こどもにしか使えないことば【相楽来夢2】
「あ、来夢ちゃん店長のとこ行くの?だったらこれもお願いしていいかな」
店長室にいる店長に今回任された依頼のことで質問をしに行こうとしたころを、同じく店長室に書類を出しに行こうとしていた珠姫さんに捕まる。私は珠姫さんが差し出した水色の封筒を快く無言で受け取った。
「ありがと、来夢ちゃん」
そう言って自分の仕事に戻っていく珠姫さん。彼女の主な仕事は書類整理と受付だ。珠姫さんは私と違って愛想がいいから、受付はピッタリの仕事だと思う。
にある店長室のドアを小さくノックする。すると、中から「どうぞ」という兄の声が返ってきた。
ドアを開けて室内に入ると、相変わらず窓際の椅子に、足をぶらぶらさせてお姉が座っていた。お姉はよくあの回転する椅子でくるくる回っている。
「おー、来夢。どうした?」
パソコンから顔を上げて私を見る店長。どこか嬉しそうだ。いや、店長はいつもこんな感じのゆるい顔をしているような気がする。
「勝俣さんの依頼。この位置だと白虎店に事情を説明しておいた方がいいと思う」
「ああ、そうだな。さすが来夢は気づくところが違うなぁ。すぐ荷太郎に連絡するよ」
こんな当たり前のことを言っただけで、店長はニコニコして私を褒める。窓際でお姉が「私も気づいてましたわよ」と小さく呟いた。
「いい。それくらい自分で出来る」
そう言いながら店長のデスクに珠姫さんから預かった封筒を置く。
「いや、白虎店に知り合いいないだろ。俺がやっとくよ」
「いい。自分で出来るから」
「ほんとに大丈夫か?何かわからないことがあったら兄ちゃんに……」
「大丈夫」
「そうか……」
店長は何もかも自分でやろうとするから、私は全く成長できない。お姉はいろんな店にいろんな友達がいるのに、私は誰ひとりとして知り合いがいない。店長のやっていることは、手伝いじゃなくただの邪魔だ。
私は友達のたくさんいるお姉が羨ましかった。
「そうだ、なぁ来夢、明日暇か?暇だったら久しぶりに兄ちゃんと一緒に……」
「暇じゃない」
明日は勝俣さんの依頼を片付けなければならない。どうせまた買い物に行こうだの映画に行こうだの遊園地に行こうだの言ってくるに決まっている。いつまでも子供扱いしないで欲しい。
私は店長が最後まで言い終わる前に誘いを断った。もう話すこともないので、そのまま店長室を出る。
大切にしてくれているのはわかるのだけど、もう少し妹の気持ちを理解してくれないだろうか。不親切な優しさはいらない。
「あ、来夢ちゃんおかえり。店長どうだった?」
自分のデスクに戻る途中で、山盛りのファイルを抱えた珠姫さんに会った。どうだったと言われても、いつも通りとしか答えようがない。思ったまま答えると、珠姫さんはニコッと笑った。
「そっか。店長はいいお兄さんよね。私もあんなお兄ちゃんが欲しかったなぁ」
そう言って珠姫さんは受付に戻っていく。もう聞こえないとわかっていたが、小さな声で返事をする。
「そうだね」
いつまでも子供扱いするし気の利かない兄だけど、いくつになっても店長は私の自慢のお兄だよ。
口には出さないけれど。