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第十二話

 

「ダメだダメだ!馬鹿野郎!車に毛皮の絨毯敷いてどうすんだ!馬鹿か?!」


藤田久司(兄)は叱責した。「アース天狗党」活動費用の予算会議だった。主だった者を集めて利益の分配と必要経費の申請をさせていた。車内を土足禁止にしたい、と希望している者が20人ほどいて車の床に毛皮を敷くのでその許可と費用が欲しい、と請願してきたのだった。


「車を土足禁止にしてどうすんだ?!それじゃ素早く動けねえだろうが!!何か事があった時、すぐに車の乗り降りができなきゃダメだろうが!この・・・っ馬鹿っ!!」


叱責された者は「すぁんせんした・・・・」などとブツブツ言いながらスゴスゴと引き下がった。藤田久司(兄)はそもそもイライラしていた。弟の信次といい、リーダーの武田といい、そしてまた今目の前に請願に来ている連中といい、なんでこうも馬鹿ばかりなのか。本来であれば、もっと政治に関わるような団体と協力するなりして大きく儲けたかった。それがこんな、地方のドサ回りの営業みたいな毎日が続き、ウンザリしていた。実は、暴走族憧れの仕様については、そんな事どうでもいいと思っていた。頭の悪いメンバー連中の、何もかも決めてもらわないと何もできない、という態度もイライラの元だった。車体にあのキャラクターを描いてもいいか?こういうカラーリングをしてもいいだろうか?こんな色使ってもいいだろうか?車内照明をシャンデリアにしてもよいだろうか?4WD車に乗ってもいいか等々・・・・。いちいち聞いてやっているとキリがなかった。正直、バカバカしくてどうでもよかった。みんな好きにすればいいと思っていたが、武田はそういう細かい事にあれこれ口を出すのが好きで、いちいち聞く事になっていた。武田は、「それは、アース天狗党としていかがなものか?」ということをこねくり回して議論するのが大好きだった。ただ、土足禁止に毛皮の件はさすがに即刻独断で却下した。


「いいか?俺達は戦闘をすることがあるだろ?戦う時、素早く動く必要があるだろ?乗車したり下車したりする度に靴やブーツを脱いだり履いたりしてらんねえだろ?銃撃受けてる時にそんな事やってられるか?死んじまうぞ?」


なるほど・・・そうか・・・とあちこちで声が聞こえた。やっと納得したようだ。


『ここまで言わなきゃわからないのか・・・・』


はあ・・・、とわざとらしく大きなため息を吐いた。周りに良く聞こえるように。そして、仕方がないだろう、これが自分の仕事だろう、と自分を宥めた。


「じゃあ、以上だな?もうくだらない質問はないか?」


見渡したが、誰も自分と目を合わせようとしない。


「いいな?俺は武田さんと打ち合わせがある。もう行くぞ?」


「はーい」「わかりましたー」等、ボソボソと聞こえ、藤田久司(兄)もまあ、大丈夫だろうと判断して、ノートPCを閉じるとその場を立ち去った。不満はあれど、自分はこの集団のNo,2なのだ。これは大事な事だった。


有名私立大学を出たものの、人間性に問題があり周囲とうまく関係を作れず仕事はどれも長続きしなかった。他人と腹を割って分かり合うような大事な場面でいつも逃げ出した。大恩ある先輩に大勢の前で恥をかかせてやりたい、といったような衝動を我慢できない悪癖があり、恩人がピンチに陥り、弱った顔を見せた時に噴き出して笑ってしまい、絶縁された事もある。そのためいつも孤独だった。いつも孤独で不機嫌で、恰好つけていた。

本当は何もかも自身が無かった。喧嘩が強いわけでもない。何か特別な事ができる訳でも無い。PCだってロクなスキルを持っている訳でもなかった。「イザ」という時に身体が動かない。頭が働かない。そんな自分が、惨めな思いをせず大きな態度でいられるのだ。この集団でのポジションは大事にしたかった。


わかっていた。自分達は重度の中二病をこじらせているのだ。自分でもわかっていた。平和な時代はつらかった。常に「自分は実は重要人物でワケありなのだ」というポーズを保持して不機嫌に暮らしていた。ここにいる者は皆似たようなものだった。暴力的な雰囲気を纏い虚勢を張り、受け売りの考えや情報を自分の物のように吹聴する。「愛国救星」というスローガンは、そんな思考停止状態の人間には便利な代換自我基盤だった。とてつもなく大きな事に携わっている、大きな物の一部であるという自己満足感を与えてくれた。現実にやっている事はセコイ事だとしても。


武田とは付き合いが長い。先に武田と弟の信次が仲良くなった。大雑把なところや薄っぺらい男気が合ったのだろう。そのうち、三人で一緒につるむようになった。武田は昔から恰幅良く押し出しが強かったため集団でも目立った。久司の苦手な「イザ」という時に自然とリーダーシップを発揮する点は頼もしかった。声の通りも良く、強面だが愛嬌ある武田は持ち上げて利用するのに都合が良かった。何より、面と向かって馬鹿にしてもなぜか全く気にしないところがあった。酔っ払って久司の家の台所の流しで小便をされたことがあった。あまりのガサツさにこっちがウンザリして、縁を切るつもりで馬鹿にしてもクソ野郎と罵っても、次の日には何も無かったように連絡してくる。どうかしてる、と思った。どこか頭の中が壊れているのだ、と思った。最初は戸惑ったが、徐々に慣れて来た。これも、器が大きいと言えばそう言えなくもない。だか徐々に慣れてくると、久司も気楽に武田と一緒に居られるようになった。

一般社会からしたら自分もクソ野郎なのだ。友人もいない、どこの仕事場でも嫌われる。いつも虚勢を張って不機嫌で格好つける、という過ごし方しか知らないのだ。誰とも時間の共有などできなかった。世間の冷たい目から逃れ身を守り、あわよくば見返してやりたい、いうのは武田も藤田兄弟も同じ気持ちだった。だったらクソ野郎同士徒党を組むしかない。しばらくは3人で面白おかしく過ごしていた。

そして、Z星人がやってきた。恐ろしかった。自分達より遥かに優れた文明を持っている存在など、とても容認出来なかった。月の開発など陰謀に決まっていると思った。地球から追い出すべきだと思ったが、恐ろしすぎて口にだせなかった。武田とつるみ、会う度にZ星人への不信を語った。案の定、Z星人達の態度は急変し、地球上は滅茶苦茶になった。治安も乱れ、昔漫画で読んだような世紀末がやってきた。久司は喜んだ。自分達のような、まともな世界ではずっと遠吠えをしているような負け犬達にも、チャンスが来た、と思った。


すぐに武田と藤田兄弟、その周辺の者達とネット募集で集まった連中で「アース天狗党」を結成し、活動を始めた。徐々に、弟より自分の方が武田と仲良くなった。弟は暴力的過ぎて、党内でも党外でもあちこちでイザコザを起こしたため武田は面倒くさがり、遠ざけるようになった。


「ルナリアン」と呼ばれる人種がいた。なんとか残っているインターネット上では「ルナリアン」は人類の裏切り者達で、月でZ星人に洗脳された連中だ。月開発が中止になり、地球に戻って悪事を働いている。

殺すべきだと思った。探し出して殺すべきだ。根絶やしにしてやろう。「アース天狗党」の活動はより暴力的になった。世界中が、国を挙げて「ルナリアン」狩りを始めた。世界中が狂っていた。

しばらく、極めて暴力的な日々が続いた。「アース天狗党」は、「ルナリアン」を見つけ出し捕らえる。または殺す。「ルナリアン」がいる、と聞けばすぐ飛んで行き、「ルナリアン」どもを皆殺しにした。

実は、久司はこの時期、毎日恐怖に慄いていた。ルナリアンも、世間も世界も、自分達の事も恐ろしかった。今もその頃の事を悪夢に見て、うなされる事がある。


昔、動画サイトで迷惑動画をアップして金儲けしよう、と持ち掛けられた時は楽しかったな。などと思いながら武田のいる公民館特別執務室へ向かった。すれ違う「アース天狗党」のメンバーは皆自分に向かって挨拶をする。それも気分が良かった。自分はNo,2だ。武田を支えて行こう。たとえどんなに馬鹿なリーダーだとしても。


ズゴン!と、大きな音が特別執務室から聞こえた。ガシャン!パリーン!と続いて聞こえて来た。たった今武田を支えて行こうと決心した気持ちが萎えるのを感じたが、仕方ない。久司は気を取り直して執務室に向かった。


「どうした!武田さん!大丈夫ですかっ!!?」


ドアを開けて、驚く、というより呆れた。


武田は太いマジックペンを両手に握り、憤怒の表情で鼻息荒く仁王立ちしている。顔はまるで昔のお正月だ。羽根つきで失敗した時にされたように、丸や✖やヒゲが描かれている。例のチビロボットが反対側にいて、同じ様にマジックペンを2本構えている。ロボットも落書きだらけだ。2人でお互いに落書きをし合っていたようだ。

「やれやれ・・・・」

久司はため息をついた。




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