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第2章「ひとすじの光、たゆたう影・後編」

こんにちは、OKUTOです。

本日は第2章「ひとすじの光、たゆたう影」の後編をお届けします。


前回、りりあの心を満たす幸せな時間──、そして不意に訪れる黒い影。

りりあがどんな気持ちで向き合うのか、見守っていただけたら嬉しいです。

「ひかりのこころで~♪♫ふんふふん〜」

興奮に胸を弾ませ、チョコといちごの二段重ねのアイスを頬張りながら、夢のような時間の余韻に包まれていた。

プリ☆マジショーの帰り道に買い食いをするのが、お小遣いの少ないりりあにとって贅沢で楽しみのひとつでもあった。

小さく鼻歌を口ずさみながら角を曲がった瞬間、不意に衝撃が全身を駆け巡った。


「…いててて~…」

よろめきながらも立ち上がったその目の前には──

真っ白なワンピースに、見覚えのある冷ややかな視線。

「あー!清美さんっ!お洋服がっ!」

「てめー、飛星じゃねーかっ!清美さんの服、どーすんだよ!」

取り巻きの亀井と岩谷の怒声が響き渡る中、

りりあのアイスは、清美の服の上で溶けかけていた。

「ご、ごめんなさい清美ちゃんっ!」

「清美"さん"だろーがっ!」


「…あら……汚れてしまいましたわ」


声音は冷静そのものだったが、言葉の端々に小さな棘が混じっていた。

見上げたりりあの瞳に、清美の冷めた眼差しが映る。

それは高くて遠くて、まるで裁きを下す神のように感じた。

「これ…お父様に買っていただいた大切なお洋服なの」

その言葉に反応するように、りりあの頭を亀井の手が掴む。

「どーすんだよ!清美さんの大切なお洋服を汚してっ!」

「いたっ、いたぁいっ!」

「乱暴はおよしなさい、お二人とも」

従順なる下婢たちは、その一言に姿勢を正した。


座りこむりりあの前にすっと差し出された清美の手──

一瞬、救いの手かと思わせたその優雅な仕草に、りりあは戸惑いながらも目を上げた。


そして──

「では、飛星さん。……クリーニング代、いただけるかしら?」


差し出された手の本当の意味に気づいたとき、胸の奥がひやりと冷たくなった。

「えっ……?」

「謝るだけで済むと思って?」

りりあは立ち上がり、お気に入りのポシェットからプリ☆マジの絵が描かれた財布を取り出し、

「……いま、これだけしか……」と、しわくちゃな千円札を差し出した。

「はぁ?足りるわけねーだろっ!」

清美の心中を代弁するように亀井が叫んだ。


「……どのくらい……足りないの……?」

「そうですわね…三万円ほど足りないですわ」

「さんまん…えん……」

小さな指で数字を数え始めるりりあに、冷笑とため息が浴びせられる。

「三万円っていうのはね、あなたのその千円札が30枚ってことよ」

「やっさしい~!清美さん、こんなバカに教えてあげるなんてっ!」

亀井たちが反射的に清美を褒め称える。

「……そんなお金、ないよ……」


「ない?…じゃなくて、用・意・す・る・のっ♪お・バ・カ・ちゃ~ん♥」

わざとらしく首をかしげ、ねっとりと絡むような声で言い放つ亀井。

その目には、一切の同情も憐れみもなかった。

ただ、目の前の相手を嘲りながら、じわじわと追い詰めていくのを楽しんでいる、

底意地の悪い笑みだけが浮かんでいた。


「じゃあ、飛星さん──明日、学校に持ってきてね。千円札30枚」

「逃げんなよ~!」「ちゃんと持ってこいよ~」

俯いているりりあを背に嘲笑する声が遠くなっていった……。

地面に散らばったアイスの残骸を見下ろし、呆然と立ち尽くす。

しだいに一つ…二つ…、地面を濡らす音が聞こえる。


天国のようだった時間が、今は遠く霞んで見えた。

不安で胸が締め付けられるような思いのまま、家路に就くりりあだった。


* * *


「…ただいま…」

「どうだった~?ルミナちゃんに会えた~?」

美沙の明るい声が一層、りりあの心に影を落とした。

「……うん」

俯いたまま小さく答えると、自室へ駆け上がった。


夜──

そっと階段を降り、1階へ向かう一つの影があった。

薄暗い居間では、美沙が黙々と家計簿と向き合っていた。

「ふぅ~……今月もなかなか厳しいわね……」

電卓の音がパチパチと鳴る。

声をかけるには、あまりにも重たい空気。

なぜなら、それが”ママの機嫌が悪いサイン"だと知っているから。


「…あのね、ママ…」


電卓の音が止み、空気がさらに重たくなるのを感じた。

「ん?どうしたの?」

「…お小遣いの前借りがしたくて……」

「何か欲しいものがあるの?」

「……ううん……えっと……その……」

りりあのしどろもどろした態度に、美沙の声が鋭くなる。

「いくら必要なの?」

「…千円札が、30枚……」

「……三万円ってこと?!」

美沙の声が次第に大きくなるにつれて、りりあは肩を震わせた。

そして、美沙は自分を落ち着かせるように、静かにりりあの目を見てゆっくり話を始めた。

「……あのね、りりあ。今、おうちの家計がしんどいの。学費やローンもあるし……だから、そのお金は渡せないの」

「……また余裕がある時に、少し多めにお小遣い渡すから。それで我慢してくれる?」

「……………………………

……うん……ごめんね、ママ……わがまま言って……」

美沙の顔にようやくいつもの穏やかさが戻り、りりあの頭を優しく撫でた。

「いいのよ、りりあ。ママもごめんね」


この時、美沙はりりあが金銭のことでわがままを言うような子ではないと、心のどこかでわかっていた。

けれど、その違和感に気づきながらも、深く考えようとはしなかった。


* * *


「ママ、お風呂に入ってくるから、もう寝るのよ~」

居間でテレビを眺めているりりあに美沙が声をかける。

浴室から、シャワーの音が聞こえてくる。

その音を聞いて、りりあはそっと立ち上がった。

母がしまった戸棚の前で、少し躊躇いながら、手を伸ばす。


カチリ──


引き出しが開き、家計簿と──その中に挟まれた封筒。

そこには、1ヶ月分の生活費に相当する現金が入っていた。

りりあは、静かに数えはじめた。


「…1…2…3……6……10…………

……30」


家計簿を元通りに戻し、戸棚をそっと閉める。

(……これで、明日清美ちゃんたちに怒られずに済むかな…?)


りりあにはまだ、

それがどれほどいけないことか、

どれだけ重い行為だったのか、

──知る由もなかった。

けれど、確かに──

この瞬間から運命の歯車は、鈍い音を立ててズレはじめていた。

りりあの身体にまとわりつく黒い影が、せせら笑っているにも気づかずに…。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


この後編では、りりあの中で何かがゆっくりと変わりはじめる、そんな小さな“きっかけ”を描きました。

過ちは誰にでもあるもの、しかしその判断や違和感に気づかなければどうなるのか?

読者の皆さまの胸にも、ほんの少しでも何かが届いていれば嬉しいです。


次回【第3章「春雷のように、少女は嗤う・前編」】は、【5月29日(木)18時頃】を予定しています。

また読みにきていただけたら幸いです。

※この作品は第13回ネット小説大賞応募作品です。

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