第4章「誰も知らない、りりあの世界・後編」
皆さま、ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
本日は第4章「誰も知らない、りりあの世界」の後編をお届けします。
清美の不敵な笑みが、りりあの心に深い影を落とすその裏で、
ほんの小さな光が──彼女の想いに寄り添うように、そっと生まれようとしています。
りりあが見つけた、心の奥の“強さ”を、どうか最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
柔らかな橙色に染まっていた山並みは、少しずつ藍の帳に覆われていく——。
りりあの気持ちもまた、同じように沈んでいた。
玄関の扉を開ける音に気付き、美沙が迎えてくれた。
「……おかえり、りりあ……」
その言葉に何も反応せず、自室に駆けていく。
その背中を見ながら、美沙はそれ以上何も言えなかった。
薄暗い部屋の中、ベッドに腰を下ろすりりあの姿を街灯の明かりだけが、ぼんやりと浮かび上がらせていた。
三角座りの姿勢で顔を抱え込んだその手には、拓実からもらったルミナのキーホルダーがあった。
「……ルミナちゃん……わたし、どうしたら……」
それは、心が限界を超えた末の幻聴なのか、それとも幼い心が生んだ祈りの声なのかは分からない。
しかし、りりあの胸に灯った小さな”光"は、確かにその言葉に反応した。
《りりあちゃん!負けないで、私たちと一緒にがんばろう!強くなって!》
「……うん……ありがとう、ルミナちゃん……わたし、強くなる……」
自分と家族、そしてルミナの約束を——小さな胸に、深く刻み込み、
りりあはまた一歩、前へと進む決心をしたのだった。
* * *
静かに階段を上がる人影——
夕飯の時間になっても降りてこないりりあを案じ、
優しく扉越しに声をかける美沙の姿があった。
「……りりあ……昨日のこと……」
静かに扉が開いた先に、少しだけ目を赤く腫らしたりりあが立っていた。
「……ママ……ごめんね……」
その純粋な言葉に胸を突かれ、言葉を詰まらせた。
「……りりあ……ママも、ごめんなさい……」
「……弱いわたしで、ごめんね……きっと強くなるから……」
「……!」
その思いがけない言葉に、美沙の頬に涙が伝った。
そして、りりあを強く、強く抱きしめた。今度こそ、絶対に守りたいという想いを込めて。
「りりあぁ……ごめんね……ママ、ずっと味方だから……」
「うん……ありがとう、ママ……」
小さな腕が、そっと母の背中にまわる。
まるで永遠のような、静かな時間を二人は言葉を交わすことなく、ただ抱き合っていた——。
* * *
——翌朝
登校したりりあの前に、清美が静かに現れる。
「飛星さん」
その声は、昨日のような冷たく刺すようなものではなく、
まるで相手を思いやるかのような、柔らかく響く声色だった——だが、その裏に潜むものは、昨日よりもはるかに黒い。
「飛星さん、わたくし……あなたのために、とても良い方をご紹介したくて」
りりあはゆっくりと顔を上げ、清美を見つめる。
その表情は、昨日の怯えた少女ではない。
ルミナとの約束、家族との誓い、自分自身の誇り。そのすべてを抱いて前を向く、確かな意志に満ちていた。
「……まぁ、何だか雰囲気が変わりましたわね?あなた……」
清美は、微かに目を細めた。
「まぁよろしくてよ。先ほどの話ですけれど、あなたにぜひご紹介したい方がいらっしゃるの。放課後、また“あの場所”に来てくださる?」
りりあは一言も返さず、ただ小さく頷いた。
その無言の返事には、“屈しない”という強い意志が宿っていた。——昨日までの自分とは、もう違うのだと。
「ふふ……よかったわ♥ じゃあ、お待ちしてますわね……」
清美の口元が緩み、口角がゆっくりと吊り上がる。
その笑みは、美しくすらあるのに、どこか歪で——明らかな悪意を孕んでいた。
りりあの背後に、不穏な気配が張りつき、
まるで逃げ場のない檻がゆっくりと閉じていくかのように、
確実にその身を捕らえようとしていた。
無色透明だった、りりあの世界——。
それは静かに、灰色へと濁りつつあった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
物語は、ちょうど折り返し地点を迎えました。
ここから、りりあを取り巻く世界は大きく動き出します。
けれど少女は、信じる者との約束、家族の愛情を胸に、
傷つきながらも──それでも前へ、そっと歩き出そうとしています。
次回【第5章「戻れなくなった、あの日・前編」】は、【6月2日(月)18時頃】を予定しています。
どうかこれからも、過酷な運命に立ち向かう少女の物語を、あたたかく見守っていただけたら嬉しいです。
※この作品は第13回ネット小説大賞応募作品です。