DEATH Ⅱ 『The Lovers』
過去の記憶。
人間だった頃の記憶。
ほとんど残っていない。
楽しかった事、悲しかった事……全く思い出せない。
僕と共存する、この胸の痛み。
激しく胸に突き刺さる痛みを今でも鮮明に覚えている。
何が原因でこの痛みがあるのかは、全く思い出せない。
とにかく激しい胸の痛みだけが残っている。
僕はベッドの上で天井の一点を見詰めながら、過去を思い出そうとしていた。
何気無く視線を横にやると、僕の隣で丸くなって気持ち良さそうに眠るJOKERが居た。
『君は悩みが無さそうでいいね』
と僕は言い、JOKERを起こさぬよう慎重に起き上がった。
気分転換する為に僕は部屋の扉を開け、外へ出た。
見上げると、そこには白一つ無い、澄み切った青が広がっている。
『この空も今日は、JOKERと同じで悩み無しか』
僕は目的も無く歩いた。
その途中、道端に咲いている色とりどりの小さな華達に眼を奪われた。
『近くにこんな綺麗な華が咲いていたとは……』
つい見過ごしてしまう、そんな小さな場所にも綺麗なものはきっとある。
僕は色違いの華を幾つか摘み、ローブの内に仕舞った。
『そろそろ、JOKER起きたかな?』
僕は部屋に戻る為、来た道を引き返す。
……
……
……
部屋の前に着き、扉の取っ手に手を掛けた時、僕の嗅覚に何か訴えかけてくる香りが風に運ばれてやってきた。
『これは、死期の香り……』
僕は死期の香りに招かれ、気付けば、とある病院の入口に立っていた。
香りのする方へ歩を進めると、徐々にその香りが強くなってきた。
『此処か……』
病室に入ると、長く綺麗な黒髪の女性がこちらに背を向け、ベッドに横たわっていた。
僕は、その女性の顔をそっと覗き込んでみた。
……
その女性の顔を見た途端に僕は、とても複雑な心境になった。
『今日は、こんな物……要らないよね』
と僕は手にした大鎌を床に落とした。
そして僕は、その女性に対して深々と御辞儀をした。
今、僕の眼の前に居る女性 。
僕が純真無垢だったあの頃に好きだった人。
僕の生涯で唯一、愛していた人。
僕の初恋の人。
この現実を呪い、変わり果てた君の姿を見て、僕は涙が零れ落ちるのと同時に君を強く抱き締めた。
その瞬間、眩い光が二人を包んだ。
病室に居た筈の二人が今、居るそこは僕の記憶の中にあるとても懐かしい場所だった。
僕が君を何時も眺めていた場所。
僕の思い出の場所。
僕の大切な場所。
僕の眼に映るその女性の体は、あの頃の元気な姿に戻っていた。
硝子の扉に僕が映る。
白骨化していた僕の体も昔の姿を取り戻していた。
『ずっと想いを伝えられず、何時も遠くから君だけを見ていたよ』
……
『今思えばあの時、君に僕の想いを伝えていれば……』
僕は呟いた。
すると女性は僕の耳元に寄り、一言こう言った。
『私も貴方の事をずっと想い続けていました……』
僕は膝から地面に崩れ落ちた。
『ごめんね……』
そこで僕は気を失った。
目覚めると僕と女性は病室に居た。
そして、二人の姿は元に戻っていた。
女性は何か言いたそうな表情で僕を見ている。
僕は女性の口元に聴覚を傾けた。
『嬉しかった……ありがとう……』
と弱々しく囁き、ゆっくりと瞼を下ろした。
僕からのせめてもの餞。
苦痛を与えず、静かに永久の眠りへと君を誘う。
『優しい死を君に……』
僕は仕舞っていた華を手向けた。
桜散る道を一人、帰路につく。
どれだけ嘆いても変わる事の無い現実。
この切ない想い……僕はずっと忘れない。
風に散りゆく無数の桜の花片は、僕の涙を優しく拭った。本当に大切なものを忘れていませんか?
近くにある大切なものを見失っていませんか?
気付く事が出来なければ、もう二度と巡り逢う事は無いかもしれません。
気付いた頃には既に手遅れかもしれませんが……。
今、この瞬間にも蝋燭の灯火は大きく揺らいでいるのですから。