誰か翻訳してはくれまいか【キプツェル・マカロン1】
「ごめん」
「許さないもん」
「忙しくてつい」
「だからって忘れる事ないと思う」
普段の能天気さを憤りに変えて、ジトリとした目で俺を睨むバウムクーヘン。声もいつもより低い。
確かに全面的に俺が悪いのだが、何もこんなに怒らなくても、と思う。さっきからこうして謝っているのだが、一向に許してくれる気配がない。
「また次行こう。な?」
「次っていつ?」
「え?えーとまぁ……」
「ほら!テキトーなこと言わないでよっ」
俺は今日バウムクーヘンと近所に出来たイタリアンのレストランに夕食を食べに行く約束をしていた。……らしい。
正直そんな約束記憶にないし、おそらく「また食べに行けたらいいね」くらいの話だったんだろう。さっき研修会から帰ってきたら、バウムクーヘンがその事で腹を立てていたのだ。
「悪かったって。だから機嫌直せよ」
「悪かったと思うなら今から連れてってよ」
「俺ご飯食べてきたし……」
「キプツェルの馬鹿!」
なんとか機嫌を取ろうとするが、俺が何か言うたびにバウムクーヘンの機嫌は悪くなってゆく。その割に、見放して俺の側を離れたりしない。そろそろどうしたらいいか分からなくなってきた。
「あたしキプツェルが帰って来るのずっと待ってたのに!」
「悪かったよ」
「キプツェルはあたしの知らない人達と楽しくご飯食べてたんだね!」
「俺にどうしろと」
呆れ半分にそう言うと、バウムクーヘンは俯いてしまった。しかし唇を尖らせている所を見ると、まだ怒っているのだろう。
「また今度連れてってやるから」
「…………」
「特別にデザートも二こ頼んでいいから」
「…………」
今度はだんまりか‥‥と思ったが、バウムクーヘンの口がかすかに動いた。小さな声が漏れる。
「……って言って」
「へ?」
あまりにも小さな声だったために全く聞き取れない。耳に手をあててバウムクーヘンに近づいた。
すると、バウムクーヘンはいきなりガバッと顔を上げて、今度は大きな声を出した。耳を近づけていたので結構なダメージだ。
「“連れてってやるよ”じゃなくて、“一緒に行こう”って言って!」
「……一緒に……行こう……?」
また不機嫌になったら嫌なので素直に従う。バウムクーヘンの満足度はまずまずといった所だった。
俺にどうしろと。再びそう考えて、まさか前に俺がそう言ったから、今もこう言えって言ったのか?と思い至った。ちゃんと気持ちを込めて言えば、この不機嫌な態度から解放してくれるのか?
「バウムクーヘン、今度一緒にあの店行こう」
「えっ」
バウムクーヘンの大きな目が見開かれた。虚を突かれた、という顔だ。それから、握った右手を差し出された。小指が立っている。
「じゃあ指切りしよう」
「指切りって……」
子供じゃあるまいし、と思いつつ右手の小指を絡ませる。どうやらバウムクーヘンの機嫌は直ったようだ。満足げな笑みを浮かべている。
「二人で行こうね」
「そうだな」
バウムクーヘンはいつもの能天気な顔に戻っていた。そのことに安心する。
バウムクーヘンはやっぱりまだ子供で、些細な事でヘソを曲げたりする。その時の良い対処法はまだよくわからないけれど、根気よく向き合えばいつの間にかまた笑っているものだ。
俺にとってのバウムクーヘンは可愛い後輩で、大切な妹で。バウムクーヘンも俺のことは本当の兄のように頼ってくれたらいいと思う。
バウムクーヘンのたまに訪れる不機嫌は面倒臭いけれど、それもコミュニケーションの一つだと思って付き合ってやろうと思った。