場所に箒のような武器とも呼べないものを使うわけがなかろう!」

「確かに普通の戦場ならそうだろうけど今は違うでしょ!」

「否!実戦形式の訓練とはいえ武器とも言えないものを戦闘空間に持ち込むわけにはいかないのである!」

「あ〜もう、聞き分けなさいよそのくらい!」

「貴様の頼みでも聞けぬわ!」

「ま、マリノ、少し落ち着いて…」

 ギルバートに掴みかかろうとするマリノちゃんをノエルちゃんが必死に抑える。

「ここでの戦闘訓練は魔物を倒すことよりも魔法の実習が目的なんだ。だから武器も箒限定なんだよ。皆で力を合わせて倒さなきゃ」

「ふん、こんなレベルの低い者達とやっていては力にならぬ。我輩はお前達と組みたい」

「そんな無茶な…」

「ならば試してみてはどうじゃ?」

 言葉に詰まる僕に助言するかのように闘技場の観客席から聞こえた声。

『ドクターエックス!!』

 その場の全員が老人の名を叫ぶ。

「試す、というと?」

 僕の代わりにフレッドさんが尋ねた。

「セシル、ギルバートがお前のパーティに入る素質があるかどうかをな」

「僕が?」

「そうじゃ。幸い魔物も若干残っておるようじゃし、そやつらとギルバートを相手に戦闘を行うのじゃ。ギルバートが戦闘不能になった時点でお前達の勝ちじゃ」

「へぇ、面白そうじゃない。セシル、受けちゃいなよ」

 マリノちゃんは俄然やる気でいる。

「ギルバートよ、お主が勝てば戦闘の訓練時のみ特別にセシル達パーティと実戦をすることを認めよう」

「その言葉に偽りないな、ドクターエックスとやら!」

 いきり立つギルバートにドクターエックスは愉快そうに髭を撫で回している。

「そういうことだ。我輩達と勝負だセシル!」

 はぁ、どうしてこうなるんだろう。僕は考えた末に一つの提案をギルバートに突きつけた。

「僕達が勝ったらファトシュレーンのやり方で訓練を行うこと。それが守れるのなら相手になるよ。不本意だけど…」

「いいだろう。お前達が勝てば我輩は二度とこのような不祥事は起こさないと約束しよう」

「約束したからね?」

 僕はギルバートとアイコンタクトを交わし、携帯用の杖を構えた。

「皆、少しの間だけ我慢して付き合ってくれないかな。この埋め合わせはいつか…」

「わかっているよ。お前が悪いんじゃない」

「そーそー。悪いのはギルちゃんだもん。だからギルちゃんには……いたーいお仕置き大作戦だぁ!」

 リプルちゃんは携帯用の杖を振り回しながら戦闘態勢に入った。

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