第5章「戻れなくなった、あの日・前編」
ご訪問ありがとうございます、OKUTOです。
本日は第5章「戻れなくなった、あの日」前編をお届けします。
じっとりと、けれど確かに──
少女の心と身体を蝕んでいく、蛇のような悪意。
どうか、りりあの行く末を静かに見守っていただけたら幸いです。
頭の中に染みついて、とれない風景。
放課後の体育倉庫裏──
誰の目にもつかないその場所は、
悪意を持った影が、静かに獲物が来るのを待ち構えているように、
じっとりと…空気が澱んでいた。
「へぇ…これが噂の飛星ってやつか。とてもそうは見えねぇけどな」
男の視線が、ねっとりと、りりあの肌を這うように絡みつく。まるで飢えた蛇が、小さな動物の息づかいすら楽しむように、じりじりと距離を詰めながら、逃げ場のない檻の中で狙いを定めているかのようだった。
「…清美ちゃん…この人…誰?」
「わたくしのお友達よ。飛星さんの"助け"になってくださるって」
その"助け"という取り繕った言葉の裏に、禍々しさが滲み出ていた。
清美が「拳児 (けんじ)先輩」と呼ぶ男──
口元に貼りついた薄笑いが、りりあの背筋に冷たいものを這わせる。
これが“男の勲章”だと言いたげな佇まい。
拳児にとって、金髪と学ランはただの服装ではない。
それは、力を誇示するための道具であり、同時に弱い者を見下すことでしか、
存在価値を確かめられないような、そんな弱さの裏返しでもあった。
「そうなんですの拳児先輩、わたくしも最初は疑いましたわ。…でも──」
「ふ~ん、まぁ俺はなんでもいいけどよ。お前が貸してくれるっつうんなら」
住む世界が違う人間だと一目でわかる、粗暴な立ち振る舞いがさらに不安を掻き立てた。
「え~どうぞお好きになさって、じゃあ、あとはよろしくね飛星さん」
りりあに依存する意味はなく、そこにあるのはただの支配欲──
それだけが清美を強く突き動かしていた、恍惚の表情を浮かべ去っていくその後には、冷めた悪意の残り香だけが辺りを漂わせていた。
「さ、行こうか。面白い話たくさんあるからさ」
りりあの腕に噛みつく、決して逃れることはできない蛇の牙。
「離してっ!」
「威勢がいいね~獲物はこうでなくっちゃ」
この後に起こることを容易に想像し、さらに強く牙を食い込ませ、嘲り笑う拳児。
「違う」「やめて」「助けて」──
誰にも届かない心の叫び声が、静寂の中に響き渡る。
りりあは、行ったら戻れない場所へと引きずり込まれようとしていた。
* * *
倉庫の扉がギイ…と音を立てて閉まる。
小窓から差し込む夕陽が、色白い小さな体を艶かしく照らしている。
かつて探検ごっこをした場所が、今では逃げ場のない牢獄に変わっていた。
何が起きたのか──
理解しようとしても思考はどこか遠くに置き去りにされたまま。
ただ、埃っぽい空気と、傾いた夕陽、そして自分の鼓動だけがやけに生々しくて、
目の前の世界は真っ赤に染まり、非現実さを感じさせた。
もがけばもがくほど自由を奪われる──
生きたまま蛇に飲まれていくような、そんな感覚がりりあを襲った。
「おっ!お前見た目よりもいいカラダしてんなぁ~」
あどけない容姿とその幼い眼差しからは、想像できない“女性の輪郭”があらわになった。
「あっ!い、いやっ!」
りりあの無垢な抵抗を前に、さらなる衝動に駆り立てられる拳児。
もう理性では抑え切れないほどに。
ぐにゃりと曲がった歪な世界。
先程まで赤く染まっていた夕日も静かな時間の流れも、
淀んだ灰色の世界に染まっていく中、りりあの意識は沈んでいった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
日常の仮面をかぶった残酷さに、ただひとり静かに耐える少女──
胸が締めつけられるような思いで、この章を書きました。
読んでいただいた皆さまの心に
りりあの痛みが、ほんの少しでも届いていたなら嬉しいです。
次回【第5章「戻れなくなった、あの日・後編」】は、【6月3日(火)18時頃】を予定しています。
※この作品は第13回ネット小説大賞応募作品です。