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世界は確かに優しかった【ミルフィーユ・トリュフ】



「あ、髪切ったんだ?」

そう言われて、振り返る。ショコラさんが大量の資料を抱えながら立っていた。

「そうなんです。今、美容室から帰ってきた所で」

今日は一日暇だったから、気晴らしに美容室にでも行こうと思ったのだ。前回行ったのはもう半年も前だし、毛先もだいぶ傷んでいて、そろそろ切りに行こうとは思っていた。

私は髪はあまり短くしたことがなかった。気も力も強くて、もともと女の子らしくない私だ。髪を短くしたらもっと理想の「可愛い女の子」から離れてしまう。

ショコラさんは「よいしょ、」と資料を抱え直した。

「重そうですね。手伝いましょうか?」

そう申し出ると、ショコラさんは初め「いいわよ、これくらい大丈夫」と断ったが、あまりにも重そうなので半ば無理矢理手伝うことにした。

「ありがとうね、ミルフィーユちゃん」

「いいえ。ショコラさんにはいつもお世話になってますしね。ちょっとした恩返しです」

残念だが、私はかなりの力持ちだ。その辺の男なら余裕で打ち負かせる自信がある。それはこの研究所に来る前の生活によって身についたものなのだが、私はこの馬鹿力もその生活のことも話題に出るのを嫌っている。

まぁ、過去のことを話題にするのを嫌うのは、みんな同じなのだけれど。悲しいことがあったために、みんな今ここに居るのだから。

「ミルフィーユちゃん、もう研究所には慣れた?」

「はい、おかげさまで」

気づけば、私がこの研究所に来て一年が経っていた。愛想の悪い私を暖かく迎え入れてくれ、ひねくれていた性格をすっかり伸ばされてしまった。

「もうすっかり研究所の一員よね。新しい子の面倒見たりして」

「そんなこと無いですよ。私学ないし、研究ではみんなに迷惑かけっぱなしで」

「勉強ができるできないは関係ないわ。少なくともこの研究所ではね。大事なのは人柄よ」

「みんないい人ですよね。ここの研究所の人達って。あ、チョコレートの嫌がらせには腹が立ちますけど」

そう言うと、ショコラさんは「ふふ」と笑った。私は何かおかしな事を言っただろうか。

しかし、実際チョコレートの嫌がらせには困っている。見ていると、ほかの人達にも余計なちょっかいを掛けているようだが、なんとかならないのだろうか。全員で怒ればさすがのチョコレートも反省するだろうか。

「でも、私ここに来てほんと良かったと思ってます。ロールさんに感謝しないと」

「そうね。私もここに来てずいぶん経つけど、嫌なことなんて一つもなかったわ」

いろいろな事を思い出しているのか、ショコラさんは優しい顔をしていた。私も、ここに来て嫌な事なんて一つもなかった。仮にあったとしても、許せてしまうのだ。

この研究所に来れて良かったと思う。私のお給料を仕送りして、末の弟までちゃんとご飯が食べられるようになった。何もかもに諦めていた私も、毎日を楽しく送れるようになった。本当に、いいことずくめだ。

「よいしょ、と」

研究室の扉を肩で開けるショコラさん。そのまま真っ直ぐ自分のデスクへ向かって歩いてゆく。その最中にも、いろいろな人に声をかけられた。

「ありがとうミルフィーユちゃん、そこに置いておいてくれればいいわ」

ショコラさんは自分のデスクに抱えていた資料をドンと置いた。私もその隣に資料を置く。腕がスッと軽くなる。

ムースさんが寄ってきて、ショコラさんに声をかけた。二人の邪魔にならないようにそっとその場を離れようとしたその時、チョコレートが寄ってきてこう言った。

「やっほーミルフィーユさん、相変わらず力持ちだね」

プチンと何かが切れる音がする。こいつは、こんな風に人の嫌がることをわざわざ言ってくるのだ。これを嫌がらせ以外に何と呼ぼう。

「あんたってほんと失礼な奴ね!女の子に向かって毎回毎回しつこいわよ」

売られた喧嘩は買う主義だ。小学校の頃の教科書にそう書いてあった……ような気がする。

「え、ミルフィーユさんって女の子だったの?ゴリラか何かだと思ってた」

それから「あ、ゴリラにも性別あるか」と付け足すチョコレート。私の肩は怒りにプルプル震えている。こうなったらもう止められない。後は噴火するのみだ。

「あああああ、あんたって奴は……今日こそ一発ぶん殴ってやるんだからァ!」

「うわー、ミルフィーユさんがキレたー」

棒読みで「たすけてー」と言いながら逃げ出すチョコレート。それを追いかける私。

「待て━━!その口二度と利けないようにしてやるんだから!」

「そんなこと言われて待つバカはいないよミルフィーユさん!」

ちょこまかと逃げ回るチョコレートをぜーぜー息をしながら追いかけれ私。本当にストレス溜まるわあいつ!

でも、と考える。私はさっき「ここに来て嫌なことなんて一つもなかった」と言った。そう、確かにここに来てから嫌な思い出なんて一つもないんだ。

だったら、今この状況も私は楽しんでいるのだろうか。そんなわけないと首を振る。私はこんな乙女心を傷つけるような事を言うチョコレートが嫌いなはずだ。もちろんこんなくだらない追いかけっこも。

でも、それでも嫌な思い出として記憶されていないのだから、私は私が思っている程チョコレートの事もこの追いかけっこも嫌いじゃないのかもしれない。

「ミルフィーユさん顔がゴリラみたいになってるよ?大丈夫?」

「誰のせいだ誰の!」

そんな考えを振り払って、目の前のムカつく金髪頭に集中した。女の子にゴリラだなんてほんと許せない!今日こそその顔面に一発お見舞いしてやるんだから!




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