第3章「春雷のように、少女は嗤う・前編」
ご訪問ありがとうございます、OKUTOです。
本日は第3章「春雷のように、少女は嗤う」の前編をお届けします。
りりあの無垢すぎるゆえの行動がどのような事態に発展していくのか──。
そして、その出来事にりりあの心は押しつぶされそうになります。
皆さまの心に何か響くものがあれば幸いです。
昇降口の喧騒、廊下を走る足音、教室に響く生徒たちの声。
いつもの学校のはずなのに、今日は何かが違って感じられた。
「……おはよ」
普段なら元気に響く、りりあの挨拶も今日はどこか力がない。
その様子にクラスメイトたちはひそひそと小声で囁く。
「なんか……今日の飛星さん、おとなしくない?」
「すごく静か……」
その囁きも、りりあには届いていない。
俯いたまま、自分の席にそっと腰を下ろした。
「飛星さん」
静かで、氷のように冷めた声に、りりあは肩を震わせた。
「今日の放課後、体育倉庫の”裏手"に来てくださる?」
それだけを告げると、清美は去っていった。
すれ違いざま、取り巻きの亀井と岩谷が、りりあの耳元で低く囁いた。
「絶対来いよな~」
「逃げんなよ~」
逃げ道を塞がれるような、見えない鎖がりりあの心を締めつけるようだった。
授業中も休み時間も、背中に刺さる鋭く冷たい視線に耐えながら、
時間だけが過ぎていく。
いつもなら美味しいはずの、母の作ったお弁当──
こんなに昼休みが憂鬱に感じることはりりあにとって初めてのことだった。
* * *
放課後──
ひと気のない体育倉庫の裏手。
そこは、生徒たちがふらりと近づくような場所ではない。
少しやんちゃな連中がたむろするような、"光"の届かない、学校の"影"にあたる場所。
そんな空間に、場違いな少女が一人。
制服のリボンをきっちり締め、鞄を抱えたその姿は、
まるで異世界に放り込まれた主人公みたいに、りりあは戸惑っていた。
「飛星さん。例のモノ、お持ちいただけまして?」
清美の言葉に、りりあは小さく頷きながら震える手で差し出した。
その手には、昨日こっそり引き出しから持ち出した──30枚の札束。
清美たちの目線が札束に集中し、一瞬動きが止まる。
「……あの……これで……」
「……ああ、そう、これでいいですわ」
あれほど冷たかった口調に、今はほんのりと甘さが滲んでいた。
「わたくし……誤解してたみたい、なんだか好きになってしまいそうですわ、あなたのこと♥」
「飛星~よかったな~♥」
亀井の満面の笑みが、なぜだか不安を煽った。
「じゃあね、飛星さん」
りりあの沈黙など気にも留めず、清美たちは軽い足取りでその場を後にした。
それは、冷たい風のように、静かに、頬をかすめていった。
その背を見送りながら、りりあは胸に手を当てた。
──よかった。怒られずに済んだ……。
しかし、りりあの背後では──
「清美さんっ、これ……すげーっすよ……!」
小声で呟く亀井の声。
「えぇ?……これは……一万円札、30枚!?」
「え……マジすか!?三十万……!?すっげぇ~っ!」
「ふふ……前から欲しかったブランドバッグ、これで買えますわね♥」
「いいなぁ~!」
「うらやましいっす!」
清美は取り巻きの二人に、一万円ずつお小遣いのように手渡す。
「ほら、あなたたちにもお礼を。……なんたって共犯者ですもの♥」
「あんな安物のワンピースが三十万円に化けるなんて、世の中まだ捨てたもんじゃありませんわね~♥」
──満足げな甲高い嗤い声が、黄昏の校舎に消えていった。
その頃、安堵に満ちたりりあに知らせるように、
風になびく木の葉の群れが、まるで警鐘のようにざわつき始めていた。
* * *
「ただいまぁ~!」
りりあの声は、少しだけ明るさを取り戻していた。
制服を脱ぎながら鼻歌を口ずさむ、その背中に──
どこか探るような、静かな声が落ちた。
「……おかえり、りりあ」
「あっ、ママ~。お腹すいた~!」
いつものように美沙に甘えるりりあだったが──
その表情が、一瞬で固まった。
「……ママ……?」
──空気が、重い。
「りりあ……お話があるのだけど」
リビングに射し込んだ夕焼けが、室内を赤く染め上げていく。
その光は、冷めた声で詰め寄る美沙の感情と重なるように、静かに、熱を帯びていく。
気づけばその夕焼けは沈むことを忘れたように、ただただ燃えていた——美沙の内側のように。
美沙が確かな力でりりあの腕を掴む。
「い、いたぁいっ……!」
「お金、どうしたの?」
「えっ……?」
「家計簿にしまってあった、大事なお金……どこへやったのっ!?」
美沙の手に力が入り、りりあの腕に食い込む。
「いやっ、違っ……いたぁぁいっ!」
「答えなさい、りりあ!!」
「し、知らないっ!!」
「どうして……どうしてこんなことを……!!」
「やだぁぁああっ!!」
大粒の涙を流し叫んでも、美沙の手は離してくれない。
怒号と悲鳴が渦巻く中、場違いなほど優しい声が割り込んできた。
「ただいまぁ~」
玄関から、穏やかな春彦の声。
洋菓子店で買ったであろう紙袋をぶらさげて、いつもより少し早い帰宅だった。
「パパぁぁぁっ!!」
泣き叫ぶりりあ、美沙の怒気に満ちた顔。
春彦が見たのは、仕事帰りに思い描いていた、
幸せな家庭の風景とはあまりにもかけ離れた光景だった。
──唐突に日常が音もなく崩れかけていく様を、誰ひとりとしてまだ気づいていなかった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
清美たちの手に渡った三十万円、それが、りりあや家族にとって、どれほど大きく重たいものだったのか。
次回、父・春彦の取った行動とは──。
【第3章「春雷のように、少女は嗤う・後編」】は、【5月30日(金)18時頃】を予定しています。
もしよかったら、後編も引き続き覗いていただけたら嬉しいです。
※この作品は第13回ネット小説大賞応募作品です。