andante【荒木雅子1】
「今日も暇ですねぇ……」
「いいじゃん、ぼーっとしてるだけでお金がもらえるんだから」
私の呟きに応えたのはこの店の店長で、つまりアルバイトである私の雇い主で、あなたがそれを言ったら終わりだろうと思ったが、相変わらずの事なので何も言わないでおいた。今日は世間に夏休みムードが漂う八月六日である。
夏休みだからといってお客さんが増えるわけでもなく、店は今日も閑古鳥が鳴いていて、私はカウンターに座って手持ち無沙汰にファイル整理なんかをしている。
たしかに、店長の言う通りぼーっとしてるだけでお給料がもらえるのは嬉しい。一ヶ月分のお給料も高い。だが、この仕事は暇な時は暇で、やらなきゃいけない時はやらなきゃいけないのだ。決して楽な仕事ではない。
犯罪絡みの依頼が来ることも多々あるし、暇な時と平均したら、むしろこの給料の額は妥当なんじゃないかと思う。私はまだそんなに大きな怪我はしたことないが、仕事内容によっては入院しなくちゃいけない場合だってある。
しかし私はこの仕事を辞めるつもりはなかった。お給料がいいのも確かに大きいが、単純にこの仕事が好きなのだ。この仕事を始めたばかりの時はこんな風に思わなかった。だから、愛着があるという言い方が一番正しいんじゃないかな、と思う。
この仕事を始めていろいろな人と知り合ったし、みんないい人ばかりだ。仕事以外で会うことがないのは少し残念なくらい。
それに、なんだかんだ言ってこのダラダラとした時間も嫌いではないし。瀬川君は相変わらず自分の部屋から出てこないけど、どうでもいい呟きに店長がいちいち応えてくれるし。
時間がゆっくりと流れていて、何だかほっとする。何にもないけれど、ただ時間だけが流れていって、何にもしないままに家に帰る時間がやってくる。することと言えばファイル整理と店長との無駄なお喋りくらい。
「それにしても暇ですねぇ……」
「それさっきも言ってたよ」
「だって暇なんですもん」
そう返すと、壁越しに「そうだね」と店長が笑った。