世界の終わりで君と笑い合っていたい。【ブレッド・ティラミス1】
「馬鹿野郎っ」
「ったあ!貴様!何も叩かなくてもよいだろう!」
俺の横にいる相変わらず高校の制服姿の北野玲那は、叩かれた頭をさすりながら俺を睨みつけた。
「シバきたくもなるっつうの!見ろ!お前のせいでもぬけの殻じゃねぇか!」
「あ、あいつらが軟弱すぎるのだ!私はさっさと吐かせようとちょっと脅しただけ……」
俺達は今、隣町の外れにある汚い倉庫の中にいる。ここをたまり場にしている若い連中に、ロール・モンブランについて何か知っている事はないか聞き込みに来たのだ。
しかし、来て早々隣の馬鹿が刀を抜いて脅すから、可哀相な少年達は怯えてさっさと逃げちまった。だから俺達は今、こんな汚い倉庫の中にポツンと立ち尽くしているわけだ。
「しゃーねぇ、帰るか」
俺はタバコに火を点けながら扉の方へ向かう。正直ここにはあまり居たくない。埃っぽい倉庫。積まれた段ボール箱。無数のタバコの吸い殻。ここは、あそこに似ている。
「あんまし遅いと他の奴らが変に思うだろ」
と言っても、博士やマカロン達六人にはもう話してあるのだが。あのあとの話し合いで、聞き込みは基本的に俺と北野の二人で行くことになった。ぶっちゃけたまにヤとクとザが付くガラのよろしくない人達に追われて命ギリギリの時などがあるし、むしろ足手まといのマカロン達は置いて行った方がいいだろう、という事になった。まぁ、北野が言い出した事だが。
だが本当は、危ない役は自分と俺で済ませられるようにしたかったのだろう。こいつは素直じゃないが、どうやらかなりの仲間思いのようだ。だからこそ俺も賛成した。
ま、言い出しっぺだしな、俺達。
振り返ると、不機嫌な顔で北野がついて来ていた。頭シバいたくらいでそんなにスネんなよな。
「あ━━、お前今日食事当番だろ。何か買って帰るか?」
腕時計で時刻を確認すると、六時過ぎだった。こいつはいつも七時半ごろに夕飯を作り終えるから、今からスーパーに寄って帰ったらちょうどいい時間だろう。
「問題ない。食材なら昼飯の時買っておいた」
「そースか。んじゃ真っ直ぐ帰っか」
「はい」とも「いいえ」とも言わずに北野はついて来た。歩くスピードを早めたり緩めたりしてみたが、北野は常に俺の二メートル後ろをキープしていた。
電車に乗って、野洲市に戻る。研究所に向かって歩いている途中、北野がいきなり足を止めた。
「どうした?」
振り返ると、北野はゲーセンのUFOキャッチャーを見ているようだった。この時間はゲーセンの中も周りの店にも高校生がたむろしている。北野と同じ制服の奴も沢山いた。
「まさかUFOキャッチャーやりたいなんて言わねぇだろうな」
「な、何を言っておるのだ貴様。この私がゲームなどやりたがるわけが無いだろう」
フン、とそっぽを向く北野。しかし、その場から全く動こうとしない。
「いいよやろうぜ。たまには遊べばいいじゃねぇか」
ゲーセンに入ると、北野は始め自動ドアの前で渋っていたが、しばらくジタバタした後店の中に入ってきた。
「べ、別にゲームがやりたいわけではないのだ!ただ、この景品が欲しいだけで……」
北野が指差したUFOキャッチャーの中に入っていたのは、何やら得体の知れない動物のぬいぐるみだった。これは……何だ?羊でもないし、犬や猫でもなさそうだ……。
そこで俺は気がついた。UFOキャッチャーのガラスに商品の説明が貼ってあるのだ。
「……カピバラ?」
「わ、悪いか!?」
「いや、悪いとは言ってねーよ、ただ……妙なもん好きだなお前」
「何とでも言えばいい!ここまで来たら私はやるぞ!金を出せ!」
「何でだよ!」
俺は突き出された手をバシリとはたき落とした。北野はUFOキャッチャーの前にスタンバイして、不満げに俺を見ている。
「私は金を持ち歩かない」
「だったらやんなよ!」
「やれと言ったのは貴様だ!」
「わーったわーった!出してやるからなるべく最小額で終わらせてくれよ」
俺は仕方なく北野の右手に百円玉を数枚乗せた。北野は礼も言わずにその百円玉を機械の投入口に入れる。
「よ━━し、やるぞ━━!」
制服の袖ををまくると、北野はやる気満々でボタンを押した。
北野の「やるぞ━━!」を聞いてから軽く一時間は経っていた。その間北野は精神統一とか言って素振りを始めたり、気合いを入れる為と言って素振りを始めたり、とにかく素振りを始めたりしていた。ただ一つ確かな事は、未だにカピバラを取れていないという事だ。
「なぁ、やっぱ俺がやろうか?お前精神統一十回目だろ」
「うるさい!私が自分でやると言っている!」
こんな調子だ。北野は何かぶつぶつ呟きながら刀をブンブンと振っている。周りの視線がとても痛かった。
さすがの北野も時間をかければカピバラの一つくらいは取れるらしい。その三十分後、北野はようやくカピバラのぬいぐるみを手に入れた。かけたのは時間だけじゃねぇけどな。
「お前のせいでいくら使ったと思ってんだよ」
「いいではないか。これが取れたのだから」
「普通に店で買った方が安いっつーの」
北野は取ったカピバラをさっそく刀の鞘につけた。どうやら満足したらしい。ゲーセンから出ると、空はもうだいぶ暗くなっていた。
「んじゃ帰るか。今日は結局ゲーセンで遊んだだけだったな」
「たまにはこんな日があってもいいものだな」
研究所への帰り道を並んで歩いた。まぁ北野の言う通り、たまにはこんな日があってもいいかもな。最近ロールさんと桜井の事で頭がいっぱいだった。今日は少しの間そのことを忘れられて、楽しかったような気がする。
「そうだな……たまにはいいかもな」
何だかんだで俺はこいつと仲がいい。わかりやすく例えるならば喧嘩の絶えない兄妹みたいな感じだ。
自分で考えたその例えがあまりにもピッタリで、思わず口元に笑みが浮かんだ。
暗くなった研究所への道をゆっくりと歩く。たまにはこういう日も悪くないな。
そのあと研究所に帰った俺達は、夕飯がないと大クレームを受けることになる。