disturb a person's sleep【鳥山麗雷1】
「あれ、麗雷ちゃんじゃん。どうしたのこんなところで」
嫌な奴に会ってしまった。無駄だとは思うが、聞こえなかったふりをしてそのまま歩き続ける。
「仕事?暇だったらうち来る?雅美ちゃんもいるよ」
予想通り無視しても話しかけてくる朱雀店の店長。私はこの男が苦手だし嫌いだった。
「リッ君もいるよ」
「何なんですか?もう!鬱陶しいから話し掛けないでくれる!?」
ついに振り返ってしまった。全くしつこいったらありゃしない。朱雀店長は一歩離れた位置で、手にコンビニ袋を提げて立っていた。
現在私は仕事で何でも屋朱雀店のある南鳥市に来ている。こいつら朱雀店の人間と違って、私達には山のように仕事があるし忙しいのだ。決して暇ではないし、その袋の中のアイスをくれるだとか店の中はクーラーがきいていて涼しいだとか瀬川君がいるからだとかで朱雀店へ行ったりは、断じて!しない。
「だってこの道うちに向かう道じゃん。うちに遊びにきたのかなーって思うじゃん」
「何をどう考えたらそんな馬鹿なことが思い浮かぶの?私があんたらんとこに遊びに行くわけないでしょ!?」
「たまには遊びに来てもいいよ。うち店はいつも暇だから」
「あいにく私達は暇じゃないんです」
もともと悪い目つきを更に悪くして睨みつけるが、こいつには効き目がないようだ。いつまでもこんなところで道草くっていられない。私はこの依頼を今日中に終えるつもりで今ここに来ている。
そもそも、南鳥市には平和ボケした朱雀店の奴らがいるから、なるべくなら来たくなかったのだ。即効で仕事を終わらせてさっさと白虎店に帰りたい。
「そういえば何の仕事で来てるの?手伝ってあげようか?」
「結構です。私一人で出来ますから」
「別に暇だから手伝ってあげるのに。……雅美ちゃんが。で、何の仕事なの?」
「どうでもいいからほっといてよウザいなぁ」
「いいよにぃぽんに聞けばわかることだし」
そう言ってスマホを取り出す朱雀店長。まさか本当に聞くつもりなのか。店長が入ってくるとまた話がややこしくなるので、観念して先に答える。
「……逃げた飼い犬探しです」
「なんだ、うちとやってることたいして変わんないじゃん」
私もそう思ったから言いたくなかったのだ。普段朱雀店の仕事を馬鹿にしている私が、朱雀店と同じ仕事をしているなんて、からかわれるのが目に見えている。
「そっかぁー、ついに麗雷ちゃんも飼い犬探しかぁー。うちがペット捕まえるのによく使ってる虫とり網貸してあげようか?」
「必要ありません。ゴールデンレトリバーですから」
「それどうやって連れて帰るの?……あ、麗雷ちゃんなら手なずけて乗って帰ればいいのか」
そう言って、何を想像したのか一人でクツクツと笑っている朱雀店長。こいつと話していると本当にイライラする。私はプライドが高い方なので、この人を見下した感じがものっっっすごく癪に障る。
「じゃあ私本当に忙しいんでこの辺で。もう話し掛けてこないでください」
それだけ言ってさっさと歩き出す。が、朱雀店長は私の言葉など聞いていなかったかのように、あとをついてきた。
「話し掛けるなって言われると話し掛けたくなっちゃうなー」
どんだけ根性くさってるんだこの男は。人が嫌がっているのを見て楽しむだなんて。私はこれ以上何も言わないと心に決めて、朱雀店長を引き離すように足を早める。
「麗雷ちゃーん。れーいーらーちゃーん」
何と言ってこようと無視し続ける。すると、話題がなくなったのか今度は間延びさせて私の名前を呼び始めた。イライラするが我慢する。ここで振り返ったらさっきの二の舞だ。
何とか引きはがしたいが、そもそも脚の長さが違う。私がいくら早く歩いても朱雀店長はバッチリ後をついてきた。逃げるみたいに見えるので、走るという選択肢はない。店の前まで行けば帰ってくれるだろうか。
「ん?」
突然、朱雀店長の喋り声が途絶えた。何かと思って、朱雀店長の視線の先を見てみる。そこには、ちょうど曲がり角から出て来たらしい背の高い女性がいた。
「深夜じゃん。何してんのこんなところで」
どうやら知り合いだったらしく、少し離れた場所にいる女性に声をかける朱雀店長。深夜と呼ばれた女性もこちらに近寄ってきた。
「貴重な休日を使ってお前に会いにきてやったんだろうが。喜べ!」
「はいはい、嬉しい嬉しい」
「少しは心込めろよ」
女性と話しながら、朱雀店長は歩みを緩めた私をさっさと追い抜いて行った。追い抜きざま、振り返って私に手を振る。
「またね麗雷ちゃん」
そのまま女性と並んで歩いて行ってしまう。道には私だけがぽつんと残った。
「またなんて無いわよ」
小さく呟いてみたが、誰も答える者はいなかった。私は仕事のことを思い出して、無駄になった時間を取り戻すために早足で犬の目撃情報があった場所へ向かった。