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第3章「春雷のように、少女は嗤う・後編」

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

本日は第3章「春雷のように、少女は嗤う」の後編をお届けします。


隠していたことが、暴かれる夜。

疑いと信頼、その狭間で揺れる心。

どうか最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

リビングの灯りが、薄暗い廊下に静かに影を落としていた。


「どうしたんだい、美沙……君らしくない。何があったんだ?」

春彦の穏やかな声が、緊張でこわばっていた美沙の心に、少しずつ落ち着きを取り戻させていく。


「……あの子が……」

「りりあのことかい?」

「……家計簿に挟んでおいた今月のお金が、なくなっていたんです……」

少し間を置き、感情を飲み込むようにして春彦が声に出した。


「……つまり、それをしたのが、りりあ、だと…?」


「だって昨日の夜、急に……“お小遣いを前借りしたい”って言い出して…」

美沙の声には、戸惑いとわずかな怒り、そして何より悲しみが混ざっていた。

春彦は静かに彼女の言葉に耳を傾ける。

「“何に使うの?”って聴いても黙ったままで…“いくら必要なの?”って訊いたら…」

「……なんて答えたんだい?」


「“千円札を30枚”…って……」


「三万円、だね」

「私は“無理よ”って言ったの……。学費とローンの支払いだってあるし……」

「それで、りりあは、どうしたんだい?」

「……“わかった”って……」

その声は、何か大切なものが崩れていくのをただ見ているしかなかった母親の声だった。

「でも今日…家計簿からお金を取り出そうとしたら……一万円札がちょうど30枚、なくなっていたんです」

春彦はしばらく無言で頷いた。そして、優しい目で美沙を見つめながら言った。


「……わかった。僕が直接、りりあと話してみるよ」


美沙の肩に優しく触れながら、春彦は立ち上がった。

静かに階段を上がる春彦の足音は、いつもと変わらぬ優しさを宿していた。


コンコンコンッ

「りりあ、パパだよ。入っていいかい?」


返事はない。ただ、扉は少しだけ開いていた。

部屋の中は真っ暗で、街灯の光だけがベッドの上に、ぽつんと三角座りをしている小さな人影を照らしている。

春彦はそっと隣に腰を下ろし、穏やかな声で語りかけた。

「……ママから聞いたよ。お小遣いの前借りのこと」


三角座りをしている、りりあの手に少し力が入ったのを春彦は見逃さなかった。

「……どうして三万円が必要だったのか、教えてくれないかな?」

少しの沈黙の後、かすかに首を横に振るりりあ。

「……今はまだ話せないってことだね?」

再び沈黙の後、りりあは小さく頷いた。


「……じゃあもし、パパが三万円を渡せるとしたら、どうする?」


その言葉に、りりあがようやく口を開いた。

「……ほんとに…?」

「うん。りりあのためなら、いくらでも用意するよ」

その声には、ただ甘やかすのではなく、娘を信じたいという強い気持ちが滲んでいた。

春彦は封筒から一万円札を3枚取り出し、机の上に置いた。

「……はい、ここに置くよ」

一瞬、光が差したように見えたりりあの顔に、すぐに陰が落ちた。

「……これじゃ、足りないよ……」

「……?」春彦には、りりあの言葉の意味が理解できなかった。

りりあはポケットから、しわくちゃになった千円札を取り出して見せた。


「……これが、30枚必要なの……」


その姿に、春彦はやさしく微笑みながら語りかけた。

「りりあ、この一万円札は、りりあが持っている、この千円札10枚分なんだよ」

「………………」

「つまりね、この一万円札が3枚あれば、千円札30枚と同じ価値になるんだよ」

りりあは、春彦の言葉を頭の中で何度もなぞるように、わからないなりに理解しようとしていた。

「……じゃあ……この3枚と、30枚は……同じってこと?」

「そう。よく分かったね、りりあ。えらいよ」

そう言われたりりあは、少しだけ頬を赤くして、嬉しそうに目を伏せた。


そして春彦は真剣な目で、りりあを見つめながら言った。

「でもね、りりあ。ここにある一万円札3枚と、家計簿からなくなった一万円札30枚は、同じじゃないんだ」

「パパとママが、毎日一生懸命働いて、大切に使うためにとっておいたお金なんだよ」

「……わかるかい?」

少しの間を置いてから、りりあは小さく、しかし力強く頷いた。

「もし、今はまだ話せない理由があるなら……パパたちはその時まで待つよ。でもね、りりあ……」


「これからは正直に生きてほしい。パパもママも、ずっと君の味方だから」


その言葉を残し、春彦はゆっくりと部屋を出ていった。


静かな空間にひとり残されたりりあは、じっと一点を見つめていた。

そしてその目に、ぽろぽろと静かに涙がこぼれ落ちていった。

春彦の優しさが、胸の奥に届いた証だった。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


後編では、りりあと家族との絆、特に父・春彦との関係を丁寧に描きました。

春彦の言葉は、りりあの小さな心にどんな灯をともしたのでしょうか。


次回【第4章「誰も知らない、りりあの世界・前編」】は、【5月31日(土)18時頃】を予定しています。

まだまだ続く物語。引き続き応援いただけたら嬉しいです。

※この作品は第13回ネット小説大賞応募作品です。

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