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第九話


Z星人の科学技術供与により、地球の科学は向上した。重力エネルギーを基本とする技術の発達により、地球の大気は綺麗になった。タイヤの付いた乗り物はすべて不要となったが、一部の好事家や極貧生活の者は今までと変わらず利用した。※Z星人は不思議がったが、なぜか地球上の貧富の差は一向に無くならず、むしろ酷くなる一方だった。


地球陣営側から、月の開発の申し出があったのはその頃だった。Z星人の科学力をもって月を要塞化したい。あわよくばZ星人の宇宙船を撃退できるほどの要塞に。この困った申し出を、Z星人達はなぜか快諾したので、言い出した地球陣営が驚いた。海水を快く提供してもらうためとはいえ、自分達と同レベルの戦闘力を地球陣営に提供する事に賛成するとは。もちろん地球側はZ星人側を全面的に信用はしていなかった。


こうして、月を移動可能にし、方向転換もできる巨大要塞にするため、人類史上かつてない巨大プロジェクトが始まった。世界中から科学者やエンジニア、建築技術者たちがかき集められたが、実際の作業が始まるとそれではとても手が足りなかった。住環境が整い始めると世界中で月移住が呼び掛けられた。はじめは希望者が、そして職を求める者が、やがて囚人たちまで駆り集められて月に送られた。その数はおよそ800万人と言われた。月面には大きな街がいくつもできた。月の開発や要塞建設に直接携わる者ばかりではなく、良くも悪くも月面都市生活に必要な仕事も増えて行った。


ハチロクは職を求めて移住した口だった。地球では長く雇用をしてはいけない、雇用側はいつでも労働者をクビにできるという悪法がまかりとおり、ハチロクも短期の仕事でなんとか命をつないでいた。数が多いのに老い始めて使えないとされる世代だった。頭数が必要な使い捨て仕事しかやらせてもらえないため、いつも職探しをしていた。ハチロクと同じ世代の者の多くが、社会から老害扱いされており皆いつも困窮していた。ハチロクと同じように彼らの多くが月へ移住した。すぐに彼ら月移住者たちは総じて「ルナリアン」と呼ばれるようになった。Z星人の監督と指導の元、巨大な要塞都市が次々と建設されていった。月での生活は問題も多々あったが、景気の良い時期はどこもそうであるようにおおむね活気に満ちて良好だった。


「第一波」が始まると、月面要塞は真っ先に破壊された。誰もが驚いたが、Z星人達は本当に自分達に匹敵する戦力を月面に作り上げていた。ただ、先手を打ってそれらが機能する前にすべて破壊してしまった。地球人側も、人類史上見たことも聞いたことも無い武器の操作に習熟しているはずも無く、あっけなく無力化されてしまった。攻撃は要塞部分や武器のみに限られていたが、連動して機能していた都市部分の多くが破壊され、月面には見渡す限りの廃墟が広がり再起は不能と思われた。この時の犠牲者はおよそ200万人といわれる。生命維持装置を擁する都市機能の多くが失われたため、生き残った者達も生き永らえる事すら難しくなってしまった。そうして、生き残った「ルナリアン」の多くは地球に逃げ帰った。「第一波」でボロボロになった地球に。


地球では、「ルナリアン」はZ星人の協力者として嫌悪された。各国政府の対応も、自分達が喜んで、または強制的に送り出したはずが、帰還した「ルナリアン」達への待遇は冷たかった。

ほどなく、生活に困窮した元犯罪者の「ルナリアン」達が起こす犯罪が多発し、世界中で大問題になった。彼らへの憎悪が燃え上がり、「ルナリアンはZ星人の命令で地球に帰ってきて犯罪を犯している。」「Z星人が帰還した時に地球を征服しやすくなるように活動している。」「ルナリアンは地球勢力の分断を企んでいる」といったデマが流れた。やがて警察や軍を使い「ルナリアン」を虐殺する国が出始めた。警察や軍の先導で一般市民からも大勢が自警団を組織し、「ルナリアン狩り」を始めた。Z星人への恨みからリンチ殺人が多発した。むしろ、市民達に殺された「ルナリアン」の方が多かった。結果的に、この時期に500万人~600万人が世界中で殺されたと見られている。


これが、世に言う「ルナリアン虐殺」だった。


今も「ルナリアン」「月帰り」は嫌悪され憎悪の対象だった。差別感情は根強く、人種も性別も宗教も関係なく、「月へ行く事を自ら選んだ」事が差別の根幹にある論拠であり、差別することが正当化されていた。




ハチロクはその「ルナリアン虐殺」の生き残りだった。


「げっ」


と言って黙ってしまった仙波市長の顔を見て、ハチロクはやっぱりな、と思った。


「俺達『ルナリアン』の生き残りは、『善良な一般市民』なんて存在しないと思っている。その『善良な一般市民』に仲間達はなぶり殺しにされたからな。」


「・・・・・・・・・・。」


何も言わない市長の肩を担ぐのは気まずいにも程があったが、幸い、病院の前まで到着したので、これ以上気まずい思いはしなくてもよさそうだった。


「ここでいいだろ?あとは独りで歩けるよな?」


と市長から離れた。市長は黙りこくって手を放した。


「あ、あんた、ほんとうに・・・・?」


市長が恐る恐る聞いてきた。ハチロクは頷いて、自分の背後の空を指さした。


「ドローンが飛んでないか?俺はいつも監視されてる。いくらまいても必ず2~3日もすればドローンが追い付いて来て監視されてる。どこの組織の物かはわからないが、俺が元『ルナリアン』なのは無関係じゃないだろう。」


市長はしばらくハチロクの背後の中空を睨んでいたが、何かを見つけてハッとした。


「な?」


言ってハチロクは踵を返した。


「じゃあな。」


終始無言の市長に言うと、その場を立ち去った。市長はその後ろ姿をしばらく見ていたが、痛む手足を庇いながらぎこちなく病院の入口の回転扉を入って行った。


「さて、ラスティさんを探すとするか。早まった事をしてなければいいんだが。」


ハチロクはリュックを担ぎ直して歩き出した。




幹部会議は市の公会堂を使うことにした。武田はプラスチック製の兜だけ取って甲冑の胴から下は付けたままだった。金属部品がガチャガチャ音を立てるのが好きだったのだ。

「愛国救星」は我ながらうまい事思いついたもんだと思った。ボロい商売だ。商売といえれば、だが。今のところ警察も軍もやって来ていない。今のうちに荒稼ぎしておこうと思っていた。世論やウワサに乗って迷惑系突撃チューバ―をやってた頃よりよほど羽振りは良かった。今、公会堂に部下を集めて、それぞれいくら入手したか報告させていた。壇上に長机を置き、武田はじめ幹部連中がふんぞり帰って腰掛けている。机に脚を投げ出している者もいた。武田の横で藤田がノートPCの会計ソフトに手早く入力をしている。観客席に各小グループのリーダーたちが座り、次々と略奪の成果を発表している。新しい恐喝のネタもいくつか発案された。浜夏市はいいところだ。つくづく武田は思った。内心ほくそ笑んでいたが、甘い顔をするとつけ上がる部下ばかりなので、あえて厳しく行こうと思った。


「そんなモンか?おめえら?!ヌルいんだよ!バッカやろーが!全員もう一遍改めて自分に何ができるか考えなおせ!この非常時にそんな程度しか思いつかねえのか?!なっさけねえな!今しかチャンスはねえんだぞ?!おめえらのシケた人生で今こそが大きなチャンスなんだよ!もっと頭使え!ちゃんと考えろ!!いいな?!じゃ、また明日同じ時間に集合しろ!!解散!!」


号令と共に皆が一斉に立ち上がるわけでもなく、すぐにその場を立ち去る者、頭を抱え込んで動かない者、ヒソヒソと何事か話し込んでいる者達、と様々だった。武田は気分が良かった。自分の言動で彼らがそうしている事が、である。やる気になったり恐れたり、落ち込んだり悩んだりといった部下達の行動が、全て自分の言動に端を発するものであることがとても気分が良かった。


「おい!会議終わりにデザート食うって言っただろ!フルーツの盛り合わせとブラウニーはどうした!?早く持って来い!!」


「おいこら!!おでき!どこだおでき!さっさと持って来んか!!」


「はいはーい!ただいま喜んでー!!」


「おでき」と呼ばれてお盆を持ってささ~っと走って来たのはラスティだった。実は先刻、ラスティは義憤の赴くままこの公会堂の入口で武田を襲おうと計画していた。一行がゾロゾロと公会堂の入口に向かうところ「天誅ー!!!」と叫びながらモンキーレンチとペンチを振り回しながら走り出したところ、あっという間に手下の一人に片足で踏みつけられ行動不能になったのだった。すぐに数人が車を盗んで操縦していたラスティを思い出し、よってたかって処刑されかけたところを藤田が「こいつと一緒に連れの人間の男がいるはずだ」と皆を制し、命令に服従するなら破壊しないでやる、との条件を飲んで武田付きの専属奴隷となったのだった。その間、わずか7分間の出来事だった。「ラスティ」改め「おでき」は素早くアームを伸ばして武田の前にフルーツの盛り合わせの皿とブラウニーの乗った小さな皿をコトンと置いた。


「お待たせしました。さ、どうぞ。ボナペティ。」


差し出された皿を見て武田は目を剥いた。


「これのどこが『盛り合わせ』なんだ!バナナと、なんだこれは!!」


「ナスです。」


「なすぅ??!!ナスは野菜だろうが!このカスロボ!!」


「バナナとナスで幾何学的にデザインしました。作品のタイトルは『馬鹿共に捕まった可哀想なワタシ』です。あ、あくまでも作品のタイトルですからね。深い意味はありません。そこの廊下にライオンに襲われるガゼルの絵が飾ってたもので。そこから発想しました。」


武田がバナナをフォークで刺し、持ち上げた。皮を剥いて引きちぎっただけのように見える。あちこち変色していた。


「・・・・おい・・・・、ナスの紫がバナナに移っちまってるじゃねえか。気色悪い。」


「なんと、紫が気色悪いとは。間違いなく何か精神的に問題がありますね。幼少期に虐待されたとか、今も性的に劣等感に苛まれているとか。心当たりはありませんか?」


「それに、おい、これはブラウニーじゃないな。くんくん・・・・この匂い・・・・。おい、いったいこれはなんだ?」


フォークでブラウニーのような物をつつきながら武田は訝しんだ。顔を近づけて匂いを嗅いでみる。


「それは聞かないほうが・・・・・・。あ、あんまり近寄ると・・・・・。」


フォークで割ってみたところに藁がはみ出した。はっと気が付いて武田はバッとそれを腕で払いのけた。


「糞じゃねえか!!!」


「キャーー!!!汚い!!!」


「ラスティ」あらため「おでき」に向かって飛んでいき、おできは必死でそれをかわした。


「こいつ!馬鹿にしやがって!許せん!!おでき!こっち来い!!こりゃいったいなんのクソだ!?何食わせようとしやがった!?」


「キャーキャーー!!!それは牛のです!草食動物の糞は栄養たっぷりだから・・・助けてー!!」


舞台上を武田と「おでき」はドタバタ走り回った。藤田がため息をついた。


「武田さん。そいつの持ち主の目的がわからないままなんですよ。そいつに聞いても何も知らないし。我々を狙ってまた攻撃してくるかもしれない。もう少し緊張感持ってもらえませんか。」


「お、おう・・・・。」


言われて武田は立ち止まると、元の席へ戻りドスンと座った。


「せっかく色々工夫したのに。」


ぶつぶつ言う「おでき」に藤田が不思議そうに聞いた。


「ところで『おでき』、牛の糞なんかどこで見つけて来たんだ?」


「あっちに牛舎がありました。」


「ふーん。お前目ざといな。」


「そんな事どうでもいい!おい!『おでき』!!さっさと全部片づけろ!!このカスロボが!なけりゃある所から分捕って来るんだよ!変な物作ってんじゃねえ!!」


「はぁ~あ。」


ため息をつきながら「おでき」は後片付けを始めた。


『ハチロクさんと別れるんじゃなかった。ハチロクさん、もう次の街に向かって出発しちゃったのかな・・・・。』


ラスティは、今までで一番気に入った人間の事を思い出していた。自分の前のオーナーを。




END










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