一途な黒を溶かしてみせて【相楽荷太郎1】
「ありがとうございます!よかったー、見つかって!」
カウンターに座っていた荒木さんは、店に入った俺を見るなりそう言って立ち上がった。カウンターから出てきた彼女に抱えていた犬をわたす。
「うわわわ、わ、」
しかしミニチュアダックスフントは荒木さんに抱えられた途端に暴れ出してしまった。彼女はそれを押さえ付けようと奮闘する。
「すまない、ケージに入れてこればよかったな」
小さい犬だし、特に暴れもしなかったからそのまま車の助手席に乗せて連れて来てしまった。どうやら荒木さんは動物に好かれにくい体質らしく、犬は未だに暴れている。
そこにテレビを見ながらくつろいでいた蓮太郎が見かねてやってきた。荒木さんの腕から犬を取り上げる。すると、不思議と犬はおとなしくなった。
俺も蓮太郎もなぜか昔から動物から好かれた。もしかしたら両親のどちらかもそうなのかもしれない。
「この犬だろう」
「うん、たぶんね」
曖昧な答えは実に蓮太郎らしい。俺の弟は、物事をあまりハッキリとさせたがらない。周りから秘密主義者と勘違いされているのもこの性格のせいだろう。
「それじゃにぃぽん、お疲れ様」
犬から顔を上げたと思うと、あっさりとそう言われた。おそらく「帰れ」という意味だ。蓮太郎は昔から俺が近くにいるのを嫌がった。俺だけではなく、おそらく父と母も。
「ちょっと店長、せっかくワンちゃん持って来てくれたんですからお茶くらい出したらどうですか」
荒木さんが呆れ顔で蓮太郎を見上げる。荒木さんの吐いた言葉には、親しみや信頼が含まれていて、俺なんかよりずっと兄弟らしく感じた。そして、悔しいと思った。
「白虎店はうちなんかより全然忙しいもんね。店に店長がいなかったらダメでしょ」
「そりゃそうですけど……。店長が言えたことじゃないですよ」
蓮太郎はその言葉には返事をせず、ソファーの方へ戻って行ってしまった。ソファーの横にケージが置いてある。依頼人が持って来たものだろう。
「すみません、お兄さん」
困った顔で謝る荒木さんに、「気にしてない」と嘘をつく。俺の表情に乏しい顔のせいか、それともそういう性格だと思っているのか、荒木さんは「そうですか」と言って安堵した。
蓮太郎はもう俺と話す気はないらしく、来た時と同じようにソ
ファーでテレビを見ている。いつまでも荒木さんに気を遣わせるわけにはいかないので、これで帰ることにする。
「それじゃあ、これで」
「はい、ワンちゃん連れて来てくれてありがとうございました」
戸をくぐって、店先に停めておいた車に乗り込む。なにもかもが正反対な俺達兄弟の共通点は、車の色くらいだろうか。
エンジンをかけ、車を発進させる。仕事が多いのも店を空けることが良くないことも嘘ではない。が、終わらない量ではないし頼れる部下もいる。
出来る事なら、もう少しあそこに居たかった。自分もあそこに混ざって団欒をしていたかった。
俺の弟が、それを受け入れてくれるはずが無いのだが。