第一章 安楽椅子提督 その4
帝国騎士階級のルーベンデルト家の三男エンリッヒは、軟禁状態でありながら事態の収拾を諦めていなかった。
自室へ食事を運ぶ召使には毎回状況と二人の兄への取り次ぎを依頼する。既に部屋にある便せんは使い果たしため伝言を頼む。最初は顔の知った召使いであったが、途中からはやや粗暴な感じの若い男が担当となっても続けた。
それでも夜ベッドに入ると絶望感に囚われる。
帰省直後に会った長兄は、これまで感じていた頼もしさがではなく、強引で話が通じない人間になっていた。相談に行った次兄は、要領よく柔軟な思考の持ち主であったはずが、他者を貶める発言は傲慢さが滲み出ていた。
新体制への組み込まれることを嫌い、旧体制の人物との交流を深めていた長兄。長兄の態度を後進的で救いがない愚かものと切り捨てる次兄。
エンリッヒは双方の説得を試み、双方から裏切り者扱いされてしまった。
「あれは無事に届いただろうか」
長兄に懇願して送った退職届。通信文でなく自筆としたのは帝国貴族として当然と言い張った。
自分は何を期待しているのだろう。
あの普段は窓辺の猫並みの館長が、まれに示す異常な明敏さにだろうか。ただ退職届を送っただけで状況が変わると考えた理由がそれとは。自嘲が顔に浮き上がった時、部屋の扉が荒々しく開く。
「エンリッヒ、お前は何をしたんだ」
長兄アルベルトは190cmの巨漢に似合わぬ速さで、椅子に座る三男に向かい一足飛びに迫る。
「あの退職届か。あれにメッセージが含まれていたんだな。俺としたことが末弟の策謀に気が付かぬとは。帝都で何を頼まれた。いや、手先となって我らを探りに来たということか!」
眼前で怒鳴りながらも、手を出さぬところに長兄の理性を感じる。エンリッヒは弱き者に優しい兄がまだ失われていないことに安堵しつつ、事態については混乱したまま尋ねる。
「兄上、いったい何があったのですか。私はここに閉じ込められ何もわからず何もできぬ状態です」
「知らぬとは言わせぬぞ。先ほど帝都からの艦隊がこの星系に突如現れた。ルーベンデルト家の家長またはその代理人との面会というが、明らかに俺を捕らえに来たのだろう。イドリスが勝手に代理人として回答しおった。まさかお前が俺よりもあいつを選ぶとはな」
長兄の憎しみの顔を受けながらエンリッヒは事態の理解に努めた。帝都からの艦隊ならイドイス兄さんが呼び寄せたのではないのか。なぜアルベルト兄さんは私だと思ったのだろう。いくら館長が帝国政府にコネクションを持っていたとしても、憲兵隊から調査員が来る程度のはず。それで艦隊が派遣された?兄が旧体制とは引き返せないほど深く繋がっていたのだろうか。
エンリッヒは考えれば考えるほど判らなくなる。
「急ぎ脱出して合流するしかない。エンリッヒ、俺と来てもらうぞ」
「ちょっと兄さん、落ち着いてください、待って」
アルベルトはエンリッヒの腕を取ると、声など無視して歩き出す。古くからいる執事が二人に駆け寄ると息を切らせながら報告する。
「アルベルト様、艦隊が惑星上空に到達、衛星軌道は完全に押さえられました」
「なんて速さだ。これが疾風の後継と言われるバイエルライン提督の艦隊か」
長兄の驚きは、エンリッヒにも伝播した。まさか宇宙艦隊副司令官バイエルライン上級大将が辺境の星系に艦隊を率いて現れるとは。
衛星軌道上から惑星を眺めるバイエルラインは、副官から報告を受けていた。
「惑星上に存在する宇宙港三ヶ所の上空と衛星軌道上の小規模な港一基を押さえました。第二惑星軌道上の敵の小艦隊は既に包囲状態なため、この星系内の敵戦力・拠点は全て無力化できました」
「そうか、存外早く片付いたな」
バイエルラインは淡々と感想を口にすると、配下の提督達に降下作戦の開始を命じる。
「威圧的でもかまわんが礼儀は守るように。今回の作戦はエンリッヒ・フォン・ルーベンデルトを帝都フェザーンに送迎するのが目的だ。不用意な交戦を避けるためにも勧告は必ず実行せよ。」
「はっ、迅速かつ柔軟に対応します」
画面越しに降下作戦指揮するコンラート・リンザー准将の頼もしい敬礼に返答する。
「よろしく頼む。貴官の手腕に期待している」
上官としての威厳と年下としての誠意。帝国の重鎮であり建国の功臣である師の弟子として、この二つを常に意識するバイエルラインであった。




