11 魔法陣の中のアラマンダ
『聖獣召喚の儀』を執り行う日。
ルートロックとアラマンダは、王宮の地下にある『召喚の間』に向かうため、長い地下階段を下りていく。
普段は、異変がないか点検するだけなので地下は厳かだが暗い場所である。
今日は創世記に記載されている手順に則り、アラマンダは早朝から清めの儀式を行い、その後、『召喚の間』に向かっている。
『召喚の間』には大きな魔法陣が描かれている。はるか昔の大魔術師が描いた魔法陣が遺跡から発見され、その上に現在はシーダム王国の王宮が建てられているからだ。
「アラマンダ……どんな聖獣を召喚してみたいか決まったかい?」
「えぇ。もちろんですわ。でも、何を希望しているのかは……殿下にも秘密です。 召喚すらできずに何も出てこないかもしれないでしょう?」
アラマンダははにかみながら、少しだけ緊張した面持ちでルートロックにほほ笑みかける。
(聡くて優しい彼女なら、きっと何か召喚できてしまうではないかと期待してしまうが、数百年、王太子妃が召喚できていない記録を見るに……失敗する可能性は高いだろうな……)
ルートロックはアラマンダが気負うことがないように過度な期待はせず、静かに滞りなくこの儀式が執り行われることだけに集中をする。
(この儀式が終われば、あとは婚儀をあげるだけだ。 成功しても、失敗しても彼女と夫婦になれることは間違いないからな。 私はむしろ彼女と夫婦になれるということの方が嬉しい)
『召喚の間』には王太子のルートロック、婚約者のアラマンダの二人の他に、側近のサルフ、王宮魔術師長、近衛騎士団長、王宮騎士団長が集められている。
召喚される聖獣は呼び出した相手と自動的に契約を結び、契約者を好いてくれるというのが通説なのだが、予測不能の事態を想定して限られた人物だけ同席が認められている。
もう一つの意味合いとしては、不正を防ぐ為、少し離れた場所から儀式が滞りなく遂行されるのを見守るという役割がある。
かつての王太子妃候補者の中には、聖獣を召喚するように強く求められ、袖の中に小鳥を隠しておいたり、亀を仕込んでおいたり……と何の力ももたない動物を、あたかも召喚させたように見せかけるという事件もあったらしい。
プレッシャーに弱い女性がしでかしたことだからと、多めにみてもらえることもあるが、夫となる王太子が一度大喜びをした後に事実が判明したりすると、虚偽罪や不敬罪で処罰を受けることになった女性もいたようだ。
だから、不正がないように数名の目で、”本当に召喚されるのか見届けるように”と王家の申し送り事項として伝えられている。
「さぁ、時間だよ。アラマンダ」
「はい。行ってまいります」
ルートロックはアラマンダを一度ギュッと抱き締めてから、向かい合って立つ彼女の額に唇を寄せる。それから添えていた手をそっと優しく前に押し出し、魔法陣の中にゆっくり歩いていく彼女を見守った。
「では、始めます」
王宮魔術師長の言葉を合図に、魔法陣がゆっくりと光輝く。
眩しくて目が開けられないアラマンダは瞼を閉じて、両手を組み胸の高さまで持ち上げて、召喚したい聖獣を思い描いているように見える。
ファーーーーーーン
魔法陣全体が真っ白い光に一瞬の内に包まれて、輝きが最高潮となった。
その後、ゆっくりと光は徐々に弱くなっていく。
無事『聖獣召喚の儀』が終わったことを示していた。
その場に同席していた者は、魔法陣の光が弱まり始めアラマンダの身体が少しずつ見えてくるのを見守り続ける。
(何も……聖獣は……いないようだ)
アラマンダの周囲に視線を向けても、召喚された聖獣の姿は確認できない。
その場にいた誰しもが……何も召喚できなかったことを残念に感じて、やっぱり王太子妃になる者による『聖獣召喚の儀』は失敗に終わったのだと落胆をする。
ルートロックは、いくら気丈に振舞っていたと思っても、アラマンダも気落ちしているだろうと彼女の背中に向かって何と言葉をかけようか、言葉を探しながらゆっくりと近づいて行った。