代償スキル持ち
【side 侍従長レーシュ】
「大賢者カイン様が国外へ去られてしまった、だと!」
侍従長レーシュと今後の方針を深刻な顔で相談していた宰相の元へともたらされた、知らせ。
「はっ、間違いないかと。国境を守る守備隊からの連絡です」
「あの謁見の間から立ち去るときのご様子を見ても、到底、我々では拭えぬほどにお怒りなのでしょう」
侍従長が、美麗な顔に深刻な表情を浮かべて、見解を告げる。
「仕方あるまい。王のあの行いだ。大賢者カイン様が激怒して当然だろう」
「──ああ、もう、この国はおしまいだ。大賢者カイン様がお作りになられていた資料は全て王の指示で破棄され、さらにカイン様ご自身まで……」
国の中枢にいる役職持ちの人々から上がる、嘆きの声。
「起きてしまったことを悔やんでも仕方ありません。悲観することも同じです。今、なすべきは、差し迫った魔素奉納式を何としても乗り切ることです」
その場の空気を何とか変えようと発言する、侍従長。
「舞踏会はどうするのです、レーシュ殿?」
「捨て置きます」
「そんなっ! 我が国の国威が、地に落ちるぞ!」
「魔素奉納式の失敗は、国の礎たる多くの民の命を危険にさらします。それを回避するのが第一かと」
「──仕方あるまい」「そうだな」
侍従長レーシュの大胆な提案。しかし事態の深刻さを理解する宰相はそれを受け入れるのだった。
──ああ、カイン様。どちらに行かれてしまったのですか。私もこの忌々しい責任さえなければ、いっそ全てを捨てて、貴方を追いかけたい……
有能さと尊き血筋を併せ持つがゆえに、若くして侍従長を勤める女侯爵たるレーシュ=ヴィ=トリエト。彼女は、内心ではそんなことを思いながら、こっそりと悩ましげなため息をつくのだった。
◇◆
「そういえば、国を出るのは久しぶりだったな。何せ事務の仕事じゃ外に出る機会なんて無いし、副業の方も短時間で済むように、近場でしかしてなかったからなー」
スムーズに出国が出来た俺は、隣国の方の国境の街にいた。
「──おいあれ、もしかして噂の隣国の大賢者様っ」
「──しっ。その呼び名は好まれないと聞くぞ。何でも、その名でいくら呼び掛けても完全無視されるとか。もっぱらの噂だろ。おまえも、迂闊に口にするなっ」「す、すまん」
遠くから、そんな会話が聞こえてくる。
──ふーん。そんな偏屈で偉そうな人が近くにいるのか。もう、しばらくは偉い方々に関わるのは面倒だし。さっさとこの場を離れるか。
俺は大賢者と噂されているのが自分自身だとは理解できずに、足早にその場を離れる。
前の職場での経験から、侍従長レーシュ様を筆頭に高貴な方々にも、とても素晴らしい人がいるのはもちろん理解していた。
ただまあ、それと同じくらい、そうではない人もいるというのも、つい最近経験したばかり。そう、リヒテンシュタインとか。
俺がしばらくは権力者に関わりたくないなーと思ってしまうのも仕方ないだろう。
そうして足早に進んでいると、目的の建物が見えてくる。
「さすが、国境の街の冒険者ギルド。繁盛しているみたいだ」
そう、俺がこっそりと行っていた副業というのは、冒険者だった。とはいってもモンスターとガチで戦うような仕事は、ほとんど受けてはこなかった。そういう依頼は、王都近郊にはあまり無かったのだ。
冒険者ギルドの建物の中へと、入る。
何だか騒がしい。どうやらトラブルが起きているようだ。
二人の人物が言い争っている。
一人は冒険者ギルドの受付嬢だ。
その受付嬢に向かって何か騒いでいるのも、女性だった。
──装い的には戦士系? ああ、彼女もデメリットありの外れスキル持ちかー
俺は自分の外れスキル「理解力」で、その戦士の女性のことが、少しだけわかってしまう。
彼女の持つスキルも俺の「理解力」と同じ、何らかのデメリットが付随した、いわゆる代償スキルと呼ばれるものだった。
──同じ代償スキル持ちとして、放っておくのもな……
俺はそんな同族意識から、おずおずとその騒ぎの元へと近づくと、声をかけてみる。
「あのー、すいません。良ければ、少し手助けできるかもしれません」
そう告げながら、ギルドの受付嬢に自身の冒険者カードを提示する。まあ、冒険者としての身分証のようなものだ。
始めて訪れた冒険者ギルドで、余計な口出しをするのだ。これぐらいはマナーだろう。
「まあっ」
俺を見て、驚いた様子になるギルドの受付嬢。何度も、俺の顔と冒険者カードを交互に見てくる。
──まあ、驚くよな。こんな騒ぎにわざわざ自分から首を突っ込むような人物は珍しいのだろうし。
「あっ、だ? な、よっ?(あなたはだれ? なんのよう?)」
一方、女戦士のほうは、たどたどしい口調だ。声自体は大きいが、くぐもっていて聞こえにくい。ただ、一生懸命声を出そうと頑張っているのが伝わってくる。
──これが彼女の代償スキルのデメリットか。
俺は「理解力」スキルのおかげで、彼女の言っていることはもちろん、彼女は代償スキルで舌の動きが制限されてしまっていることも、わかる。
「名前はカイン。お困りのようなのでお声がけさせていただきました。こちらの女性は、そのギルドカードを元に冒険者登録をご希望みたいですよ?」
俺は理解力スキルで得た知識をもとに受付嬢に、そう告げる。
「ギルド、カード……え、あー。これが? ──すいませんでした。すぐに手続き進めますね」
俺のその言葉に、受付嬢の方は得心した様子で謝ると、てきぱきと処理を始めていく。同じ事務に携わるものとして見ていても、なかなか手際が良い。
一方、女戦士のほうは、ぱあっと顔を明るくして、コクコクと頷いている。
──あのギルドカードは北方の大陸のものだな。まあここじゃあ、かなりマイナーなものだし、受付嬢さんが見たことないのも仕方ないよね。
冒険者ギルドは別の大陸にもあるのだが、別組織なのだ。ただ、登録に互換性はある。
彼女の提示していたギルドカードも、理解力スキルによると、その別組織の登録カードの一つだったのだ。
俺はそんな二人の様子をみて、もう大丈夫かなと、ふらっとその場を離れるのだった。