勇者パーティの新人が正義すぎて全部壊した
人族と魔族の戦争は、数百年続いていた。
しかし。
勇者パックスが現れてから
人族の死傷者は、一人も出ていない。
民衆は言った。
彼こそ、真の勇者だと。
⸻
魔王城。
黒い魔気をまとった巨体が、グラスを傾ける。
「……これはいい酒だな」
三メートルを超える体躯。角。重圧。
魔王。
その隣で、パックスが慣れた手つきで酒を注ぐ。
「人間界のウイスキーでございます」
「ゴブ酒とは違う。香りがいい」
「でしょう?」
パックスは笑みを浮かべる。
「いやぁ、さすがです。魔王様――いや、お義父さん」
「やめろ」
即座に切り捨てられる。
「まだ正式に結婚はしていない。和解が成立してからだ」
魔王はそう言って、グラスを揺らした。
パックスは軽く肩をすくめる。
「その辺は任せてください。国王とも話はしてます」
そして、少し声を落とす。
「それまでは――いつも通り、傷は最小限で」
魔王は小さく頷いた。
「……ああ」
⸻
ふと、魔王が口を開く。
「……お前の剣は通らんだろうな」
「ええ、火花しか出ませんでしたね」
「当然だ」
一口、酒を飲む。
「我の魔気に対抗できるのは、聖魔法を付与した武器のみ」
パックスの目がわずかに細まる。
「それと、右目は見えていない」
「弱点バラしすぎじゃないですか」
「構わん」
間。
ほんの少しの沈黙。
「心臓は右脇腹の下だ」
パックスは、少しだけ笑った。
「……ほんとに大丈夫ですか」
「酒の席だ」
魔王は気にしない。
⸻
テーブルの端を指差す。
黒い板。
「何かあれば、それで連絡しろ」
「スマホですね。便利ですよ」
⸻
後日。
王城。
「素晴らしいぞ!! 勇者パックスよ!!」
玉座から響く声。
「ここ数年、人族の死傷者はゼロ!!」
「は、はぁ……」
「あと少しだ!!」
国王が拳を握る。
「この数百年の戦争を終わらせるのだ!!」
「……はい」
⸻
城を出て。
パックスは空を見上げた。
少しの間、そのまま。
「……今日もだめか」
⸻
「今日も魔法、頑張ります!」
元気よく手を上げる少女。
“ 大魔道”シャナ。
魔法適正15。
平均の十分の一以下。
「水魔法なら任せてください!」
ちょろ、と水が出る。
パックスが無言で頷く。
「……乾燥対策にはなる」
⸻
「怪我したらすぐ言ってくださいね!」
“ 聖女”エルザ。
だが。
「応急処置は得意です!」
手には包帯と消毒液。
パックスが確認する。
「聖魔法は?」
「……たまに効きます!」
⸻
「援護は任せてください」
弓を構える少年、
“ 神弓”ハル。
矢を放つ。
まったく違う方向へ飛ぶ。
パックスが静かに言う。
「任せるよ」
⸻
その横で。
目を輝かせる青年。
「勇者様!!」
新人、レック。
国王推薦で勇者パーティ入り。
「あなたの本を読んで育ちました!」
真っ直ぐな目。
「祖父母は魔族に殺されました!」
パックスは一瞬だけ視線を落とす。
ほんの少し。
「……そうか」
「でも勇者様は違う!」
レックは拳を握る。
「無駄な殺生をしない! 人を守る!」
パックスは小さく呟いた。
「……やめてくれ」
⸻
世界一のポンコツパーティと
馬鹿にするものもいた。
“ 大魔道”シャナ
“ 聖女”エルザ
“ 神弓”ハル
三名は勇者パーティ選抜において
圧倒的最下位の成績だったが、
勇者の鶴の一声により
パーティ入りする。
「まさか」
「勇者殿正気ですか」
「とんでもない暴挙だ」
そんな声もあったが
パックスの実績により
次第に声は少なくなっていた。
⸻
後日。
戦場。
東門。
予定通り、人族が攻め入る。
⸻
魔族側。
最前線に立つのは――
魔王軍四天王。
戦慄のポワロ。
魔王に仕え五百年。
戦場を統べる参謀。
その存在だけで、人族を震え上がらせる魔族。
その背後に、三つの気配。
激昂のパルス。
残穢のピサロ。
漆黒のポイズン。
四天王。
魔王軍最強の象徴。
⸻
ポワロが口を開く。
「人は脆もろい」
低い声が響く。
「手加減しろ」
部下たちが一斉に頷く。
「急所は禁止。致命傷も避けろ」
一拍。
「予定通りなら、一時間で終わる」
誰も逆らわない。
それが、この男の威厳いげんだった。
⸻
やがて。
パックスが前に出る。
ポワロと視線が交わる。
わずかな沈黙。
ポワロが近づく。
「……例の物は?」
周囲に悟られないよう、パックスが差し出す。
一冊の本。
ポワロの指が、それを受け取る。
表紙を見た瞬間。
ほんの一瞬。
表情が崩れた。
「……新刊か」
「はい」
パックスが小さく頷く。
ポワロはページを一枚だけめくる。
止まる。
閉じる。
⸻
かつて。
魔王の娘プリンと勇者の婚約を聞いた時。
ポワロは、言葉にできない感情を抱えていた。
怒りとも、諦めともつかないもの。
そこへ現れたのが、勇者パックスだった。
「これ、人族のですけど」
差し出された一冊。
エロ本。
ポワロは拒もうとした。
だが。
数秒後。
ページをめくったあと。
静かに言った。
「……勇者パックス」
「私にできることがあれば、言え」
⸻
現実。
ポワロが低く言う。
「……勇者パックス」
「また来週、新刊頼む」
パックスは苦笑した。
「ポワロさんも好きですねぇ」
⸻
二人は距離を取る。
剣を構える。
ポワロが問う。
「今日は?」
「東門を少し壊して帰ります」
「了解」
いつもの戦い。
そうなるはずだった。
「勇者様ぁぁぁ!!」
その声が、すべてを壊した。
パックスが叫ぶ
「待て」
レックが飛び出す。
「あなたの戦いを見てきました!!」
ポワロが眉をひそめる。
「誰だ?」
「勇者パーティ新人だ!」
レックが剣を振り上げる。
「あなたは無駄な殺生をしない!!」
「待て」
「だから!!」
「待て」
「俺が討ち取ります!!」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
時間が止まる。
「待て!!」
ザンッ。
血が、飛ぶ。
ポワロの体が崩れる。
宙を舞う首。
静寂。
レックがそれを掲げる。
「討ち取りました!!」
⸻
ポワロの首。
その目が。
ゆっくりと。
パックスを睨む。
時間が止まる。
パックスは、目を逸らした。
「……違う」
⸻
「勇者様!」
レックが笑う。
「勇者様の教え通りです!!」
視線が刺さる。
まだ、見ている。
「……違うんだ」
ポワロの口が、わずかに動く。
「……これが……貴様の答えか……」
ぐったり。
⸻
戦慄のポワロ、死亡。
⸻
一瞬の沈黙。
その後――歓声。
「勇者様が四天王を討ち取ったぞ!!」
「すげえ!!」
レックが誇らしげに立つ。
⸻
「え?勇者がポワロ様を?」
「話がちがうくね?」
「和解は嘘だったのか?」
ざわつく魔王軍
⸻
パックスは動けなかった。
ポケットの中で、スマホが震える。
取り出す。
画面を見る。
パックスの指が、止まる。
(……なんて送る)
⸻
数秒。
⸻
打つ。
⸻
グループチャット
人と魔族の和解大作戦
⸻
パックス
すいません
新人がポワロさん殺っちゃいました
⸻
激昂のパルス
やばっ
⸻
漆黒のポイズン
奴は四天王最強……
⸻
残穢のピサロ
貴様!裏切ったのか!卑怯者が!
殺す、今すぐ殺してやる!
さぁ魔王様ご命令を!
⸻
既読が、一斉につく。
⸻
一瞬。
沈黙。
⸻
魔王
スタンプ(ぴえん)
⸻
「……え?」
⸻
残穢のピサロ
メッセージを取り消しました
⸻
パックスは空を見上げた
───
後日。
西門。
激昂げっこうのパルスが、豪快に笑っていた。
「おい勇者!」
巨大な斧を肩に担ぎながら、酒瓶を振る。
「今日も持ってきてくれたんだろ?」
パックスは苦笑しながら懐を叩く。
「ええ、もちろん」
瓶を渡す。
パルスはそのまま一口あおった。
「くぅっ……やっぱりこれだな!」
喉を鳴らす。
満足そうに笑う。
⸻
この男は、単純だ。
強さと、酒。
それだけでいい。
だからこそ。
ウイスキー1つで、心を許した。
戦場のど真ん中で酒盛り。
後方ではレックが身を乗り出す。
「勇者様、あれは……」
「下がってろ」
パックスは即答した。
一拍。
「今日は穏便に終わらせる」
⸻
斧と剣が軽くぶつかる。
演技のような戦い。
「もっと来いよ勇者」
「これでも抑えてますよ」
軽い笑い。
いつも通り。
のはずだった。
その時だった。
後方から、聞き慣れない発音。
「……ᚷᛖᛏᚾᛟᚲ ᚾᛟᚲ」
「ᚨᛒᛋ」
「……ᛉᛖᛏ」
“ 大魔道”シャナだった。
小さな体が震えている。
だが。
その口から紡がれる言葉は。
聞いたことのない音。
意味を持たないはずの響き。
だが。
空気が、歪む。
パックスが振り向く。
「……おい?」
言葉が続く。
古い。
あまりにも古い。
世界に残っていないはずの言語。
大気が軋む。
空間が、ひび割れるように揺れる。
シャナの目が、光る。
禁忌古代魔法。
“ 絶”
音が、消える。
空間が、消える。
そこにいたはずのパルスが。
存在ごと。
消えた。
「……は?」
パックスの声が遅れて出る。
静寂。
酒瓶が、地面に落ちて転がる。
「……え?」
パックスはシャナを見る。
さっきまで、水鉄砲を出していた少女。
シャナは、自身の魔力を感じながら。
「……覚醒しました!!」
パックスは、ゆっくり空を見上げた。
(……なんで今)
「……帰りたい」
⸻
北門。
残穢ざんえのピサロが走る。
速い。
とにかく速い。
⸻
この男は、忠義だ。
魔王の強さを、誇りとしている。
だからこそ。
それを語った勇者を、受け入れた。
「見えるか、人間ども!」
残像が幾重にも重なる。
兵士たちが混乱する。
パックスも目を細めた。
「……さすがだ」
撤退を口にしかける。
その瞬間。
「任せてください!」
“ 神弓”ハルが弓を引く。
「無差別流星群!!」
空に放たれた矢。
数百。
無秩序に降り注ぐ。
しかし、
当たらない。
誰にも。
すり抜ける。
「……当たらないな」
パックスが呟く。
ピサロが笑う。
「遅い!」
避ける。
避ける必要のない攻撃を。
その先に。
一本。
矢が。
刺さる。
「……は?」
時間が止まる。
ピサロが、自分の胸を見る。
崩れる。
そのまま、倒れた。
静寂。
ハルが嬉しそうに。
「……当たりました!!」
パックスは目を閉じる。
(……やめてくれ)
「……帰りたい」
⸻
南門。
漆黒のポイズンが爪を振るう。
「これが我の毒だ」
⸻
この男は、欲だ。
地位。
名誉。
それを餌に、繋いだ。
パックスが大袈裟にのけぞる。
「ぐっ……!」
少しヒリヒリする。
それだけだった。
「効いたか?」
「……ええ、それなりに」
軽いやり取り。
――まだ、戻れる。
そう思った。
「勇者様!!」
レックが叫ぶ。
「危ない!!」
「いや別に――」
言い終わる前に。
シャナ、ハル、レック。
三方向からの連携攻撃。
ドン。
ポイズンが吹き飛ぶ。
動かない。
「……え?」
パックスは立ち尽くした。
エルザが駆け寄る。
「大丈夫です!」
消毒液を取り出す。
「ヒリヒリ、消しますね!」
「……ありがとう」
パックスは空を見上げた。
(……全部、壊れた)
そして。
魔王城。
門が開く。
そこにいたのは。
圧倒的な存在。
魔王。
空気が、変わる。
重い。
兵士たちが足を止める。
震える。
本能が拒絶する。
レックが前に出る。
「こいつが……魔王……!」
剣を握る。
「倒す!!」
突撃。
ハルも矢を放つ。
当たらない。
魔王が、腕を振るう。
それだけで。
レック、ハル、シャナ。
まとめて吹き飛んだ。
「……小賢しい」
パックスだけが残る。
その時。
⸻
頭の奥に声が響く。
『パックス』
⸻
魔王の声。
念話。
『我は長く生きすぎた』
『人を殺めすぎた』
パックスは、何も言えない。
『我を殺せ』
『英雄となれ』
喉が、詰まる。
『プリンを……頼む』
パックスの手が震える。
エルザが剣に触れる。
「……いきます」
淡い光。
聖魔法。
パックスが踏み込む。
剣を振るう。
初めて。
魔王の身体に
傷が入る。
⸻
「……やっぱりか」
右へ回る。
死角。
懐。
(聖魔法がなければ通らない)
(右目は見えていない)
(心臓は――)
踏み込む。
「……全部」
剣を突き出す。
「あなたに教えてもらったことだ」
心臓を貫く。
魔王の体が揺れる。
その時。
「待ってください!!」
レックが、立ち上がる。
足は震えている。
血で汚れた顔。
それでも。
前を向く。
「……なんだ」
パックスの声は、低い。
「分かりませんか!?」
レックの声が、裏返る。
「魔王が……泣いてる!!」
静寂。
パックスが、視線を向ける。
魔王。
巨大な体。
胸には、剣。
血が流れている。
その顔。
確かに。
涙が、流れていた。
「……ああ」
短い返事。
レックが、叫ぶ。
「だったら――」
言葉が詰まる。
息が荒い。
それでも、絞り出す。
「和解……できるんじゃないですか?」
誰も動かない。
「これ以上、血を流して……」
声が震える。
「何になるんですか!!」
その声は。
戦場に、響いた。
兵士たちが、顔を上げる。
魔族たちも、動きを止める。
レックが、一歩踏み出す。
「俺のじいちゃんも、ばあちゃんも……」
歯を食いしばる。
「魔族に殺されました!!」
空気が、張り詰める。
「だから、俺は……」
拳を握る。
「ずっと、魔族は悪だって思ってた!!」
涙が、落ちる。
「でも!!」
叫ぶ。
「勇者様は違った!!」
パックスの肩が、わずかに揺れる。
「誰も殺さない!!」
「誰も死なせない!!」
声が震える。
「それでも、戦ってた!!」
一歩。
また一歩。
「俺……」
息が詰まる。
「それが、正しいと思ったんです」
沈黙。
「だから……」
周りを見る。
人族の兵士。
魔族。
「もう、やめませんか?」
その一言。
カラン。
誰かの剣が、地面に落ちた。
一人。
また一人。
武器を、手放す。
魔族側でも。
槍が、落ちる。
爪が、下がる。
誰も、動かない。
ただ。
立っている。
血の匂いの中で。
レックが、震える声で言う。
「戦争って……」
涙が、止まらない。
「勝つためだけに、やるんですか……?」
パックスは、何も言えない。
魔王が、かすかに息をする。
苦しそうに。
レックが続ける。
「僕……」
声が、震える。
「間違ってますか?」
長い沈黙。
風の音だけが、通る。
パックスは、目を閉じる。
(……ふぅ)
ゆっくりと、目を開ける。
そして。
「……いや」
静かに。
「正しいよ」
~完~




