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十六七の少女達

 菜乃花は相手に合わせしまったことに少しばかりの罪悪感を感じた。しかし、目の前に座っている椿という少女の屈託のない笑顔にやられ、その罪悪感は溶けたように消えていく幻を思った。

 菜乃花と椿はイワタコーヒーへ足を運んでいた。

 店内の奥の席に二人で座り、一つ席を挟んだ先に見える中庭を時折覗き見ていた。

 暖かみのある日差しが葉に透き通るように当たり、そこから緑色を含んだ明るさのある光が庭を照らしていた。

 菜乃花は中庭に背を向けるようにして座り、椿はその中庭にいつでも目をやれた。菜乃花は振り返りはするものの、周りの目を憚り一、二度程振り向いただけだった。

「菜乃花、席替わろか?」と椿は菜乃花に言うも、菜乃花は首を横に振るだけだった。

「うちは大丈夫。ここ、椿が来たがって来たんやろ? うちはたまに後ろ向いて、それで満足やさかい」

 菜乃花はそう言って、椿が先程のような菜乃花に向けたような笑みをした。椿の肩にもかからない丸みのある髪が菜乃花に可愛らしい印象を与えた。それでいて、銀色のネックレスにイヤリングをしているその姿は椿には似合わないように思えながらも彼女に大人びた面立ちを与え、菜乃花は目の前にいるのが椿ではない女性のように思え、その瞬時に緊張を思う事があった。

 そしてしばらくすると、二人が頼んだホットケーキが運ばれてきた。

「これこれ、うちが食べたかったやつ」

 椿は子供のように目を輝かせながらその、普通のよりも分厚い二枚に重なったホットケーキを見つめていた。

 菜乃花は椿が頼んだのを流れに任せて、同じのを頼んだが、そのホットケーキを見て、椿程でないにしろ、椿と同じのを頼んでよかったと安堵していた。椿はホットケーキの上でバターを溶かし、シロップをホットケーキ全体に掛けて、ナイフを手に取り、緩やかにホットケーキを切っていった。その慣れたような手つきに菜乃花は椿の女の子らしさをひしひしと思った。それは自然によってできるものなのだろうか。椿のような少女特有の可愛らしさを持ち得た者だけが手にする事ができるのだろうか。

 椿は菜乃花の方を見ながらホットケーキを口に入れた。

「おいしい。幸せや。ここ来た目的果たせたわ」

 椿は嬉しさのある声をあげ、菜乃花もそれに続いてホットケーキを口にした。

「うん、おいしい。スポンジが大きいさかい、食べ応えすごいなぁ」

 菜乃花はホットケーキを口にすると、その甘みを消すかのようにコーヒーを口にした。

「椿は一口が大きいなぁ」

 椿は菜乃花のその言葉を聞くと恥ずかしそうに手で口を隠し、菜乃花に救いを求めるような目つきをした。

「気にせんといて、うちしか見てへんし」

「菜乃花に見られるんが嫌なんよ」

 椿はそれからは菜乃花を気にして、小さくホットケーキを口にしていた。菜乃花はまずい事を言ったなと思いながらも、そんな椿を愛おしく思った。

 椿はカフェオレを手にして、ふと、菜乃花を見つめた。

「菜乃花の飲んでるコーヒー、おいしい?」

「うん、おいしいえ。苦いけどな」

「一口ええ?」

「ええよ。椿のカフェオレもうちに一口ちょうだい」

 二人はお互いが飲んでる飲み物を一口だけ味わった。

「コーヒー飲んだあとにカフェオレ飲むと、余計甘ぉ感じるなぁ」

「こっちは逆で、苦味が余計に感じるわ」

「でも、意外と平気そうやな。椿、苦いん苦手やと思うてた」

「好きやないけど、嫌いやないえ」

「意外と大人なんやなぁ」

 菜乃花は椿くらいが少女と女の狭間にいるのだと思った。ホットケーキを頬張る少女は菜乃花には手の届かない存在に思えた。自分にはなれない神様のような者であった。

 二人はそろそろ小町通りに出ようかと話し合い、店を後にした。

           ・

 その日の夜、鎌倉ホテルに二人はベッドを一つにして横になっていた。

「椿、あんたが選んだホテル、なかなかええなぁ。部屋の照明が淡い色で、なんやエモいわ」

「おおきに。でも、菜乃花が行きたがってた旅館も、うち行ってみたかったなぁ」

 旅行に行く際に、ホテル選びでホテルか旅館かで意見が割れていた。じゃんけんをして、菜乃花が勝ち、豊饒閣という旅館に電話をしたのだが、なんでも豊饒閣は休業しているということで、椿の望んだ鎌倉ホテルが選ばれることになった。

「友恵、今ごろ何してるんやろな?」

 椿は天井を見ながら言った。それに従うように菜乃花も上を向いた。

「彼氏と一夜やろ。決まってるやん」

「菜乃花、変なこと言わんといて」

「変なことって、こんなん?」

 菜乃花は椿の方へ顔を向け、椿の唇に自分の唇を重ねた。小さく唇に触れ合う音が生々しく二人の耳に響いた。

「この先も、うちはできるえ。椿は?」

「うちも……大丈夫やえ」

「ほんま? 無理したらあかんえ。嫌やったら言うてええし」

 菜乃花はそう言うと椿に再び口付けをして、舌を椿の口の中に入れ込んだ。

 生暖かい匂いが椿の触れた唇から菜乃花の鼻に感じられ、舌と舌が蠢き合う感触がどこか性的を超えた尊いものがあった。

 椿から声が漏れ始めた。菜乃花はその声を合図に、椿のお腹の上に乗り、彼女の顔の横に手を置いた。椿は手を置いた拍子に感じるベッドの軋みで菜乃花の手を見つめると、自身の手を菜乃花の手に触れさせた。二人はそのまま目を合わせ、手を握り、指を舌と舌のように絡ませた。

 菜乃花は椿の唇を自由にさせた。お互いに荒い息が漏れていた。菜乃花は椿の上に跨ったまま、放心していたが、ふと、椿の上から離れ、彼女の横に添った。

「ごめん、重たかった?」

「大丈夫。菜乃花、軽いし」

「椿かて軽いやろ?」

「うちは菜乃花より背ぇ高いんやえ。菜乃花より軽いわけあらへん」

 椿は菜乃花に耳を弄られ、甘い声が椿の話しを邪魔をした。

 その様子が菜乃花には面白く感じられ、わざと椿が話している時に彼女の耳を触れた。

「もう、やめてぇ。菜乃花はいけずなんやから」

「ごめんごめん。でも、椿には自分のこと悪ぅ言うん、聞きとうないし」

 椿は不貞腐れたのか菜乃花の反対側を向いた。

「椿?」

 椿は何も答えなかった。菜乃花は再び、椿の耳に触れた。

「やだ、すぐいけずする」

「だって無視するんやもん」

「それは菜乃花がしつこいさかいやろ」

 菜乃花は身体を起こし、椿を見つめた。

「ごめん、もうせぇへんよ」

「絶対せんといてな。気分、おかしゅうなるし」

 その言葉の意味を菜乃花は聞かなかった。椿は顔を赤くして、どこか遠くを見ている。

「どないしたん? 気分悪いん?」

「ううん、友恵のことでな。うちらのこと隠してるん、罪悪感感じてしもて」

 菜乃花は椿の言葉に自身の流されやすい性格が織りなす椿への微かな嘘を思った。

「いつかは言うた方がええんかな?」

 椿は純粋な目で菜乃花を見つめた。

「うちは言わん方がええと思う。それが友恵のためでもあるし。友恵、ショック受けるやろうし、裏切られた思うかもしれへん。たぶん、友達でもおれへんようになると思う」

 悲しげな目を椿から向けられて菜乃花は先程の椿のようにどこか遠くを見た。

「でも、うちもモヤモヤしてるえ。友恵に秘密にするんも悪い思うし、裏切ってるって思うこともしょっちゅうある。ただ、これを友恵に言うんも、自分のエゴみたいな気ぃするんよ。友恵のこと思うなら、秘密にしとく方が傷つかへんのちゃうかなって。でもそれは、うちらがずっと罪悪感背負うことになるんやけどな。うちはその覚悟あるえ。椿はどない?」

「うちもあるえ。でも、罪悪感はきっと菜乃花と同じくらい感じてる。この苦しみから逃げたいだけで友恵に打ち明けて、友恵も応援してくれて万事解決、みたいな都合ええ想像もしちゃうんよ」

 椿が可憐に見えるのは夜のせいか、それとも部屋の照明が淡い色合いのせいか。菜乃花はそのどちらもがあると思った。ただ、それだけではなく、菜乃花自身の先程の前戯が椿が自身に持ち得ない憧れを纏わせて見ているからなのであろうと思われた。

 椿と菜乃花が愛し合ってるのも所詮は前戯止まりである。友恵のような男とセックスを楽しむような関係には女同士ではなれないのである。椿はどこまで自分を愛しているのか、菜乃花のような同性愛者ではない椿はいつか自分を捨ててしまいそうに思え、それが物凄く不安であった。

 これが彼女にとってはただのプラトニックなものであるのか。本気であるのか。それを聞くのは怖かった。もし前者であったなら、菜乃花はきっとその事実に直面したら、友恵どころか、椿の前にすら姿を現さないであろうと思われた。

 友恵に打ち明ける事よりも椿の心意の方が菜乃花には物憂げに写った。

 前戯に持ち込めたのは菜乃花にとって良い結果だと思った。ここで拒否をされてしまえば椿の心の性を知る事になったのである。しかし、椿は拒否をしなかった。それは椿が少なくとも菜乃花を求めていた証拠であるのだ。

 鎌倉の地で菜乃花は初めて椿の心を抱いた。それは友恵がいないのもあったからでもある。除け者にしているわけではないが、菜乃花にとって三人でいる時に友恵を邪険に思ってしまうこともあった。それが余計に自己嫌悪と罪悪感に陥る理由であった。

 元々は三人で行く予定であったが、その日に友恵は彼氏とのデートが入り、そちらを優先した。椿と菜乃花にしても残念に思うことはあったが、お互いにとっても恋人同士といる方が良いのであると思い、友恵には恋人を優先させた。

 菜乃花は二人で旅行できてよかったと思っている。恐らく友恵がいた時よりも嬉しさはあるはずであった。しかし、椿はどちらも同じように、もしかしたら、友恵がいた方がよかったとも思っているように思えた。ただ、それは純粋な思いでそちらの方が正解なのであった。

 椿を横にしながら、椿を手に取るように知り得たいと菜乃花は思った。

 汗ばんだ浴衣を脱ぎ、菜乃花は椿に自身の裸を見せつけた。

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