第十一話
「あれえ?こいつ、泣いてるぞ?!」
ハチロクの腕を前に差し出させ、鎖でグルグルと巻いていた根本がうれしそうに叫んだ。
「ぎゃーはっはっは!!マジかこいつ!!めっちゃ泣いてんじゃん!」
「爆泣き!!すげー泣いてるう!!!」
「あひゃひゃひゃひゃ!!!おっさんが泣いてるーー!!」
その場の全員が大喜びではしゃぎ始めた。
「ボク死にたくないのー?!殺さないでー!!?あっはっはっは!!」
「ボク金属アレルギーなのー、腕がかゆいのー。あははは。」
「ぎゃははははははは!!」
タカは、少し後ずさった。自分の車が取られた時、誰も車を大事にしてくれなかった。取られた方が間抜けなんだとずっと言われ続けた。ここまで仲間の車に同乗させてもらったが、ずっとイジられキャラ扱いされて不愉快だった。そして、明日はこの男を残酷な方法で殺そうと盛り上がっている。ダメだ、と思った。こんな連中とは一緒にいられない。今夜、脱走しよう。何より、愛国救星のスローガンに沿った行動を全くしていない。今頃なんだと言われそうだが、こんな連中の仲間でいるのが急に恥ずかしくなってきた。この組織の中で立場を失って初めてわかったのだった。
ハチロクの鎖に南京錠がかけられた。ガッチリと固められている。とても重そうだった。
「じゃあな、信。あとはお前らに頼むわ。ちゃんとやっとけ。」
藤田兄が一声掛けてその場を立ち去る。頼まれた藤田弟も「おう。」と答えたがその場に興味を無くした様子だった。
「おい、タカと根本、お前らでそいつを地下駐車場につれてけ。」
タカはギクリとしたが、根本は普段あまり命令を受けないので戸惑った。
「はい、いやあの、地下駐車場に連れてってその後どうしたら・・・・?。」
「バッカ野郎!どっかパイプでもなんでも鎖で繋いどきゃいいだろうが!!ちょっとは自分で考えろ!つかマジで使えねえなてめえは!!」
「ちっ」と舌打ちされて根本は「へへえっ」と恐れ入った態度をとった。苛立ちを隠さず藤田弟は不満をこぼした。
「久兄の奴、俺をこんな奴らと同類扱いしやがって・・・・。自分がちょっと頭良くて武田サンに気に入られてるからってよう。軽く命令しやがってムカつく。ブジョってんじゃねえよまったく・・・。おい、そいつまだ殺すなよ!!そいつの処刑は明日のメインイベントなんだからな!!八つ裂きの刑のライブ中継なんか、メチャ再生数稼げるからな!!」
言われて根本は再度「うっへへへえ~~」と時代劇調に恐れ入った。
「おいタカ!お前がこいつ連れてけ!逃がすんじゃねえぞ!そのクソ野郎、しっかり繋いどけ!!お前も行くんだよ!ちょっとは働け!!」
根本の尻を蹴りながら藤田弟はタカを睨みつけた。
「あ、・・・はい。」
タカはうつろに返事を返した。そう言う藤田弟も、自分と根本を同列に扱っているじゃないか。根本はどうしようも無い奴だ。救いようがない。が、自分はもう少し小利口な部分があり、物の道理をわきまえているつもりだった。根本みたいな酒でも薬でも手当たり次第手を出していつもラリっている奴と同じに見られるのは理不尽だと思った。
タカはハチロクの腕の鎖のあまった部分を取ると促した。
「行こう。」
少し鎖を引っ張った。ハチロクは素直に歩き始めた。タカはその顔を見て気持ちを推し量ろうとしたが、ハチロクは深く俯いていてその表情はわからなかった。
ヂャラヂャラと鎖を鳴らしながら、タカ、ハチロク、根本の順に通路を歩く。周りに仲間の姿も無くなった。地下へ向かう階段にさしかかった頃、急に根本の表情が暗くなった。
「おい、てめえ、俺のバイクどうしたんだ。」
ハチロクの隣で低い声で凄んでみせた。そうか、根本はバイクを・・・。タカは思い出した。
「オメエは俺の手でぶち殺してやりたかったぜ。このクソ野郎。」
チャキっと折り畳みナイフを取り出してハチロクの眼前でヒラヒラと見せびらかした。
「俺のバイクはどうなったんだ?ここまで乗って来たのか?近くに停めてるのか?」
今にもハチロクの顔に切り付けそうな勢いでナイフをせわしなく動かす。ハチロクの表情は変わらなかった。
「おい!なんとか言ったらどうなんだ!?ブジョってんじゃねえぞこのクソ野郎!」
「おい、殺すなよ。」
タカは少し気になり肩越しに声を掛けた。
「殺しゃしねえよ!!俺の大事なバイク取られて頭きてんだ。ちょっと切って脅すぐらいいいだろう?」
「ダメだダメだ。お前、間違って静脈とか切ったら明日まで生きてないぞ。明日そいつが死んでたらお前が代わりに処刑されるぞ。」
タカの言葉に根本もビクっと反応した。
「けどよう、お前も他人の車に乗っけてもらうのつれえだろ?俺、肩身狭くて嫌なんだよ。自分のバイク取り戻してえんだよ。」
「捨てたよ。」
「第一お前、自分のバイクも持ってねえなんて、ここでやっていけねえじゃねえか。」
「バイクは捨てた。」
「アース天狗党は厳しいからな。タカ、お前だってつれえだろ?」
「お前のバイクは海に捨てた。」
「ん?」
「え?」
「バイクは海に捨てた。ぐっちゃぐちゃになってたな。」
「んん?!」
「なんだとテメエ!!俺の許可も無く捨てたってのか!?」
問題はそこじゃないだろうと思いながらタカは振り向いた。ハチロクが素早く短く腕を振った。虚を突かれてタカの手中から握っていた鎖が飛んだ。
「あ・・・・。」
「テメエこのクソ野郎!目え潰してやる!!」
頭に血が上った根本がナイフを振りかぶった時、ハチロクは下から上へ腕を鋭く振り上げスウィングした。ガチャンと鎖の音がし、同時にゴキっと鈍い音がした。根本が顎を上げて上へふっ飛んだ。階段の段から足が離れた。白目を剥いて気を失ったのがわかる。身体の力が抜けた状態で正体無く階段に落ちた。ゴン!ドサっと頭から落ちるとそのまま転がり、タカの足元を超えて階段の下までゴロゴロと転がり落ちた。糸の切れた操り人形のようだった。
「え?うわ、」
次は自分だと思ったタカは慌てて階段を飛び降りた。気を失っている根本の足を踏んづけてしまったが、反応は無い。急いで振り向き階上のハチロクに向けてファイティングポーズを取った。
「???」
ハチロクはこちらを見ているだけだった。
「あんた、タカ、だっけ?あんた、抜けたいんだろ?」
突然見透かされたように尋ねられてタカは焦った。
「なっ!何言ってやがる!!はああ?何のことだ!?」
「あんた、このアホ集団にうんざりしてんだろ?」
「・・・・・?いや、何を根拠に・・・・いや!何言ってんだ!おとなしくしろ!!」
「俺な、嘘がわかるんだよ。さっきあんた、嘘の返事したろ。ほんとは言うこと聞きたくないのに。」
「え?・・・・・いや、は?な・・・なに・・・・」
「今夜、脱走しろよ。手伝ってやる。その代わり少しだけこっちも手伝ってくれ。」
「待て待て!何言ってんのかわかんねえ!抵抗するな!」
「さっきからおとなしくしてるだろ?んーそうだな・・・・・。」
考えこむハチロクを見てタカは気を削がれた。次の言葉を待ってしまった。
「よし、今から独り言を言うぞ。」
「はあ???」
「こういう集団だと、普通に脱走しても追手がかかるんだろうなあ。めんどくさいだろうなあ。」
「・・・・・。」
「けど、集団パニック状態になって脱走したこと自体に気づかれるまで時間稼ぎができれば、追手がかかっても手遅れになるだろうなあ。たとえば2~3日後にやっと脱走がばれる、とかだったら。距離も稼げて無事に逃げおおせるだろうなあ。」
「あ・・・。」
「今晩俺はこいつらを集団パニックに叩き落そうと思ってるんだが、脱走希望者が脱走前に少し協力してくれたら、お互い得なんだがなあああ。っと。」
「けど、武田サンには世話になったし・・・・・。」
「誰がどう見ても『みっともない集団の雑魚』でいるのを我慢しなくてはいけないほど世話になったのか?そんなに恩を受けたのか?最近も?」
「・・・・・・。」
タカは唇を噛んだ。確かに、車を無くしてからの扱いは酷いものだった。自分はこの「アース天狗党」にいる意味を失っていた。
ハチロクはニカっと笑った。
「もう許せん!!ぶっ壊してやる!!おでき!そこを動くな!!!」
武田は叫んだ。
「私には『ラスティ』という名があります!もう変な名前で呼ばないでください!」
ラスティは必死に逃げ回りながら言い返した。公民館の上階、特別執務室とある豪華な部屋だったが、飾り棚付き巨大キャビネットはガラスが割れ、中のトロフィーも滅茶苦茶に壊れて倒れ、執務机もひっくり返り大きな傷だらけ、スタンド式のおしゃれな間接照明は倒れ折れ曲がり、窓ガラスを割って外へ’突き出ていた。部屋中がその調子でガラスの破片や木片が飛び散っていた。
「何かできることはねえかと色々やらせてみたが、何一つまともにできねえじゃねえか!料理をさせたらガスコンロが爆発する!湯を沸かさせたら電気コンロが爆発する!洗濯させたら洗濯機が爆発する!アイロンがけさせたらアイロンが爆発する!それにだ!何をどうしたら3台のPCが大量のバッタロボットに変わるんだ!俺はバージョンアップしろと言ったんだ!!」
30匹ほどの小さなバッタロボットがピョンピョン飛び跳ねていた。武田は自分の頭や肩にとまっているバッタロボットを掴むとラスティに向かって投げつけた。ラステイはそれらを器用にかわしながら部屋中を逃げ回っていた。
「ですから進化させたんです!凄いでしょう!?そのおんぼろパソコンの持つポテンシャルを最大限引き出して各々単独行動可能に・・・・キャー!!」
サイドテーブルが飛んで来てラスティは必死で避けた。ドガシャ!!とさっきまでラスティがいたところにサイドテーブルが飛んで来て壁に刺さった。
さっきハチロクが捕まって来たが様子がおかしかった。それに、「おでき」と呼ばれる事にうんざりしてきた。ハチロクの事が心配になったラスティは、彼なりに必死で抵抗をしていた。いずれにせよこの「武田」という人間が品性下劣で好きになれなかった。
今、逃げ回りながらラスティが自分に欲しいと思うのは、昔どこか映像で見た人間の子供のやるように、思いっきり「あっかんべー」をする機能だった。
END