観覧車だって
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
観覧車だって、横回転で空を飛ばないとも限らない。
深夜。ライトアップもすべて消えた観覧車は、こっそり遊園地から抜け出した。軸受けだけをお留守番にして。
空中で真横になっても回転を続ける観覧車のホイールから、ゴンドラも次々と空に滑り出す。
ホイールの回りで複雑な軌道を描きながら。親ガモを追う子ガモのように。母船の目となる偵察艇のように。
(右よーし)(左よーし)
(前よーし)(後ろよーし)
(上よーし)(下よーし)
スポークの表面を飛び回る紙飛行機は、ゴンドラたちの安全確認に余念がない。
つかず離れず飛ぶゴンドラたちも、でもそんなに高くは飛べない。
いろいろな警戒網にひっかからないよう、しずしずと住宅街の上を越え、公園の上を通っていく。
動物園の上を、ビルの上を、山の上を。
川の上を、海の上を渡り鳥の群れのようにそっと飛び過ぎて。
でもそんなに速くはない。
もっと飛んで、飛んで、飛んで……
砂漠に着陸した一つのゴンドラから、女の子が降り立った。
月に照らされた銀砂の山にちょんと腰掛ける。
その隣は、別のゴンドラから下りてきた男の子だ。
他のゴンドラからも次々下りてくる。
指輪を見つめて幸せそうに笑い合うカップル。
ステッキを携えたシルクハットの老紳士や、やさしそうな老婦人。
服を着て、二本足で立って歩く兎や猫。
みんな仲良くいっしょに、女の子がバスケットから取りだしたお弁当を分け合った。
ホイールの表面で滑るように飛んでいた紙飛行機が、ふっと止まった。
かすかな足音に彼らが目をやれば、古い飛行服を着た人影が立っている。
その人影が指す方向へと、紙飛行機が飛んでいく。女の子たちも追いかけると、たった一輪の花が咲いていた。
砂漠の真ん中で、しおれかけながらも懸命に。
女の子はべそをかいた。バスケットはもう空っぽだ。
すると老紳士がポケットから虹を取りだした。
空に放たれた虹は月光で銀色に染まり、お天気雨を降らせた。
花の上にも。
動物たちを呼び戻し、女の子も男の子も動物たちもゴンドラに戻れば、ゴンドラは観覧車の回りを飛び、観覧車はもと来た空をゆっくりと戻り始めた。
(ねえ知ってる?あの観覧車の噂)
(ゴンドラの中にトリックアートが描かれているんだけど)
(その中の一つ、バスケットを持って座席に座っている女の子)
(月夜にまばたきするんだって)
それ以上の出来事、長いお散歩に時たま観覧車のみんなでおでかけしていることを、人はまだ誰も知らない。
詩人・入沢康夫氏の『未確認飛行物体』という詩がとても好きです。
そこからなぜか、観覧車が横回転しないとも限らない、という言葉が生え。
砂漠に大勢のゴンドラで向かったら……あれ、なんだかサン=テグジュペリが出てきたような。
(断じて星の王子さまではない)
〆部分は微ホラーか、ファンタジーか……超ジャンル迷子です。