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夜営

 パチパチと焚き火のはぜる音だけが夜の静けさを遠ざけている。


 俺たちは、不意の神との邂逅のあと、ツインリバーに戻る道すがら夜営をしているところだった。


 無理して夜間の移動をするには、セシリーの様子が心配だったのだ。

 アルマとレーシュの穏やかな寝息が聞こえる。俺とセシリーの二人が見張りの時間だった。


 色々と心労が貯まっているであろうセシリーは夜の見張りは免除にしようと提案したのだが、当のセシリーの強い希望でその俺の提案は却下されてしまった。


 ──いや、もしかしたら寝たくない、って感じなのかもな。


 俺が焚き火のお世話をしながら、そっとセシリーの方を伺うと、体育座りのような格好で、たてた膝の上に顎をおいたセシリーと、ばっちり目が合う。


「カイン様、いま話してもいいですかー?」


 普段の元気いっぱいのセシリーとは思えないぐらい、穏やかすぎる声。

 寝ているアルマとレーシュへの配慮もあるのだろうけど、当然、それだけではないはずだ。


「ああ、いいよ。どうした?」

「僕、生まれは貴族の愛妾の子、なんです」


 ぽつりぽつりと穏やかな表情で、相変わらず体育座りをしたままセシリーが話してくれたのは、彼女の生い立ちだった。


 母親と二人、町外れの小さな家で育った子供時代のこと。

 時たま訪れる父親との、短い間だけの触れあい。

 十分な援助はあったようで、お金に不自由することはなかったこと。

 外聞を気にした母親の方針で外に出ることは少なく、友達が少なかったこと。


「そんなある時、その友達の子が怪我をしたんです。いま考えても結構な重傷で。その時でした。祝詞のスキルに僕が目覚めたのは」


 どこか遠くを眺めている雰囲気のセシリー。


「嬉しかった。その友達の子の怪我が治って嬉しかったのも、もちろんあるんですけど、何よりこれで僕の居場所が出来る。やったーって。そうして僕は回復師になったんです」


 そこで、言い淀むセシリー。


「カイン様も知ってますよね。スキルは本人の心の中の強い強い望み、欲望が顕在化したものだって」

「……ああ。聞いたことはある」


 俺は転移後にその話を聞いたときに妙に納得したものだった。

 俺が転移特典として手にした、理解力スキル。

 そうか、俺は理解が欲しかったのかと。


「この、裏祝詞。誰かを何かを呪うスキル。これってやっぱり僕の欲望、なんですよ。僕が望んでいた、力、なんです。ねぇ、見ててもらえますか?」


 そういって、体育座りのまま、セシリーはすぐ横の地面から生えている、一輪の花をつけた雑草に手を伸ばす。


 セシリーの口から、俺が体力を回復したときと似た、しかしどこか気味のあまり良くない言葉が流れ出す。


 セシリーの手のなかで雑草の花がゆっくりと精彩を欠いていく。

 花が、ゆっくりと萎れていく。


「どうですか? 僕、楽しそうでしたでしょう?」


 そういって、こちらを向いたセシリーはたしかに形ばかりは笑っている。しかしその瞳に哀しみが満ちているように、俺には見えた。

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