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プロローグ「春の音が、聞こえる朝に」

この物語は、プロローグ+全8章+エピローグで紡がれていきます。

少しずつの更新となりますが、ゆっくりと見守っていただけたら嬉しいです。

『Twinkle ,twinkle Little Star』

Twinkle, twinkle, little star, how I wonder what you are.

Up above the world so high, like a diamond in the sky.

Twinkle, twinkle, little star, how I wonder what you are.……


きらきらまたたくちいさな星たち、あなたはいったいなんなのだろう?

高い空に広がる世界、まるで空のダイヤモンドのよう。

きらきらまたたくちいさな星たち、あなたはいったいなんなのだろう?

                   ジェーン・テイラー(1806年)




1980年代初頭──

高速道路の開通、新しいファッションや音楽、

そんな変化の足音が静かに、けれど確かに聞こえてくる時代。

都会の喧騒にはほど遠い、山間にある田舎町では、

今日ものんびりと、季節とともに町は息づいている。

三月初旬、日曜日の朝。


階下から、母の明るく張った声が響く。

「りりあー、早く起きなさーい!」

二階の窓から差し込む春の光が、まどろみの中の少女をやさしく起こす。

ゆっくりと目をこすり、起き上がったその肩に、風に揺れるカーテンがそっと触れた。


台所では甘い香りとともに、フライパンの上で勢いよく音を立てるバター。

「早くしないと、始まっちゃうわよ~『()()()ちゃん』!」

そのひとことが合図のように、二階からバタバタと足音が聞こえてきた。


「わあぁ~っ!!」


大きな声とともに駆け降りてきたのは、幼さが残る一人の少女。

勢いそのまま一直線にテレビの前に着地する。

 

名前は──

飛星 りりあ(あすらい りりあ)、16歳。

4月1日生まれ。小柄な体とあどけない性格のせいで、よく高学年児童に間違われる。

疑うことを知らない、まっすぐで純粋な女の子だ。

好きなものは、イチゴミルク、ふわふわの靴下、ぬいぐるみ。

そして、日曜朝8時のアニメ『プリティ☆マジカル ルミナスハート(略して「プリ☆マジ」)』に憧れている。

全力でテレビに向かって応援をして、ショーではひとりでも本気の声援を送る。


夢のような世界に、りりあの瞳は吸い寄せられていた。

《光のきらめき、あなたに届けっ!プリティ☆マジカル・ルミナ!~♪》

おなじみの主題歌が弾けるように流れている。

魔法の力で変身し、か弱い女の子が巨大な悪を退治する──

そんな現実離れした内容は、この時代にはまだ珍しく、

だからこそ、少女たちの心を強く惹きつける、人気のあるアニメだ。


小さな体を揺らしリズムをとりながら、元気いっぱいに歌い出す。

決めポーズをとる姿も、この家では見慣れた光景だ。


「朝ごはんできたわよ。ちゃんとあったかいうちに食べるのよ〜」

母が目の前のテーブルに置いたのは、

こんがり焼き目のついたトースト、とろっと黄身がこぼれそうな目玉焼きに、

バターが香るプリプリのタコさんウインナーと色鮮やかなサラダ。

そして、りりあのために作った、母お手製の冷たいイチゴミルク。

「ありがとっ、ママ!」

テレビ画面に目が釘付けのりりあに、母・美沙(みさ・42歳)は肩をすくめ、

ため息をついた。


「ほんとにもう……高校生にもなってアニメなんて……」


来月から高校2年生とは思えない、そんな姿に母としての愛情ともとれる心配が

垣間みえる。


「まぁまぁ、いいじゃないか」

新聞を閉じてやさしく言葉を挟んだのは、父・春彦(はるひこ・45歳)大学の教員で、

学問の探究や学生指導が主な仕事だ。

眼鏡の奥の優しい目で、りりあと美沙を見つめる。


「りりあの好きなものは、ちゃんと尊重してあげよう。いつも言ってるだろう?

りりあはちょっと“特別”なんだ」


「……わかってるわよ、もう何度も聞いたもの」

どこか疲れの色が、美沙の声に滲む。

「同じ年頃の子と比べる必要なんてないさ。大事なのは、りりあの歩幅で、

りりあの道を歩かせてやることだよ」


ジリリリリリッ!ジリリリリリッ!


ダイヤル式の電話のベルが家の空気を切り裂くように鳴った。

「…はい、飛星です」

普段より半オクターブ高い、無理に明るさを装ったような声で、美沙は電話の相手に応じる。

《母さん、おはよう》

受話器の向こうから聞こえた声は、

郊外の医大へと進学し、実家を離れて寮暮らしを始めた長男・拓実(たくみ・19歳)だった。

「たくちゃん!朝からどうしたの?」

《実は来週の日曜、ちょっと帰ろうと思ってさ。久しぶりに、みんなの顔が見たくて》

「ほんとぉ、春彦さんも、りりあも喜ぶわ」

《……りりあは、元気にしてる?》

「……ええ、変わらずよ」

その声には、母親としての不安とほんの少しの戸惑いが混ざっていた。

《……そっか。楽しみにしてるよ、会えるの》

電話が切れると、美沙は静かに居間へ戻った。


「りりあ、来週たくちゃんが帰ってくるって」

その言葉に、ぴょんっと跳ねるように立ち上がるりりあ。

「えっ!?おにぃ、帰ってくるの!?」

両手を振り回し、嬉しさを身体いっぱいで表現するその顔は、輝きに満ちていた。

「やった~っ!!」

「よかったなぁ、りりあ。拓実に会うのは……半年ぶりか?」

「ん~とね~……いち、にぃ……さん…………ろくっ!」

指を折りながら数える姿に、春彦がやさしく微笑えんだ。


窓の外には冬の終わりを告げる小鳥のさえずり、

そして、やわらかな風が淡い陽光とともに春の匂いを運んでくる。


この家にも、まもなく小さな再会と、ささやかな変化が訪れようとしていた──。


* * *


「ただいまー」

嬉しさを含んだ跳ねるような足音が、廊下に響き渡る。

勢いそのまま、優しげな声の主に飛びかかった。


「おにぃ!おかえり~っ!」


無邪気にしがみつくりりあに、拓実は微笑んでたしなめるように頭を優しく撫でた。

「ただいま、りりあ。母さんも、久しぶり」

「おかえり、たくちゃん。長旅おつかれさま」

「うん。それと、これ、お土産」

差し出された紙袋には、小洒落た字体でフランス語らしき文字が書かれていた。

「気をつかわなくていいのに~」

「りりあの好きなものだし、僕も久しぶりに食べたくなってね」

その言葉に呼応するかのように、りりあの目はひときわ輝いていた。

満面の笑みで見上げるりりあの顔が、久しぶりに帰ってきた実感を拓実に与えた。

「ほら、りりあの大好きな、いちごシュークリームだぞ~」

「わぁーい!!」

思わず声をあげ、袋を高く掲げて部屋の中を嬉しそうに駆け回る。

「こ~ら、バタバタしないの。さ、たくちゃん、中入って」

「うん、おじゃましまーす」


半年ぶりの実家。

玄関の匂いも、廊下が軋む音も、すべてが懐かしく、けれどどこか客人のような居心地の悪さも感じる。

照れと少しの緊張が胸をくすぐった。

居間のテーブルには、ほんのりピンク色のクリームがまるで、

春色のフォンタンジュでおしゃれをした、お姫様のようなシュークリームがきれいに並べられた。

「うわ~~!」

りりあの瞳はまるで舞台のスポットライトのように輝いていた。

紅茶を淹れて、三人で囲むティータイム。

話題は近況から些細な出来事まで、時間はゆっくりと流れていく。


「父さんは?」

「……今日も大学で夜勤なの」

「そっか、会えなくて残念だな」

肩を少し落とす拓実の横で、りりあは黙々とシュークリームを頬張っていた。

「……そうだ、りりあ」

ふと思い出したように、拓実はカバンからひとつの小さな包みを取り出した。


「少し早いけど…お誕生日、おめでとう」


赤い包装紙に、ピンクのリボン。

金色のシールには「おたんじょうびおめでとう」の文字が輝いている。

低学年の女子児童向けの可愛らしい包みに、りりあの表情が一変した。

「わぁ~っ!開けていい?」

先程までのシュークリームへの興味は、早くもこの赤い包装紙に向けられていた。


「あっ!ルミちゃん!」


中から出てきたのは、『プリティ☆マジカル ルミナスハート』の主人公、ルミナのフィギュア型キーホルダー。

ピンクの髪とキラキラの目がトレードマークの、りりあの憧れであり大好きなキャラクターだ。

「かっわいい~~♡ありがとう、おにぃ!」

「たくちゃん、ありがとうね。プレゼントまで用意してくれて……」

「ううん。離れて暮らしてる分、りりあに何もしてやれてないからさ。それに……

父さんと母さんの負担も、少しでも軽くできたらと思って」


「……ありがとう、たくちゃん」

情けなさと嬉しさが、ほんの少し胸を締めつけるように、

美沙は小さく微笑んだ。


りりあはさっそく自分の通学バッグにキーホルダーをつけてみた。

「わぁ~♡かわいい~~。これで、ルミちゃんといつも一緒だねっ!」

その無邪気な笑顔に、拓実もやわらかく微笑む。

そして──そっと、りりあの頭を撫でた。


このまま、穏やかな日々が、ずっと続きますように──

拓実の祈りは、あたたかな春の光とともに、静かに家の中へと溶けていった。

※本作には、ジェーン・テイラー作『The Star』(1806年)より、「Twinkle, Twinkle, Little Star」の一節を引用しています。

※原詩は著作権保護期間が終了しており、現在はパブリックドメイン(公共財産)として扱われています。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

次回更新は【5月26日(月)18時頃】を予定しています。

ご感想・ご意見など、いただけたらとても励みになります。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

※この作品は第13回ネット小説大賞応募作品です。

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