夢から醒める夢【クレーム・ブリュレ1】
生きることがこんなにも辛いなんて誰が言ったの?
目が覚める。枕元の時計を見ると、まだ朝の五時前だった。
「ふぁああ」
大きなあくびを一つついて考える。どうしようかな、二度寝をするべきか。
こんなに朝早く起きてもすることなんて特にない。眠たい目を擦り、上半身だけ起こした体勢でしばらくぼーっとし、それからそろりと布団から出た。
あたしは二度寝が苦手だった。一度目が冷めたら、ぐるぐると余計な事を考えてしまって、もう一度眠ることが出来ない。
やることはないが、布団から出て小さな洗面所で顔を洗う。口の中がべたついて気持ち悪いので、ついでに歯も磨いた。
寝巻きの上にカーディガンを羽織り、廊下へ出てみた。冬の朝は冷える。自然とブルリと身体が震えた。
集団研究室を覗くと、あたしの隣の机に誰かが突っ伏しているのが見えた。あたしの隣はブラウニーさんの席だが、あの背中はどう見ても女性じゃない。というか、その人物は黒髪だった。
あたしは不審に思いながらもそろりそろりと近づいてみる。隣に立って、その人物が誰だかわかった。この研究所で最も影が薄い―と勝手に思っている―カステラ・パウンドだ。
パウンドはブラウニーさんの席で、腕を枕にしてぐっすりと眠っている。起こそうかどうしようか迷ったが、あたしは静かに自分の席に座った。
あたしとパウンドの間柄じゃ、眠っている所をたたき起こして冗談を言ったりなんかできない。そう考えて、あたしは気づいた。
それどころか、この研究所内であたしが気を許せている人なんているのだろうか。
考えて、ため息が出た。自分の性格はよくわかっている。強がりで、素直じゃない。嫌いな人には正面から「嫌い」と言い、好きな人にはつい素っ気ない態度を取ってしまう。
「いや……」
そんな性格よりも、まず第一に、自分は他の人と一線引いているようなところがある。自分と他人は違う、無意識のうちにそう思っている。
「はぁ……」
人付き合いは苦手だ。相手の考えていることがよくわからないというのもある。自分の気持ちをどう伝えたらいいのかわからないというのもある。
ただ友達はほしい。仲間はほしい。自分のことを全部受け止めてくれるような、そんな存在がほしい。
この研究所の人達が、みんなそういう気持ちでいてくれていることは知っている。でもダメなんだ。あたし側の決心がついていないからダメなんだ。
「生むんならせめてマトモな人間にして生んでよ……」
そうじゃなかったら、犬やネズミにでも生んでもらった方がまだマシだった。動物の感情なんて、たかが知れてるんだから。
その時、今まで静かな寝息だけを立てていたパウンドが、もぞりと動いた。起こしてしまったか。
「……あれ?」
パウンドは寝癖のついた頭を上げると、マヌケな声を出して辺りを見回した。あたしは思わずため息をつく。
「こんな所で何やってんの?あんた自宅組でしょ?」
「え?え?えっ?」
どうやら隣にあたしが居ることにひどく混乱しているらしい。そういうあたしも、寝起きで髪も顔もボサボサだからあまりジロジロ見ないでほしいのだが。
「昨日の夜スフレさんとミルフィーユさんに付き合えって言われて……気づいたら寝てて……すみません」
一体夜中に何の話をしているんだか。パウンドも断ることができないから付き合うけど、結局寝落ちしちゃうし。あたしはまたため息をついた。
「とりあえず顔洗ってきたら?」
「ブ、ブリュレさんはその、どうしてここに?」
「目が覚めただけ」
簡潔に答える。パウンドは「そっか……」と言ってしばらく座っていたが、そそくさと洗面所の方に歩いて行った。
「目が覚めただけ」の他に、何て言えば会話が続いたのだろうか。だいたい、見ている限りパウンドも人と話すのは苦手なようだ。二言目には「すみません」だし。話下手と話下手が談笑しようとしても、結果は遅かれ早かれ同じだっただろう。
「はぁ‥‥‥」
本日何度目のため息なのか、すでにわからない。今日が始まってまだ数時間しか経っていないのに、これじゃあ先が思いやられる。
あたしは今日、このあとも何回もため息をつくだろう。それを博士あたりに「ため息をつくと幸せが逃げるぞ!」なんて言われて、やりたくもない研究をして、またため息をついて、今日の食事当番が作った夕飯を食べて、悪夢にうなされながら寝るのだろう。
はぁ……。
気がつけば出るため息。嫌になる。
どうせ生むなら、もう少し完璧な人間に生んでくれればよかったのに。
そんな愚痴を織り交ぜて、あたしはまたため息をついた。